ポチの話

沢田和早

ポチとご主人様

「はじめまして。君の名前はポチだよ。一カ月考え続けてようやく決めたんだ」


 ポチがご主人様から初めて掛けてもらった言葉です。ご主人様は小学生。幼稚園の頃からかペットが欲しいと言い続け、誕生日の今日、ようやく一匹のイヌを買ってもらえたのでした。


(ボクの名前はポチ。なんて素敵な名前。ありがとうご主人様)

「わん!」


 ポチは大喜びで一鳴きすると深々とお辞儀をしました。


「わあ~、挨拶してくれた。本当に言葉がわかるんだね」


 ポチは賢いイヌなので人の言葉がわかるのです。けれども人の言葉を喋ることはできません。抱き上げられたポチは尻尾を振ってご主人様の頬をペロペロと舐めました。


「くすぐったいよ~。ねえポチ、これから仲良く暮らしていこうね」


 ご主人様はポチがすっかり気に入ってしまったようです。それはポチも同じでした。ご主人様と楽しく愉快に毎日を過ごしていければどんなに幸せだろうと思うのでした。


 その日以来、ポチとご主人様はいつも一緒でした。食べる時も眠る時も、テレビを観る時もお風呂に入る時も、ポチはいつでもご主人様のそばで尻尾を振っていました。


「じゃあ行って来るよ、ポチ。お利口にしているんだよ」


 ひとつだけつらい時間がありました。ご主人様が小学校に行っている時です。どれほど一緒にいたいと思っても、イヌを学校に連れて行くのは固く禁じられていたのでした。


「くう~ん」


 玄関でご主人様を見送りながらポチは甘えた声で鳴きました。ご主人様はひとりっ子で両親は共働きだったので、広い家の中、一匹だけでお留守番をしなくてはなりません。


(ご主人様、早く帰ってこないかなあ)


 考えるのはご主人様のことばかりです。勉強机に置いてあるご主人様の写真を眺めながら、ポチはご主人様の帰宅をひたすら待ち続けるのでした。


「ただいま~。ポチ、行こう!」

「わんわん!」


 学校から帰ってくると、ご主人様は宿題もせずにポチを遊びに連れて行ってくれました。お気に入りは近くの河川敷です。


「そ~れ、取って来い」


 ご主人様がボールを投げました。ポチは勢いよく駆け出すと、転がっていくボールにすぐ追いつき、それをくわえてご主人様の元へ戻ります。


「次はこれだ!」


 ボールが空高く舞い上がりました。ポチもまた空に向かって飛び上がると、空中でボールをキャッチしました。


「よしよし。ポチは利口なだけでなく運動神経も優秀なんだね」


 ボールを受け取ったご主人様はポチの頭を優しく撫でてくれました。


(ああ、この人がボクのご主人様で本当によかった。ずっとこの幸せが続きますように)


 ポチは尻尾を振りながらそんなふうに思うのでした。

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