第52話 そして再び開発部へ

 ふうっ、と誰かが息をする。

 はあっ、と息をして千歳さんがテーブルに突っ伏した。

 引きつっていた空気が一気に弛緩したような感じだ。


「それでは、私はこれで失礼します」

 歩美さんがそう言って軽く礼をして去って行った。

 扉が閉まる。


 空気が更に弛緩した。

 つまりいつもの雰囲気にと。


 僕にはその辺の理由その他がわからないので、舞香さんに聞いてみる。

「今の副学園長という方、そんなに怖い人なんですか」


 舞香さんは首を横に振る。


「怖いという事は特に無いです。むしろ立場等を思えばかなり気さくな方です。ただし実態は世界で最も古い世代の魔女の1人で魔力もそれ相応。この学校の魔法関係の実質トップにして後ろ盾という存在です」


 そう言われても僕にはその凄さがわからないのだが。


「というか、あの魔力量を前にして普通に口をきける魔女なんてまずいないですよ」

 これは遊里さんの説明。


「とすると、そんなとんでもない人を歩美さんは連れてきたんですか。しかも杖の情報をどこからか聞きつけて。それとも歩美さんが逆に副学園長に連れられて……」


「リードしたのは間違いなく歩美さんです。あの人は私と同じで必要な情報を知る魔法なり能力なりがあるようですから」

 舞香さんがそう言うのなら間違いないだろう。


「必要だと思ったら、校長だろうが学園長だろうが悪魔だろうが躊躇無く引っ張り出す。そんな存在相手と交渉もするし使い回したり冴えする。それが歩美の怖さだ」

「まあ皆、歩美のことは認めているんですけれどね。私心が無いのもわかっていますから。真の実力とか能力とかは未だに隠したままですけれど」


 千歳さんと遊里さんが追加説明。

 やっぱり歩美さんは能力を隠していると見られているんだな。

 まあ合宿の時僕もそう思ったけれど。


「さて、残念ながらこの魔法杖、当面は開発部預かりという事でいいか」

「仕方ない」

 千歳さんの言葉に麻里さんが頷いた。


「折角美味いものが魔法ひとつで買いに行けると思ったのに。残念だ」

 会長、この期に及んでそんな台詞を。


「あと、1年生3人の扱いはどうしますか。一応開発に成功したし、こちらに戻しますか」

 歩美さんの問いかけには千歳さんが答える。


「それについては、基本そっちメインでいいが、こっちにも自由に顔を出せるようにしてくれ。実はこの杖が出来た時点で杏から色々要請があってな。これからも開発に色々力を借りたいらしい」


「何か随分丸い答が返ってきましたね。寄越せ、返さん位、以前なら言いそうだったのですけれど」


「物事が上手く行くというのはそういう事さ。他の研究も少し目処がついたおかげで気分に余裕が出来た。でも杏はもう返さないぞ。こっちの主要スタッフだから」


 遊里さんと千歳さんの間で、杏さんを巡る何かがあった模様だ。

 僕らが出向する前に遊里さんが開発部を嫌っているような発言をしていたのも。

 そのあたりに何かあったのかもしれない。


「さて、開発部は特別科の方に撤収しよう。ただ今日だけ正樹を貸してくれ。杏が色々聞きたい事があるらしいから」


 という訳で。

 僕は魔法杖を抱えた開発部一同と。

 再び特別科の方へと行く羽目になった。

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