第4話
フユたちの部屋に来て3日目。僕が死ぬまであと4日。
昨日1日で分かったけれど、フユとレオは基本別行動のようだ。フユはこの部屋(最初に僕が寝ていた場所。応接間だった)で治療をするけれど、レオはそれの手伝いはせず日雇いの仕事をしているらしい。昨日なんかは朝早くから出掛けて、帰ってくるのも遅かった。それで今も応接間で爆睡してる。自分の部屋に行けよな……。
「カプリス君、何食べる? 今在庫が全然なくてね。聞いたところでパンくらいしかないんだけどさ。卵のっける?」
「あ、じゃあパンで」
「はーい。じゃあこれ持ってって」
応接間のドアの向こうからフユの声が響く。応接間から他の部屋につながるドアを開けると、一番近くにキッチンがある。覗くとフユが2皿僕に差し出していた。
「はい、君とレオのね」
「フユさんは?」
「もう慣れてきたでしょ? フユでいいよー。僕はお腹空いてないからいいや」
「わざわざ準備すみません」
頭を下げながら皿を受け取る。フユは笑いながら部屋に戻る僕に続いた。
「敬語もいらないって。お腹空いたら勝手にここにあるもの食べていいからね。なにか買ってこれるようお金も渡しとこうか」
「いやいやそこまでは! 僕、居候です、いや、居候だから!」
「でも仕事の手伝いしてくれてるし」
「手伝いって、あれだけだよ!?」
僕が言われたことは「この人の服、脱がせて」とか「この人のカバン持ってて」とかくらいだ。僕がいるからわざわざすることを作ってくれているとしか思えない。
こっちはフユが本当に「人魚」なのか、そればかり考えているのに……。
「それだけでも助かるんだよ」と言うフユに頷きながら、そっと見る。髪は昨日と同じ黒色だ。これだけ目が青いんだったら、絶対髪も白いはずなんだけどな。どうにかして染めていないところを見れないものか。
机に皿を置き、レオが寝ているソファの反対側に座る。フユは座らずレオの隣に行き、肩を揺さぶった。
「レオ、パンあるけど。朝だよ」
フユが触れてる時に飛び起きたから、声を掛けている間には完全にレオが目を開いていた。フユを見つめ、僕を見て、頭を掻きながら座り直した。
意外なことに、レオは寝起きがいい。いいというか、起きた瞬間は誰それ構わず殴りそうな印象なんだけどさ。
机の上に皿が2皿だと分かり、レオがまず僕を見る。いや、1皿いただきますけど。
皿を引き寄せるよ、レオはフユを睨んだ。
「お前は、メシ」
「お腹空いてないから、いいや」
にこやかに笑うフユに、レオは引き下がらない。
「昨日は何か食べたか」
「夜ちゃんと食べたって」
「朝も食え」
レオが皿を自分の前から退かす。ふらりと立ち上がり、キッチンに向かうようだ。
「僕はいいって、ねえ、レオ」
「何度も言わすな、食べろ」
ええー、と不満声をあげるフユだけど、レオは振り向かない。諦めてため息をついたフユは僕の向かいに座った。
「じゃあ、食べようかな」
「まだパンってある?」
「3人分くらいはあるよ、大丈夫」
いただきます、とパンにかぶりつくと、仄かにバターが塗ってあるようだ。美味しい。気持ち湿気ってるけど。
キッチンからレオが戻ってくる。皿に乗ってるのはパンと、白くて丸い……卵か。
「その卵、危険かも」
「どれくらい?」
「放置2日だったかな」
「じゃあまだいける」
どかりと座り、レオがむしるようにパンを食べる。豪快だな。
「食べ物切れかかってるけど、どうする」
「今日調達するつもり。そうだ、カプリス君も市場行く? 午後から行こうよ」
「ぜひ! 僕、この辺知らなくて」
「じゃあこれを機に案内するね。レオは?」
「俺は午後から仕事だ。ちょうど川の近くの仕事場だから、途中まで一緒に行く」
「じゃあ今日は半日の仕事なんだ」
「船の上の物運びだとよ」
「見るからに筋肉バカだから重宝されそうだな」
「俺にはいつ敬語やめていいって言った? ガキ」
「はん、フユに敬語使わなかったらお前に使うわけないだろ」
「うん。別にレオに敬語、いらないと思うよ」
「おい、フユ!」
「ほら、タメ口でいいって!」
「調子乗るんじゃねえぞ……」
にしし、と笑顔を浮かべれば、レオが呆れてそっぽを向く。
唐突に、楽しいなあ、と思った。
僕もこうやって会話しても、誰にも文句の言われない世界があったんだ。
