半分世界ちゃったde

第2話 おっさん、おっさん、変なおっさん

　駅前へ続く人通りの多い道、そこを歩いているコンビニ袋を片手に提げた、サンダル履きに上下スウェットの男。それだけなら何も問題はない。

　そいつが……。

　神々しいほど金色に輝いている……。

　金のアクセサリーをジャラジャラ着けているとか、金色の服を着ているって比喩じゃなく、ミラーボールみたいに光を物理的に放っていて、直視できないほど眩しいのだ。

　男は歩きながらスマホをいじっており（画面見えるのか？）、ライトやバッテリーの類を装着してる様子はない。ホントにただのスウェット着た男がピカピカ猛烈に輝いているのである。

　原理は全く不明だし、周囲にカメラマン的な人は見当たらないから、撮影でもないらしい。

　何事なの……コレ……？

　次々襲ってくる不可解な出来事。脳のキャパを大幅に超えてしまい、眩暈までしてきた。

　もういい加減にしてくれよと、キレ気味にその場から立ち去ったのだけれど、駅前の人混みにも妙な奴がチラホラいるじゃないか。ダンボールを全身に纏っている奴、動物に腕を噛み付かれたま歩いている奴、弓矢が頭に突き刺さっている奴、etc、etc、etc……。

　ハロウィンの仮装……？　でも時期外れだから、何かイベントでも開催しているのか……？　いやいやいや、もう無視だ、無視、無視！！　全部見なかった事にして駅前を強行突破しようとしたその時。

　スルー不可避のとんでもない光景が俺の目に飛び込んで来た。　

　改札から出てきた50歳ぐらいの男性会社員の頭上、そこに直径1ｍほどの真っ黒いモコモコの塊が浮かんでいる。

　あれは何だ……？　そう思って目を凝らすと……。

　雨雲だった……。

　小さな雨雲が会社員の頭上に張り付いて、大量の雨を降らせている。会社員はスーツのままシャワーを浴びている状態だから、頭の天辺からつま先までビショ濡れだ。

　嘘でしょ……。

　雨雲は黒い綿アメのようなリアル極まりない質感で蠢いており、おもちゃを使った仮装なんてモノじゃ断じてない。現実に起こりえぬ超常事象が今、目の前で発生してしまっているのだ。

　さらに異常だったのは、誰一人この超常現象に騒いでおらず、みんなごく普通に雨雲会社員の横を通り過ぎていく事だ。当の会社員さえも、自分の身に起きている事を全く気にせず、スマホ片手に笑いながら通話している。

　一体どういう事だ……？　

　やっぱり……俺の頭がおかしくなってしまったのだろうか……。

　でも、あの雨雲のリアルさはどうだ。何度目をこすっても雨雲は消えないし、雨がザーザー激しく降る音までハッキリ聞き取れる……。

　これが幻覚だなんて、信じられない……。

　自問自答を繰り返す俺の前で、会社員は雨雲を浮かべたまま自販機で飲み物を購入した。全身ビショ濡れの彼が、身をかがめて自販機から取り出したのは、体液に最も近いとされている青いラベルのスポーツドリンク。

　どんだけ水分取るんだよ……。そう思った直後。

「あいつ、体の外から中から水分補給しすぎだろ！！　貯水槽かよ！！」

　背後から声が響き、振り返った俺は思わず叫んでしまった。

「アンタ！！　さっきの！！」

　そこには、マカレナで遭遇した馬鹿デカいサングラスのおっさんが立っていたのである。

「よォッ！！　また会ったな！！　俺の名前はグラって言うんだ、グラさんって呼んでくれや！！　お前の名前は何て言うんだよ」

　唐突に自己紹介をされたので、思わず普通に返答してしまった。

「俺は……梨園ですけど……」

　すると、グラさんと名乗るおっさんは、サングラスのブリッジに中指を当て、斜め45度に首をかしげると、そのまま微動だにしなくなった。そして数秒間の無言状態の後、大げさな仕草でサングラスを外すと同時、鼓膜が破れるかと思うほどの大声で叫んだ。

