第3話 とにもかくにも出ちゃってる

 呆然自失の状態でマカレナに入ったのだけれど、驚いて我に返った。

 グラさんがカウンターで「アイスコーヒー二つ」と注文するや、店員が「サイズはどうなさいますか?」と普通に対応したからだ。 

 えっ……アンタって幻覚なんじゃないの……!?

 俺の混乱は増大したものの「おごってやるから、席で待ってろ」というグラさんの言葉に従い、大人しくいつもの席に座って数分、トレイにアイスコーヒー二つ、山盛りのガムシロップを乗せたグラさんがやってきた。

 ガムシロ過剰じゃない……?

「まぁ、飲めよ」

 お礼を言ってアイスコーヒーを受け取り、一口飲んでみたら、冷えてて美味い……。このアイスコーヒーは実在している………と思うのだけど、今や自分が見ている光景、それが現実なのか幻覚なのか、断言できる自信が全く無い。


 とりあえず、今一番疑問に思っている事を尋ねてみた。

「グラさんって、俺の幻覚なんですよね? どうして注文できるんですか……?」

 自分でも、妙ちくりんな事を言っている自覚はある。でも他に聞きようがないじゃないか。

「幻覚じゃねぇよ。実際にいるよ。だから注文もできるし、こうしてアイスコーヒーも飲める」

「でも駅前で、みんなグラさんの事が見えてなかったですよね。幻覚じゃないなら、一体何なんですか?」

 

 大量のガムシロップを次々アイスコーヒーへ投入しつつ、グラさんは言った。

「確認するけどよぉ、お前は、自分が『半分出ちゃった』って事を、理解できてないのか?」

「は……、はんぶん……。でちゃ……った……?」

 質問の意味が分からず、オウム返しした俺の様子を見て、

「やっぱりかよ……。お前なぁ、それってホント珍しい事なんだぞ」

 アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら、真面目な顔で身を乗り出してくるグラさん。


「いいか、お前は今まで世の中の一部分だけを見てたんだ。この世は二重構造になっててな、ほとんどの奴らは世の中の表面、上っ面で起こっている事だけしか知らねぇ」

「えっ……?」

「デカいゆで卵みたいなモンでよ、普通の奴はゆで卵の外側、白身の部分だけを見てる。でもお前は白身を越えて、黄身の部分に半分出ちゃったんだ。それで、世界の全体が見えるようになった」

「いや……何言って……」

「出ちゃったのは半分だけだぞ、全部出ちゃったら今度は黄身の部分しか見えなくなるからな。そのおかげでお前は、俺とか、妙な現象が見えるようになった。それが『半分出ちゃった』ってコトよ」


 そこまで言うと、グラさんは恐ろしく甘いであろうアイスコーヒーをグビグビ飲み始め、俺は説明の続きを待ったのだが、次にグラさんの口から出た言葉は「どうだ。分かったか?」だった。

 

 分かる訳がない。

 二重……? ゆで卵……?

 このおっさんはナニを言っているんだ……?


 俺がポカンと口を開けていると、グラさんは急に立ち上がり、隣の席に座っていた女性二人組、そのテーブルに置いてあったコーヒーカップやケーキの皿を乱暴に並び替え始めた。

「ちょっと! 何やってんスか!?」

 突然のイカれた行動に思わず声を上げてしまったが、驚いているのは俺一人、女性達はごく自然に会話を続けている。駅前でグラさんが変な行動を取った時と同じだ……。無視しているワケじゃなく、グラさんの存在と行動そのものに気付いていない様子なのだ。

「なっ、普通の奴らは俺に気付けないだろ? お前全然ピンと来てないツラしてたから、実際にやってみせたわけよ」

 奇怪な現象を再び見せつけられて愕然となる俺。

「付け加えるとな、『半分出ちゃった』ってのは、見えるとか見えないとか、そういうレベルの話じゃねぇのよ。ゆで卵の白身と黄身の部分、二つの世界を同時に体験してんのよ。俺の姿が見えないだけなら注文はできないし、今だって、コーヒーカップが勝手に動いた! って大騒ぎになるだろ?」 


 グラさんの話は一つも理解できないけれど、昼前からずっと妙な現象を体験し続けているのだ、何かとんでもない事に巻き込まれているのは嫌ってほど理解できる。

「あの……さっきも聞きましたけど……まず、グラさんが一体何者なのか、教えてもらえませんか……?」

「何者って言われてもなぁ……。半分出ちゃってない一般の奴ら、昔のお前だな、そいつらがいる場所を『普通側』、今、俺とお前がいる場所を『半分側』って呼ぶんだけどよ、俺は元から半分側にいる存在だ。まぁ、乱暴に言っちゃえば……幽霊みたいなモンか?」

「えっ……? じゃあ、塩かけたら成仏するって事ですか?」 

「しねぇぞ! おいっやめろ! 成仏させようとすんな! 幽霊の事なんて知らねぇから例え話だよ! 落ち着けよ! まぁ……とにかく『半分出ちゃった』ってのは簡単に説明できる話じゃねぇ。他の奴らは半分側の決まり事っつーか、法則? みたいなモンを半分出ちゃうと同時、一瞬でパッと理解できるんだ。そういう仕組みになってんのよ。そうじゃなきゃ、皆、お前みたいにパニックになっちまうからな」

「ちょっと待ってください! 今、『他の奴ら』って言いました? 俺以外にもこんな状況になった人がいるんですか!?」

「馬鹿言ってんじゃねえょ、当たり前だろ! 日本の人口は一億超えてんだ。お前一人が特別なわけねぇだろ。思春期かお前は!」

 えっ……。これって、よくある事なの……?

「そこら中でバンバン出ちゃってるよ。週一ぐらいで、新規の半分出ちゃった奴を見かけるぞ」 

 週一……。雑誌か……?

「でも……確かにお前は普通じゃねぇよ。最初に見かけた時、何か変わった雰囲気のヤツだなと思って観察してたんだよ。言っただろ『お前、変な感じで出ちゃってるんじゃねぇの?』って。まさか、半分出ちゃった事を全く理解できてない奴だとはな……」


 マカレナで、グラさんが俺の事をジッと見つめていた理由が今、分かった……。お互いに「何だコイツは……」と不審者扱いしていたのだ。そしてどうやら俺は何やら特殊な状況下におり、その中でもさらに珍しいケースの状態らしい……。

「でもまぁ、慣れだよ慣れ。ネットもスマホも昔は無かったのに、今や、みんな当たり前の顔して使っているだろ。違和感なんてすぐ消えちまうよ。そのうち、他の半分出ちゃった奴に会うだろうから、そいつに詳しい話を聞けばいいじゃねぇか。俺も手伝ってやるから辛気臭ぇ顔してんじゃねぇよ。大船に乗ったつもりで安心しろよ!! なっ!!」

 そう言って、俺の肩をバンバン叩いてくるグラさん。

「えっ……? あ……はい……。どうも……」 

 情報過多、意味不明過ぎて成り行きに身を任せる他ないのだけれど、大船と言うより、泥船って感じがするのは気のせいだろうか……。

 しかし、このおっさん以外に頼れる人がいないのは事実(人かどうかも不明だけれど)、とりあえずは仲良くせざるを得ない。。

 しかし、このおっさん以外に頼れる人がいないのは事実(人かどうかも不明だけれど)、とりあえずは仲良くせざるを得ない。警戒心を高めるべくアイスコーヒーを一口飲んだところで、窓の外から妙な音が聞こえて来た。








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