第2話 ブタ星人

「宇宙人?」


 ぼさぼさ頭がトレードマークな日本国内閣総理大臣は呆れたふうに訊いた。

 突如、東京上空を覆い尽くす程の超巨大な未確認飛行物体出現の報を閣議中に受けた彼は、緊急に国会を閉会して対策本部を立てた。

 そして、席に着いた彼の元へやってきた官房長官から最初に届いた報せが、理不尽な内容だった。


「宇宙人というと、あれか、」


 総理大臣は人差し指を差し出してみたが、官房長官はそれを無視した。


「……あれ? 何、観た事ないの?」

「何をです?」

「……まぁ、いいや」


 ちょっと不満げな顔をする総理は、話の続きを訊いた。


「で、何処の国の宇宙人かね。ハリウッド?」

「総理。真面目に聞いて下さい」

「真面目っつったってよ、居るわけないじゃないか、宇宙人なんて」

「じゃあ、あれは何ですか?」

「窓だが」

「そうじゃなくって」


 官房長官は仰いだ。


「どうせ、北の連中が作った気球かなんかだろ? まったく、今日は良い天気だというのに日照権の侵害も良いところだ」

「奴らに東京上空を覆い尽くすほどの巨大な気球を作れるほどの技術も資本も度胸もありません」

「じゃあ、米国か。BSEの件で脅しを掛けてきたのかね。第二の黒船か?」

「だーかーらー」


 呆れる官房長官は、人の話は聞かない、身勝手でついでに足の臭いこの男を一発殴ってやろうかと思った。

 だが、殴っても何の解決にもならないので、それは諦めた。


「自衛隊や横須賀の米軍からも確認が取れております。あれは間違いなく、地球外生命体が載っている未確認飛行物体です」

「まぁそこまで言うならそうだとしても、一体どんな輩かね? やっぱりこれか?」


 総理はもう一度人差し指を差し出してみせるが、官房長官は無視した。


「既に米軍の専門チームが彼らと接触しております。シリウス星系から来訪した、高度な文明を持った種族だという事です。これが彼らの写真です」


 そう言って官房長官は、総理の机に広げていた資料にあった、数枚のカラー写真を指した。

 総理はそれに一瞥をくれると、はぁ、と溜息を吐いた。


「米国もシャレがキツイねぇ。いくらBSEでごねているからって……」

「はあ?」

「いや、だからね、居る訳ないじゃん、宇宙人なんて」

「いや、だからこの写真が」

「豚だ」

「はあ?」

「だから、豚だろ? どう見たってこれ、豚だよ」


 良く見ろよ、と総理は写真をとんとんと叩いて言う。

 偶蹄目 イノシシ、学名Sus scrofa。

 その写真に写っていたモノはまさしく、いわゆる「豚」のそれと同じ頭部に持つ、奇妙な生命体であった。


「豚が宇宙人? トンでもない話だな、はっはっはっ――何だねその顔は?」



 果たして銀河連峰遥々超えてやってきた異星知的生命体は、その「飛べない豚は以下略」と口にしそうな容貌もあって、今まで想定された様々なファーストコンタクトと比較しても類を見ない、非常に友好的ムードの中、地球の人々に迎えられた。


 数日後、異星知的生命体の代表は、世界各国の首脳と共に、世界同時中継による共同会見を行った。

 それは、人種、倫理、宗教観すべてを越えた、人類の新たなステージの始まりを意味していた。


(吾々は、ブタ星人だブー)


 自動翻訳機も使わず流暢に話すその日本語に、そのまんまかよ、と会見に臨んだ各国の記者たちは心の中で同時に突っ込んだ。


(吾々は銀河連邦条約に基づき来訪したブー)

「銀河連邦条約?」


 代表質問していた記者が訊いた。


(この銀河系には、様々な種族の文明があり交流が行われていたが、一定のレベルに達していない文明に対しては一切干渉してはならないという決まりがあるブー。

 それ故、この地球は今まで孤立していたブー)

「それが何故?」

(言わずもがなだブー。

 先の銀河連邦条約で定められた文明レベルに、諸君は達したんたブー)


 それを聞いた人々はどよめいた。中には感極まって泣き出す者さえ居る。


(で、吾々の星が加盟国の中で一番近い事もあって、最初に訪問したのだブー)

「では、まだ他にも異星知的生命体が居ると?」

(そうだブー。

 これからドンドンやってくるだろうブー。

 そして諸君は、我々の訪問を受けるたびに一つずつ、英知を授かる事になるブー。

 英知は諸君の抱えている問題を必ず解決してくれるはずだブー)

「今回の英知は、癌の特効薬。これで人類は癌を克服する事が出来たのだよ! 何と素晴らしい事か!」


 ブタ星人の隣に座っていた内閣総理大臣がいきなり立ち上がって派手に言う。

 何処かの国の大統領と同じで、民衆受けのする強気な言動は場所を選ばないらしい。

 記者の中には、何故最初の英知が、この莫迦な男を首相の座から引きずり降ろすモノにしてくれなかったんだと愚知た者も少なからずいた。


(しかし、だブー)

「?」


 突然、険しい顔をするブタ星人に、隣で悦に浸っていた総理大臣や記者たちがきょとんとした。


(英知を授けるにあたり、一つ、問題点があるブー)

「な、何でしょう?」


 思わず声がうわずる総理大臣。


(――諸君らは、我が同胞を食材にしているではないかブー)

「え゛」

(ああ、なんと嘆かわしい事かブー!

 銀河連邦が認めるほどの文明を持ちながら、他の星の知的生命体と同種の生命体を虐殺しその身を食している事実は、吾々の寛大な理性をもってしても受け入れがたいブー!

  吾々は諸君との交流を図る為の唯一の条件として、今後一切、吾らの同胞を虐殺し、それを食さない事を提言するブー!)

「な、なんだって――っ!?」

「誰だ、MMRの連中をこの会見に呼んだのは? つまみ出せ!」



 衝撃的な会見から数日後、世間は大きく揺れた。

 彼らとの交流は、人類の文明の発展にとって大きな利益となる。

 豚肉という食材と、癌の特効薬。

 人類は、どちらを選ぶべきかと論議を開始した。


「豚肉が食えなくなるなんてありえない!」

「でも、癌の特効薬があれば、今後未来、癌で苦しむ事はなくなるんだぞ」

「そんな事言ったって、それを受け入れたら、今後はトンカツや豚しゃぶが食えなくなるじゃないか?」

「莫っ迦だなぁ、お前。

 トンカツや豚しゃぶが食えなくなっても、牛カツや牛しゃぶを食えば良いだけじゃないか」

「あっ、そっか。

 なんだ、アッタマ良いなお前、あははは♪」



 果たして、ブタ星人の要望はあまりにも呆気なく受け入れられた。

 それでも豚肉を口にする事が出来なくなった事を嘆く人々も居た。

 だがそれ以上に、地球上から豚肉を食材とする料理が一切消えた事により、意見がまとまらずにいたBSE問題もなし崩しに解決され、牛丼屋に再び牛丼が復活した事を喜ぶ声のほうが上回っていた。

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