第89話 麻酔魔法は弱かった

 下に行くと、もう満席に近い状態。

 貼ってある座席表を見ると今回は部屋別になっている模様。

 入口近くの隅という、ある意味気楽な場所がキープ出来た。

 うちの部屋分のコップと小皿、割り箸を配る。


「賑やかと言うか、凄い人数ですね」

 口調がさっきまでと大分異なる楓さん。


「前回はこの半分。多分部屋的にも人数は今が限界」

 理彩さんがそう説明。


「この人数だと各自自己紹介とかは出来ないでしょうね、ちょっと」

「気が楽になりました」

 楓さんの言葉遣いが思い切り変わっていて、違和感がなかなか。


「さて、それではそろそろお時間ですので、始めさせていただきます」

 前から沙霧さんの声が聞こえた。

 ざわざわしていた室内が少しだけ静かになる。


「なお、藤沢先生はバスの運転が疲れたそうで、既にお休みになっています。勝手にやってくれ、事故は起こすなとの伝言を預かっております」

 いいのかそれで。

 前回は挨拶だけはしたぞ。

 でも疑問の声はどこからも上がらない。


「そういう訳で、大変残念なのですが会長に乾杯の発声をお願いしたいと思います」


「それでは皆様、相互に適当な清涼飲料水を注いでください。その間にちょっと色々と挨拶をさせて貰おうと思うのですよ。

 今年度に入ってはや2回目、GWの錬成合宿前にこのような機会が出来たのは大変ありがたいのです。演習の訓練も出来るし、開発部の新製品は出来たし、まだ4月ですがなかなか順調なのです」


 ここまではまともな挨拶だな。

 そう思いつつ僕は聞いている。


「なかでも順調というか喜ばしいのは、本年は昨年なし得なかった事を既に成し遂げている事なのです。そう、何とこの合宿には普通科の男子を3人も迎えてしまったのです。これは色々チャンスなのです。保健体育で習った事をビバ実践!是非とも実物で確認なのです。いやよいやよも好きのうち、夜這いは日本の伝統文化、既成事実を作ればこっちのもの……」


 会長の危険になってきた挨拶が唐突に途絶えた。


「諸事情により、副会長からの乾杯の発声に切り替えさせていただきます」


 今回は誰が強制終了させたのだろう。

 後で聞いてみよう。


 そして麻里さんが立ち上がり、紙コップを高らかに上げる。

「前略、乾杯!」


「乾杯!」

 前略かよと思いつつも唱和する。

 まあ麻里さんにはふさわしいかなとも思いつつ。


「それでは皆様、ご自由にご歓談下さい。なおスピーカーとマイクはありますが音源がありません。カラオケはスマホ等で音源を呼び出す等して実施して下さい。イヤホン用コードはアンドロイド、iPhone両方のものが用意して御座います。それでは失礼致しました」


「何か強烈な会長挨拶だったな。途中で終わったがあの後どうなったんだ」

 栗平が聞いてくる。


「気にするな。いつもの事だ。多分執行部の誰かの魔法で気絶か異空間遮蔽か機能停止させられている。しぶどいから何をしても5分程度で復活してくるらしい。だから深く考えない方がいい」


「ちなみに今日は麻里の麻酔魔法だったのですよ」

 おいおいいきなりかよ。

 本人が出てきてしまった。

 麻酔が浅かった模様だ。


 ただ会長の位置からして、今回の獲物は僕では無いらしい。

 栗平の模様だ。

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