第5章 新人歓迎合宿第2回目

第78話 栗平の春?

 月曜日の朝。

 何か栗平の機嫌がいい。


「どうかしたのか」

「ふっふっふっふっふふふ」


 何か笑っている。

 しかも笑い方がおかしい。


「ついに狂ったか、せめての魂に安らぎあれ、アドナイ・メレク・ナーメン」

「うちは真宗だから南無阿弥陀仏だな」

 なんて春日野と話していると。


「ふっふっふっ。実はな、春が来たのだよ」


「世間はもうすぐ初夏ですがな」

「甘い、そっちでは無い。

 土曜の朝に運命的な出会いをして、今日の放課後はデート予定だ」


 うん。


「ついに幻を見るようになってしまったか」

「いや。ひょっとしたら二次元の嫁かもしれないぞ」


 そう春日野と言い合っていると。


「ちが-う!」

 と本人は主張。

 それならばだ。


「よし、一応本人の供述は聞いてやろう」


 という事で。

 本人から事情を聞いてみる。


「出会ったのは土曜日の朝11時過ぎだな。暇だったので昼食の安い弁当や安いパンを買いに業務用スーパーに行ってみたんだ。

 そして買い物した帰り、スーパーから50メートルの処で女の子が悩んでいた訳だ。両手にトマトの箱だのキャベツの玉だの大量に入った袋を抱えて」


 ん?

 この行動パターンは、ひょっとして。

 僕と春日野は顔を見合わせる。

 まさか……


 栗平の話は続く。

「そんな訳で紳士ジェントルメンな俺は声をかけた訳だ。何でしたら手伝いましょうかと。

 そんな訳で彼女の荷物を持って歩いた訳だ。途中話したらどうも彼女、うちの学校の生徒らしい。伊勢原いせはらかえでちゃんって言うんだと。外見は細めでちょっと薄幸の少女風。学年やクラスは聞かなかったけれどさ」


 あ、これはきっと……

 微妙な予感はかなり確度を増した。


「そんな訳でうちの女子寮の前まで持って行ってさ。そこでSNSのIDを交換した訳だ。そうしたら早速、今日の放課後時間ありませんですかだってさ」


 うわ。

 それは。


「でも相手の学年もクラスもわかっていないんだろう。騙されていないか、それ」

 春日野の常識的な意見。


「少しくらい騙されてもいい。彼女が欲しい」

 おいおいおい。


「だいたい俺を騙しても何も出ないぞ。家に金は無いし俺は奨学金暮らしだし」


「あれ、栗平は奨学金組だったのか」

 それは始めて聞いた。


「ふっふっふっ。点数取りは得意なのだよ」


 その台詞に春日野が少し載せる。

「彼女いない歴は年齢と同じだがな」


「その悲しき日々も今日終わる!ビバ青春!」」


 春日野の入れた茶々を否定していなかった処が悲しい。

 まあ僕もそうだし、春日野もきっとそうなのだけれども。

 中学時代がリア充ならこんな遠方の高校までやってこないし。

 予鈴が鳴る。


「それでは授業中は、今日のデートの計画でも立てるとするか」

「この辺にデートスポットなんて無いだろう」


 街から外れた工業団地の中だからな。


「その不可能を可能にするのが我が腕よ」


 僕と春日野は顔を見合わせて頷く。

 大丈夫かな、こいつ。

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