楽しいなあ、ずっとここにいたいなぁ。
ずきんと、首が痛む。一瞬、眩暈が襲う。
そうだ、僕はあと4日で死ぬ。だからそれまでに、フユをあの場所へ連れていかないと。仲よしこよしなんてやってる暇じゃない。そうだ、仲良くしちゃいけないんだから。
口にパンを押し込み、飲み込んで深呼吸をする。楽しんじゃいけない。どうせ4日以内に終わる事なんだから。どうせ……。
楽しむな。自分に何度も言い聞かせながら、レオをからかってフユと和やかに喋った。
人が、多い。
市場に来て一番の感想はこれだ。
ウィアートラ国は、確かに人口の多い雑多な街だ。そんな街の昼市場。混雑するとは予想していたけれど、
歩くことすら流れに任せないといけないとは……。
「いつもこんなに多いの?」
ため息をつきながら聞くと、フユが苦笑いした。
「多いよね、人。うん、今日は天気も良いから多めかな。ね」
「……ガキは体力ねえな」
「疲れたなんて言ってないだろ」
実際疲れたけれど。人が多いと誰かが僕を攫いにくるんじゃないかと思って、落ち着かない。
「パン屋だ。行こう」
フユの号令に沿って3人で動く。レオははぐれてもまだどうにでもなるだろうけど、僕は未だこの辺の地形に自信が無い。フユから離れたら4日間で飢え死にだ。
店屋の主人に大声で言いながら、フユがパンを1斤買っている。主人が投げたパンをレオが空中で掴んだ。
「ありがと!」
「はいまいど」
また列から離れ、少し歩く。レオがじーっとパンを見てるから、僕はからかうように言った。
「食うなよ」
「食うかよ」
レオがフユにパンを渡す。フユがくすくす笑って、思い出すように空を見上げた。
「レオ、この前買った魚そのまま食べて、腹壊してたもんね。やめた方がいいって言ったのに」
「それは忘れろって言ったろ……」
「うわ、馬鹿」
「お前には言われたかねえよ!」
叩いてくるレオの手を避ける。ん、避ける?
気付けば周りの人が減っている。まばらにはいるけれど、どうやら市場の端の方に来たようだ。
「ここまで来てあと何買うつもりだ」
「あとねー、ジャム探してたんだけど、店が見つからない」
「ジャムなら、確かもっと前にあったよ?」
「そうなの? カプリス君に買う物伝えておけばよかった。そういえばレオ、仕事は?」
「この先だ」
そうか、とフユが方向転換をする。
「じゃあここで別れるか。カプリス君、悪いけど戻ろう」
「りょーかい」
そこで別れようとした時だった。
「なあ……」
後ろから、しゃがれた声が響く。驚いて振り返ると、褐色の肌の男がいた。目が酒を飲んだようにすわっていて、半開きの口から見える歯が何か所も欠けている。見るからに不潔そうな奴だった。
「おい、お前ら、これ買わねえか?」
そいつが差し出したのは、小さい茶封筒。何かと思って手を差しだそうとしたら、レオが僕の手をはたいた。
「やめとけ。クスリだ」
にやにやと男が笑う。クスリ。麻薬か。慌てて手をひっこめる。
ウェードウェザー国にいた時、「クスリ」なんて言葉は無縁だったが、そういえばこの国の南の方は治安が悪いんだっけ。違法薬物も売買されていると聞く。
でも、ここ中心部だぞ? こんなところで売ってるのか?
レオが行け、と顎で指し示す。しかし男が引き留める。
「ほらぁ、美味しいんだよ。すっごくね。天にも昇るような心地さ」
「そりゃクスリですからね」
思わず答えるとレオに睨まれた。
「おい、ノるな」
「そうなんだよ、ボウヤ。分かるかい? ボウヤは飲んだことねえだろ。極上の食べ物さ。あそこにも蝶が見える」
「さっさと2人は帰れ」
行こう、とフユに手を引かれる。だから男に背を向けると、がしっと裾を掴まれた。
「なあ、お願いだよお。買ってくれよお」
「離してくださいって!」
「売らないとやべえんだよ、なあ」
「やめてください」
男の手を握ると、べったりと脂がついて思わず離す。何日風呂に入ってないんだ。
男が離さない。僕の口元に袋を押し付ける。
「おら、おら、おら!」
「うるせえな、これで満足か」
閉口していると、レオの手が後ろから伸び、袋を取る。袋を乱暴に開けて――ざらざらと口に流し込んだ!
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