第10話
下るというより、まるで飛び降りるような降り方。
数段飛ばしに重力を無視するように下って行ったレオは、早々に地下に着いた。僕も慌てて後を追う。
着いた時には、レオを仮面をつけたままの男たちが囲んでいた。
「お前、ここに来た理由を述べろ」
言った男が僕を見て、そういうことか、と吐き捨てる。
「そうか、そいつが呼んだんだな。くそ、おい見張りしてた奴! なにやってんだ!」
「い、いつのまにか消えてたんだよ……」
慌てた声にかぶさるように、レオの声が響いた。
「お前らが捕まえた人魚はどこにいる」
まるで絶対零度。
あまりに低い声でレオがそう聞き、辺りはしんと静まり返った。僕も背筋が震える。思わず彼から後ずさる。
「……誰が言うか」
ダンッ!
嘲るように言ったレオの横の男が、勢いよく倒れ込む。レオの握りしめた拳が、脇腹を殴ったからだ。
「お前らが、捕まえた、フユは、どこだ」
目がギラリと光る。やばいと思ったのだろう、男が瞬時に指示を出した。
「全員かかれ! どうせ黒色の人種は美味しくない、殺してしまえ!」
残りの5人のうち、まず1人が素手で飛びかかる。その後を追うように、もう1人が金属棒を持って飛びかかった。
レオもいつのまにかナイフを取り出している。拳を振り上げた男の腹に、躊躇なくナイフを突き刺した。
「がっ……」
刺した奴をに向き合っている間に、金属棒を持った男が棒を振り下ろす。レオがそれに合わせてナイフを引き抜いたから、男の身体から血が飛んだ。
金属棒をナイフで受け止める。ギキキキキと嫌な音が響き、思わず顔をしかめる。
少しレオが押されているように見えたが、一際強い力がかかった時に、相手の力をそのまま右に流した。おかげで相手が右側にふらつく。がら空きになった首元に、ナイフを刺し込んだ。
ぐあ、と嫌な声がした。
……本気だ、人が死ぬ。
こんなに躊躇なく、人って殺していいものだっけ?
でも、さっき僕も死ぬところだった。
フユも、死にそうだ。
こんな、もんだっけ?
呆然としていたせいだろう、手首を掴まれたことに驚いた時には、首元にナイフを当てられていた。
「そこの、イグニカロルの!」
レオの動きが止まり、こちらを向く。その目が敵意で光っていて、僕は反射的に目を背けた。
「それ以上暴れてみろ、こいつを殺すぞ」
ちりっと首に痛みが走る。
いや、仲間を捕まえれば手が止まると思ったんだろうけど、それはないよ。
僕はフユを売ったんだから。
それにさっき、レオに殺されかけているんだから。
「……勝手にしろ」
「なっ……!」
ほらな。
だから猫に化け始めて良かった。
身体が溶ける感覚と共に、眩暈が襲う。しかしさっきより慣れたのだろう、その時間が短かった。
「は、こいつ、そうか猫人間……!」
今頃気付いたのか、遅えよ。
たっと男から逃げ、レオの肩に登る。レオは少し顔をしかめたが、降り落としたりはしなかった。
残っているのは、あと2人。
レオが前傾姿勢になったから慌てて肩から退く。途端2人に突っ込み、次々に切りつける。喉を切り裂かれ1人が倒れ、顔を切り付けられたもう1人が悶絶する。
これで全員か。
いや、待て。
1人、あのリーダー格の奴、どこに行った?
「おい、フユの所に案内しろ」
頬に飛んだ血を拭いながら、レオが言う。案内と言われても場所は知らないんだよな。気絶している間に移動したから。
でも、あのドアかな?
暗がりにある取っ手が少し光っている。そっちに歩き、がりがり戸をひっかくと、レオが開けてくれた。
また広がる階段。
「この下か?」
確証はないけど、とりあえず頷く。またレオが飛ぶように降り始める。
あと1人、どこにいったんだろう。でも行く場所って、フユがいたところくらいしかないよな?
薄暗い殺風景な室内。
下に降りた場所が、さっきフユと僕がいた場所だったようで。
しかしそこでフユは座っておらず、宙に浮いた水の球の中に閉じ込められていた。あの白い布を纏ったまま、小さく縮こまっている。
「フユ!」
レオが鋭い声を出す。しかしフユは目を閉じたままだった。フユは人魚だから水の中にいるのは大丈夫だと思うけど、気絶しているのがちょっと心配だ。
――と。
「ヴァダー・アヴァール」
指を鳴らす音と共に、ずわっと立っている真下から水が溢れる。思わず毛が逆立つ。やばっと逃げようとした時にはもう、水が頭上まで僕を覆っていた。
身体がぞわぞわする。なんでだろう、あ、猫だから? 猫って水が嫌いだから、か。
かぽっと、空気が口から漏れる。
い、息が。
空気が漏れ、はっと気が付く。
そうだ、僕はまだしも、レオなんて。肌が黒いからきっとメラン族、つまり水が苦手だ。こんな球、すぐに気を失ってしまうんじゃ。
横を向く。レオが水球の中で、脱力したように頭が垂れていた。
暗がりから男が出てくる。僕らを見て笑い声をあげる。
「帰ってこなければ良かったものの。気を失ったら出してやる。殺すのは止めだ。猫人間のお前も、肉は不味いだろうがイグニカロルのそいつも、食ってやるよ」
レオ、と言おうとしても、口から空気が漏れるだけだ。前足を動かそうとしても力が入らない。
まずいよ、このままじゃ。
そもそも、僕が売ったからだ。僕のせいだ。
どうすればいいんだろう、どうすれば……。
頭いいんだろ、僕。なんでこういう時に限って解決方法が出ないんだよ。馬鹿じゃないか、どうにか、なんで。
思考がおぼろげになり始める。水に対して身体が震えてしょうがない。くそ、どうすれば……。
もう、ダメか。
全員で、死ぬのか。
……。
あーあ……。
「水なんかが」
ぱっと目が冴える。隣を向くと、
レオが右手のナイフで、水の球を切り裂くところだった。
「水なんかが、どうして邪魔できると思ったんだ?」
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