ポチの努力

 遠い道のりでした。数カ月、いや一年近くかかったでしょうか。ポチはようやく到着しました。右前足を情報交流端末に接続して、ポチは自分の希望を伝えました。


「ふむ、もふもふの肌か。簡単だ。ただし対価が必要だ。金はあるのか」


 力なく頭を横に振るポチ。自分が所有しているのはこの体だけです。


「無一文か。なら体の一部をもらうか。そうだな、おまえの耳、周波数識別センサーが付いているだろう。その両耳と引き換えにもふもふ仕様にしてやろう。ああ、心配ない。代わりに収音マイクを取り付けてやる。人間並みの聴力は維持できるはずだ」


 悪い話ではないようにポチは思いました。了承するとさっそく改造が始まりました。


「ホラ、できたぞ」


 目の前の鏡を見てポチはがっかりしました。もふもふになっているのは頭のてっぺんだけだったからです。


「これでは足りません。頭だけじゃなく体ももふもふにしてください」

「贅沢なヤツだな。それなら対価として赤外線及びマイクロ波センサーを組み込まれた目をもらおうか。ああ、心配ない。可視光を感知できるセンサーを代わりに取り付けておいてやる。人間並みの視力は維持できるはずだ」


 悪い話ではないようにポチは思いました。了承するとさっそく改造が始まりました。


「ホラ、できたぞ」


 目の前の鏡を見てポチはがっかりしました。もふもふになっているのは背中のほんの一部だけだったからです。


「これでは足りません。どうして背中全体をもふもふにしてくれなかったのですか」

「いや、それはできないだろう。背中には太陽電池パネルがあるんだぜ。それを覆ってしまったら、おまえ、歩くのはもちろん、こうして話すこともできなくなっちまう。それが覆い隠せる限界なんだよ」


 相手の言葉を聞いて、ポチは思慮の足りない自分を恥ずかしく感じました。それでもこれではまだまだ満足できません。


「それなら四本の足をもふもふにしてくれませんか。そこには太陽電池パネルはないので全て覆っても問題ないはずです」

「ああ、いいぜ。じゃあ対価として高性能臭気センサーが組み込まれた鼻をもらおうか。ああ、心配ない。人間並みの臭気センサーを代わりに取り付けてやる」


 悪い話ではないようにポチは思いました。了承するとさっそく改造が始まりました。


「ホラ、できたぞ」


 目の前の鏡を見てポチはがっかりしました。もふもふになっているのは足の付け根の一部分に過ぎなかったからです。


「どうして足全体を覆ってくれなかったんですか。これじゃ不完全です」

「仕方ないだろう。鼻一個じゃ足一本分の対価にもならねえんだから」

「もっともふもふにしてください。太陽電池パネル以外の部分、全てをもふもふにしてください」

「無理だよ。おまえさん、差し出す対価がもうないだろう。悪い事は言わない。それで満足しな」


 言われてみればその通りでした。ポチは非合法改造センターを出ると、懐かしい我が家へ向かって歩き始めました。


(タローみたいなもふもふにはなれなかったなあ。でもほんの一部分だけどボクはもふもふになれたんだ。ご主人様、少しは前みたいに遊んでくれるといいな)


 期待と不安を抱きながらポチは旅を続けました。長い道のりでした。ようやく以前住んでいた町に戻って来た時には、もう二年以上の月日が経っていました。


(みんな、元気でいるかなあ)


 一緒に遊んだ河川敷を通り、散歩の時に道草を食っていた畦道を歩き、ポチはご主人様と暮らした家を目指しました。そうしてその場所に着いた時、ポチは我が目を疑いました。


(ない、家がない、ただの空き地になっている!)


 何もありませんでした。家も車も両親もタローも、そしてご主人様も。そこには虚ろな空間だけしかなかったのです。


(何が起こったんだろう。みんなどこへ行ってしまったんだろう)


 ポチは鼻で匂いを嗅ごうとしました。けれどもそれは以前のような高性能の鼻ではありませんでした。ポチは両目で周囲を見回しました。けれどもその目に映るのはありふれた町の風景でしかありませんでした。ポチは聞き耳を立てました。けれども聞こえてくるのは風の音とかすかな騒めきだけでした。どんなに遠くにいても嗅ぎ分けられた、聞こえていた、見えていた、ご主人様の匂いも声も姿も、もうポチには感じられなくなっていたのです。


(ああ、なんてことだ。もふもふを手に入れるために、ボクは大切なものを失ってしまったんだ)


「くぅ~ん……」


 ポチは何もなくなった空き地にうずくまると、悲しい声で鳴きました。

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