第90話 栗平の洗礼

「柿生、この子はいったい……」

 栗平の戸惑った声。

 人が多すぎて会長挨拶そのものは見えなかったらしい。


「さっき挨拶をしていた魔法研究会の会長だ。その正体はセクハラ幼女、風呂等で気を付けろと言っただろ、前に」

 まさかもう出てくるとは思わなかったが。


 そして会長は栗平をまじまじと観察する。

「さて、君が栗平颯人君なのですか。ふむふむ。取り敢えず好みの女性タイプと好きな体位と、あと今夜の予定とを教えて欲しいのです。あとは……」


 理彩さんと楓さんが相談しているのが見える。

 そして理彩さんが頷いた次の瞬間。


 ダッ、ダッ、ダッ!

 会長がいた背後の壁に細身のナイフ3本が刺さる。

 でも会長は瞬間的に栗平の反対側横に移動していた。


「甘いのですよ。でもなかなかいいナイフなのです。市販品ではない模様なのです」


「日立金属ATS34、粉末鋼の中でもナイフに適した素材」


「なるほど、いい材料を使っているのです。でもまだ早さが足りないのです」


「なら」

 ズサッ!


 今度は大型ナイフが壁に刺さった。

 だが間一髪会長は避けている。

 おまけに栗平の尻をなでていやがる。


「まだまだ甘いのです。取り敢えず尻の感触を確認したので失礼するのです」

 その言葉を残して会長は姿を消す。

 また何処かに行ったらしい。


「残念です、逃しました」


「殺すつもりでやらないと無理。あれは化け物級」


「常人なら確実に両目と喉に刺さる筈。大きい方は首大動脈切断狙い」


 おいおいおい。

 喋り方を変えても意味無いだろうその行動は。

 もっとも対会長だと皆様慣れた様子で驚きもしない。

 驚いているのは栗平と、隣テーブルの春日野くらいだ。


「気にするな。ここの会長はそういう存在だ。気にした方が負ける」

 理彩さんはそう言うけれども。

 絶句している男2人の硬直はとけない。

 そしてそんな中、興味深げにやってくる杏さん。


「このナイフ、抜いてもいいか」

「どうぞ」


 1本ずつ丁寧に抜いて、そしてテーブルに並べた後。

 杏さんは刃とかを持って確認している。


「硬い刃だ。先端はコンクリに当たっているのに。焼き入れは」


「ハンドメイド。耐火レンガ並べて箱を作って、ドライヤーと木炭でちまちま加熱」


「そんなので作れるのか」


「暇だった。それに元の素材がいいから」


 杏さんは興味深げに色々な角度から刃先や様々な部位を観察する。


「デザインは」


「投げはオリジナル。大きい方はBLACK JACKのOld Trackerを形だけ参考に」


「あえてシンプルに作った訳か」


「趣味だから」


「了解。いいものを見た。それに魔法も見事だ」


 杏さんはナイフを楓さんのテーブル前に置いて、一礼して自席へ戻る。

 そして。


「柿生、今のうちに聞いておくが、魔女の皆さんって皆こんなメンタルなのか」

 栗平の硬直がとけたようだ。

 そして彼のその問いはある意味当然だろう。


「全員じゃ無い。少しは常識がある人もいる」


 僕の目線の先で未来さんが頭を抱えていた。

「何なのよもう、始まったばかりなのに……」


「理解した」

 そう言った栗平の目前のテーブルに先程見た投げナイフが刺さった。

 その刃で栗平の割り箸が4センチ斜めに刻まれている。


「ごめん、手が滑った」

 栗平、再び硬直。


 頑張れ栗平。

 相手はなかなか凶暴だけれども。

 それでもやっと出来た彼女だぞ。

 頼むから責任持って預かってくれ。

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