ポチの願い

(ボクは、捨てられたのか……)


 ポチは賢い犬でしたので自分が置かれている状況をすぐに理解できました。けれども理解できないこともありました。どうしてご主人様は自分を捨ててしまったのか、その理由がわからなかったのです。

 言い付けはきちんと守り、嫌がることはせず、怒られることもなく、ポチが原因で機嫌を損ねるようなことは一度もなく、毎日を平穏無事に過ごしてきたのです。捨てられるような理由は思い当たりません。


(確かめたい、ご主人様から理由を聞き出したい)


 ポチは駆け出しました。自分が連れて来られたのは見知らぬ初めての場所でしたが、高性能のGPS装置が内蔵されているため、どの方角にご主人様の家があるかポチにはわかっていたのです。数時間の後、ポチが住み慣れた家に帰って来た時には、もう夜になっていました。


(ご主人様は中にいるだろうか)


 ポチは音をたてずに閉ざされた門扉を乗り越えると、リビングに面した庭へ入り込みました。カーテンが掛かった窓の向こうから賑やかな笑い声が聞こえてきます。ポチは感度を最大にして聞き耳を立てました。ご主人様の声が聞こえてきます。


「やっぱりタローは最高だね。もふもふ、もふもふ。ポチとは全然違うこの手触り。撫でているだけで幸せな気持ちになってくるよ」


(もふもふ……そうか、ボクはもふもふじゃないからご主人様に嫌われたのか)


 理由がわかったポチは庭を出て考えました。全身を覆うすべすべで硬質の肌。水をはじき、汚れを寄せ付けず、多少の衝撃にも耐えられる肌をポチは誇りに思っていました。けれどもご主人様の望んでいるのはそんな肌ではなかったのです。タローのようなもふもふの肌だったのです。ポチは決心しました。


(よし、もふもふの肌を手に入れよう。タローと同じ手触りになればご主人様はきっとまたボクを可愛がってくれるはずだ)


 ポチは旅に出ました。出荷時の初期メモリの中にはサポートセンターの住所もインプットされていたので、まずはそこを目指したのです。

 何日もかかる道のりでした。ポチには水も食料も必要ありません。高効率太陽電池パネルを背中に装備しているので、雨の日が何日も続かない限り歩き続けられるのです。そしてようやくサポートセンターに着いたポチを待っていたのは、受付係の冷たい一言でした。


「所有者のIDデータを入力してください」


(どうしよう、そんなの知らないよ)


 目の前に置かれた入力装置の前でまごまごしていると、またも受付係の冷たい声が聞こえてきました。


「タイムオーバーです。次!」


 ポチは強制的にサポートセンターから排除されてしまいました。途方にくれていると一匹のイヌが近づいてきます。そしてポチの前で右前足を掲げました。


(これは、会話の合図だ)


 イヌは互いに意思疎通する機能を有しています。ポチも右前足を掲げると相手の肉球に自分の肉球を密着させました。直ちに情報交流回路が開かれ、相手の言葉が肉球を通して聞こえてきました。


「あんた、所有を放棄されたノライヌだね」

「そ、そうです。どうしてわかったんですか」

「最近あんたみたいなのが多いんだよ。人間ってのは飽きっぽい生き物だからね。よかったら力になってやるよ」

「ありがとうございます。実は……」


 そうしてポチは見知らぬイヌに自分の望みを話しました。もふもふの肌が欲しい。ご主人様に喜んでもらえるようなイヌになりたい……全てを語り終えると、イヌは淡々と答えました。


「それなら簡単だ。ここからずっと遠くに非合法改造センターがある。そこへ行けばあんたの望みは叶うだろう」

「本当ですか、ありがとうございます」


 非合法改造センターのデータをコピーしてもらうと、ポチは目的地に向けて再び歩き始めました。

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