第68話 本件事案の幕引き状況

 明里さんの息が整う前に、ひとつだけ。


「紬さん、どうもありがとうございました」

 明里さんを呼んでくれた功労者にお礼。

 春日野とともに頭を下げる。


「秋良に精神的ショックがあるとこの装置が完成しないですから」


 紬さんはそう言って軽く笑みを浮かべて。

 そして実験装置の方へ戻っていく。

 せわしなく動く癖があるが、この開発部では一番の常識人だ。


 そして。

「それでは杏、まず申し開き」


 明里さんの準備が整ったようだ。


「受注した像のうち4体分は男性の全裸。でも私は見た経験が無い。制作前に色々確認した方が完成度が上がると判断した」


 ストレートな意見だ。


「では立場を変えて考える。全裸を見せろと藤沢先生が迫ってきたと仮定。杏、どうする」


「全力逃走。勝ち目は薄い」


「なら立場を自分と秋良置き換え」


 杏さんは目を閉じて少し考える素振りをして。

「理解した。でも私が藤沢先生というのが納得出来ない」


「杏が藤沢先生ではない。藤沢先生役はそこで固まっている」

 つまり会長が藤沢先生役と。

 この場合はどっちが名誉毀損になるのだろう。

 本人達は互いに自分だと言い張るだろうけれど。


「理解」

 杏さんはそう言うと僕と春日野の方を向く。


「確かに考えない事をした。すまなかった」

 そう言って頭を下げた。


「いや、理由はわかったからもういいです」


 そう春日野が言った後で杏さんが付け加える。


「基本的に異性の裸を見ていいのは、風呂に入っている等必然性がある場合か、いわゆる性的関係を確かめ合うような場合だけ。だから今回は一般的に手に入る資料等で我慢だ」


 杏さんは頷いて、そして追加質問。

「なら寮のお風呂は?」


 おいおいおい。

 春日野もびくっ、と身体を震わせる。


「間違いなく会長こいつが乱入する」


「わかった。諦める」

 何とか明里さんがこの場を納めてくれた。

 取り敢えず一安心。


 それにしてもだ。

 杏さん、春日野と風呂に入るのはOKなのか。

 想像しそうになって慌てて止める。


 そして明里さんはこっちに向き直った。


「こんな感じだ。悪かった。出来れば今回の事は水に流してくれ。

 元々魔法使いは、

  ○ 周囲から隔絶したところで生きていて常識が無いか

  ○ 周囲から敵視あるいは差別された結果良識が無いか否定している

のどっちか。例外もあるけれど」


 後半は苦笑ながら言っていたので、半分くらいは話を盛っているんだろうけれど。

 きっと杏さんは前者だな。

 会長はおそらく後者だ。

 そう思いつつ頷く。


「わかりました。それに今回の騒ぎはどうせ会長のせいでしょうから」

「理解してくれて助かる」

 頷き合って。


 そして。

「で、会長これはどうしますか」


 当然、まだ固まったままである。


「治療薬の実験に使いますか。魔法で切断した後、治療薬を振りかけて。元の治療魔法と同等効果なら大丈夫です」


 おいおい紬さん。

 怖い事を言うな。


「止めた方がいい。切断した両方から再生して会長が2人になったら困る」


 プラナリアかい!

 千歳さん、えぐい想像しないでくれ。

 そして紬さん杏さん明里さん。

 そんな意見に頷くな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る