「グラさんだけに、グラサンかけてる！！ なんちゃってな―――ッ！！」

　何言ってんの―――――この人―――――？

　絶句した俺をよそに、羽ばたくような謎の決めポーズを取って、恍惚の表情を浮かべているグラさん。

「フゥッ……。じゃ、そういう事で……」

　そう言って、何事も無かったように立ち去ろうとした。

「ちょっと待ってくださいッ！！　さっき、何て言ったんですか！？」

　慌てて呼び止めた俺に対し、グラさんはサングラスをかけ、

「えっ……。だからよぉ……」

　首を45度にかしげる仕草をまた始めたので、すぐに止めさせた。

「その一発ギャグみたいなヤツはもういいです！！　あと、そのデカいサングラスも腹立つんで外してください。そうじゃなくて、その前！！　その前に言った言葉ッ！！」

「えっと……なんだっけ。ああ……。水分補給しすぎ……だっけ？」

「そうっ！　それですよッ！　自販機の前でポカリ飲んでる、びしょ濡れの人が見えてますよね！？　頭の上に雨雲乗ってるのが見えてますよね！？」

「馬鹿野郎ッ！　老眼を舐めてんじゃねぇっての！　そりゃ近くは見えねぇよ。でも、遠くはバッチリ見えるっての！　いいか、あそこのビルの看板見てみな。上から順に読んでみせるからよ。台場証券だろ……、三宅歯科だろ……、次がえっと……、Barオリ……。オリ……。あれっ……。見えないな……」

「老眼の話はどうでもいいッ！！　雨雲ですよッ、あの雨雲が見えてますよね！！」

　肩を揺すって脅迫気味に確認すると、グラさんは怯えた表情で頷いた。

「なぜか他の人達には見えてないんですよ！」

「はぁ……？　どういう事だよ？」

「あんな事が起きているのに、みんな驚いてないんです。ほらっ！！」

　ビショ濡れ会社員の横を普通に通り過ぎていく女子高生の集団、俺は彼女達を指差したのだが、

「えっ……？　お前……何言ってんの……？」

　グラさんは全然ピンと来ておらず、ポカンとした表情を浮かべている。

　話が全然伝わらないもどかしさから、

「雨雲を頭に乗っけた奴がいるのに、誰も騒がないんですよ！！　こんなのどう考えたっておかしいでしょうがッ！！」

　俺は苛立ちを抑えきれず、つい怒鳴ってしまった。

　するとグラさんも負けじと声を張り上げ、

「そんなもん、当たり前じゃねぇか！！」

　歩道の真ん中へ飛び出すや、バスケのディフェンスよろしく腰を低く落として両手を広げ、通行人の邪魔をし始めたのである。しかも人を小馬鹿にした変顔でだ。

　アンタ……急にどうしちゃったの……？　

　どこからどう見ても駅前に不審者が現れた形であり、通報されたっておかしくない。むしろ俺が通報すべきとさえ思った。

　ところが……。

　なぜか通行人は皆、グラさんの異常な行動を見ても顔色一つ変えず、ごく自然にすぐ横を通り過ぎていく。最初は皆のスルースキルの高さに驚いたのだが、冷静に観察してみると、かかわり合いを避ける為に無視している感じじゃない。グラさんの存在自体に気付いていない様子なのだ。

　あれ……これはまさか……。ひょっとして……。

　嫌な予感を覚えた俺の元に、グラさんが戻ってきて意気揚々と言い放つ。

「なっ！　雨雲が見えないのなんて当たり前だろ。俺の事だって誰にも見えてないんだから」

　衝撃の余り、膝から崩れ落ちてしまった。

　このおっさんも幻覚だったのか……。

　幻覚が見える見えないのレベルじゃなく、俺は幻覚に自己紹介し、ツッコミを入れ、安堵し、怒り、傍から見ればたった一人で大騒ぎしていたのである。

　通報されるべきなのは、俺の方でした……。

「どうした急に？　具合でも悪いのか……？　ひょっとして痛風？　お前、尿酸値高そうなツラしてるもんな」

　何か失礼な発言が頭上から聞こえてきたけど、幻聴なので無視する。

「違うのか……？　だとしたらやっぱり、ちゃんと半分出ちゃってないのが原因か……？　それなら、こんな所で丸まってても仕方ないだろうが。とりあえずあの店に戻ろうぜ。おいっ！　こっちを見ろよ！」

　顔を上げるとグラさんは俺の背後を指差しており、その先にあったのは喫茶店マカレナ。

「いいから来い！」

　俺の腕を自分の肩に回して強引に立たせると、グラさんは俺を支え、マカレナに向かって歩き始めた。

　幻覚に介助されるなんて……。もう重症じゃないか……。

　どうにでもなれと俺は考えるのを止め、場の成り行きに身をまかせる事にした。