第5話
レオは袋の中身を飲み干し、道端に袋を捨てる。ぐいっと口を拭い、ポケットから取り出した札を男に渡した。
「これでいいだろ。去れ」
「おお、金だ、金だ……!」
歓喜している男をよそに、フユがレオに近寄る。まずは頭をはたいた。
「痛いな」
「軽く毒を飲まない!」
「これくらい大丈夫だ」
「本当に薬物だったら、ね」
フユが怒っているが、怒っている理由はクスリを飲んだからではないらしい。これくらい大丈夫だ? まさかレオ、過去にクスリやってたのだろうか……。
怪しげな想像をよそに、フユが足早にこちらに戻ってくる。
「長居は駄目。早く行こう」
「あ、ああ」
去ろうとするも、また男が喚いた。
「なあ、もう1個! もう1個買ってくれよ! なあ、そこの女!」
「行くよ、カプリス君。無視」
「あ、はい」
思わず敬語になってしまった。というかやっぱりフユって、女性に見えるよね? 一人称で迷ってたけど、女性か。
「なあなあ、クスリ飲めばどんな男ともトリップ出来るぜ、そこの奴とも!」
男がすごいことを喚き始めた。耳障りだ、顔をしかめながら無視する。なーにがトリップだ。
「それかあれか? このクスリ飲んだ奴とお前恋人か? じゃあ互いにトリップしてセ」
「ガタガタうっせえぞこの野郎!!」
無視無視、というフユの後に付いて行っていたら、レオの怒鳴り声が聞こえた。流石に驚いて振り向くと、
レオが宙で足を蹴りだし、男を川に落とす瞬間だった。
え、
どぱーん!!
あ、落ちた。
「レオ……」
隣でフユが頭を抱えている。一度ため息をついて、フユはまたレオの傍へ戻った。
「落とすことないでしょ……」
「……腹が立った」
「僕も腹は立ったけどね……」
川の水面は透明とは言い難い。でもまあ、あのおっさん、何日も風呂に入ってなかったんだろうし、ちょうどいいんじゃないか。心の洗濯もしてほしい。
「仕事の時間は?」
「そろそろまずいな。向かう」
「じゃあ、今度こそここで」
ウィアートラ中心部のスガル川は、このままイグニカロルの方まで続く大きい川なんだよな。じゃあこれを下れば、国境をまたげるのか……。
……。
「よし、カプリス君、ジャムを手に入れて帰ろう。川見て、どうしたの?」
「……あの落ちた男、浮かんでこないなあって……」
だいぶ時間は経ったのに、一向に浮かんでくる気配が無い。泳いでどこか別の場所に行ったのか? いやでも……。
そういえば、あいつの肌、黒かったな……。
「ねえ、フユ。さっきの人、イグニカロル国の人じゃない?」
「え、ああ。肌は黒かった……あ」
「だったら、泳げないよね」
イグニカロルの人間の大半を占める、メラン族。肌が黒いことが見た目の特徴だが、もう2つ、特徴がある。
ひとつは、火に強いこと。皮膚が頑丈なのかなんだか、詳しいことまで覚えていないけれど、彼らは火をくぐれるくらいには火に強い。中には炎の中で3分くらい無傷でいれる人間もいるらしい。
そしてもうひとつは、全く泳げないこと。水への拒否反応を持つ人も多く、川や海へ入った瞬間、身体が硬直する例もあるらしい。
もしそれだったら、あの人。
思わず青ざめるのと同時に、フユが持っていた荷物を地面に落とす。軽い屈伸をしだすから何をするのかと思えば、そのまま川に飛び込んだ。
「ちょ、ちょっと、フユ!」
「おい、フユ!」
レオが焦って川を覗きこむ。
「レオ、仕事は?」
「そんな場合じゃないだろ!」
いや、その通りなんだけど、思わず。
しばらくさざ波立つ水面を見ていれば、ぷはっとフユが浮かんできた。小脇に男を抱えている。
って、あ。
フユの髪。染料が取れたのか、
真っ白だ。
やっぱりフユは、やっぱり、やっぱり……!
僕は固まったまま動けないが、レオがだっと走り寄り、まず男を抱えて地面に放り投げる(べしゃっと情けない音がした)。その後フユを抱えて、丁寧に地面に落とす(音などしなかった)。地面に転がっていたフユの帽子をひっつかみ、すぐさまフユにかぶせた。
「な、なに?」
「髪色」
「ああ……」
「というか、いきなり飛び込むな」
「死ぬのはまずいからさ」
「本当にやめろ。なにかあったら……」
「何かあっても大抵平気だよ」
「俺が平気じゃない」
「平気になって」
「無理を言うな……」
はあ、とレオが大きいため息をついて座り込む。ようやく僕もそばに近寄った。
「フユ、大丈夫?」
「大丈夫。あとその男も。咳してるから大丈夫だね」
帽子から零れる髪は、太陽の光を受けて銀色に輝いている。「人魚」って、こんなに綺麗な髪を持っているんだ。すごい。染めるのがなんてもったいない髪。
けれど染めないと、こうやってばれてしまうもんなぁ。
「フユって、髪、染めてたんだね」
「ああ、うん。染料が弱いのか、すごい落ちやすいんだよね。毎日染めてるよ」
「へえ、なんで?」
「あんまり好きな色じゃないから。老人みたいでしょ?」
にこっと笑うフユに、僕も笑う。
「いいや、素敵な色。ずっと見ていたいくらいだ」
「口説くな」
「いって」
レオに足を殴られたから、フユの前から退散する。
でも、そうか。
フユは「人魚」だ。ほぼ確定でいいだろう。違いない。
あとはどう連れ出すから。
あの墓場まで、どうやって……。
あと4日。
時間が無い。
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