ポチの失意

 ポチがご主人様と出会ってから二年ほど経ったある日、それは何の前触れもなくやって来ました。


「うわ~、これが本物の犬なんだね。凄いや!」


 もふもふの子犬を抱き上げたご主人様は大喜びです。その横でポチはいつものように尻尾を振っていました。ご主人様が喜べばポチも嬉しくなるのです。


「君の名前はタローだ。カッコイイだろ。さあ、タロー、遊ぼう!」


 ご主人様は子犬のタローと遊び始めました。ポチも一緒に遊ぼうとしたのですが、


「ああ、ポチ。おまえはダメだよ。そんなに硬くて重い体ではタローにケガさせちゃうからね」


 ご主人様はそう言って仲間に入れてくれません。ポチはあらためて自分の体を見直しました。超軽量チタン製のボディはもふもふの子犬より何倍も重量があります。そして硬く頑丈な前足と後足。少し力を入れすぎただけでタローを傷つけてしまうに違いありません。


(仕方がない。タローの後でご主人様に遊んでもらおう)


 ポチはそう考えて自分の番が来るのをずっと待ち続けました。けれどもその日以来、ご主人様がポチと遊んでくれる時は二度と来なかったのです。


「ははは、タローは本当にもふもふしているなあ。触っているだけで気持ちいいよ」


 ご主人様はタローとばかり遊んでいます。ポチの元気は次第になくなっていきました。イヌは学校に連れていけませんが、犬は餌や水をやらなくてはいけないので学校に連れていってもよい決まりになっていました。

 日中、誰もいない部屋の中でポチは独りぼっちの時を過ごし、夕方、ご主人様やその両親が帰宅して賑やかになった部屋の中でも、ポチは独りぼっちの時を過ごすのです。


(つらいなあ。どうすれば以前のような楽しい時を過ごせるようになるんだろう)


 ポチは毎日そのことばかり考えて暮らしました。けれども良い考えは少しも浮かんできません。鳴き声を上げず、動きもせず、まるで置物のような日々を過ごしていた、そんなある日、突然ご主人様が話し掛けてきました。


「さあ、ポチ、行くよ」

「わん!」


 本当に久しぶりのご主人様からの呼び掛けでした。闇に沈んでいたポチの心は一遍に明るくなりました。


(やっとボクの番が回って来たんだ。長かったなあ)


「ポチ、そっちじゃないよ」


 いつものように河川敷の方へ駆け出したポチをご主人様が止めました。駐車場から車が出て来ます。ご主人様と一緒に乗り込むと、父親の運転する車は静かに走り出しました。


(河川敷じゃないのなら、今日はどこで遊ぶのかな)


 ポチはわくわくしてきました。これだけ長い間待っていたのですから、きっと飛び切り楽しい遊びに連れて行ってくれるに違いない、そう思わずにはいられなかったのです。


「はい、着いたよ」


 どれだけ車に乗っていたでしょうか。開いたドアから外に出ると、そこは薄暗い森の中でした。


「ポチ、取って来い」


 ボールを投げたのはご主人様の父親です。ポチは森の奥へ駆け出しました。


(ご主人様と違って随分遠くまで飛んで行ったなあ)


 それでもポチはさほどの苦労もなくボールを見つけました。鼻に仕込まれた臭気センサーで、人体の汗が染み込んだボールのおおよその位置を把握し、両目に仕込まれた赤外線感知装置が、温まったボールの位置を正確に割り出してくれたからです。


(ご主人様、見つけましたよー!)


 ポチはボールをくわえて一目散に元の場所へ戻りました。けれどもそのボールを渡すことはできませんでした。そこにはもう車はなく、父親もご主人様も、ポチの他には誰もいなかったからです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る