第2話

「僕は『人魚』の居場所を知っているぞ。食っていいのか?」


 男たちがどよめく。僕はお得意の人を食ったような笑みを浮かべているが、内心は汗だらだらだ。

 「人魚」の居場所なんて、知らないのだから。

 「人魚」と言うのはウィアートラ国より北に位置するウェードウェザー国(ちなみに僕の通っていた大学はここにあった)の先住民を差し、本当の名称は違うが一般的には「人魚」と言われている。今では血が薄れている者が大半だが、濃い者は透き通るように白い肌や、真っ白な髪、青い瞳を持っているらしい。僕もデータでしか見たことがなく、ウェードウェザーにいた頃も実際に出会ったことはないから、非常に数は少ないのだろう。ウェードウェザーの王家は「人魚」の血筋が濃いらしいが。

 そしてこの先住民、「人魚」と言うように肉は美味、血は老化防止の効果を持つという。本当かどうか知らないけど、文献にはそう書いてあった。嘘かもしれないだって? けどどうせ「猫人間は珍味」というのも変な本に書いてあっただけなんだ。こいつらが食を目的に僕を捕まえたなら、きっと「人魚」も美味なんだろう。

 さあ、食いつくか。

 僕の発言に、周囲は騒めいたままだ。

「なんと、『人魚』……」

「私も血が薄い者を一度しか食べたことはありません。あれは美味でした」

「しかしこの者の言葉は本当であるか?」

僕に疑惑の目が向く。先ほどから僕に話している男が問いかけてきた。

「その居場所をここで言うことは出来ないのか?」

「この街は増築の嵐で迷路のように入り組んでいるのに、口頭で伝えきれると思いますか? きっとあなた達には探し出せないでしょう」

これは本当の事だ。ウィアートラ国は周辺国の中で一番雑多であり、建築物にも統一性が無い。番地は大雑把なものしか存在せず、地域に慣れている郵便屋ですら道に迷うのだ。口頭で教えられるはずがない。

 確かに、と周りの奴らが頷く。

「それならば、一度この者を開放するという手も」

「もしも『人魚』がハッタリであったら? 我々はひとつの珍味を逃がすこととなる」

儀式と言いながら食に興味が向いてんじゃねえか、クソが。儀式なんて建前にすぎねえんだろ、どうせ。

 怒鳴り散らしたいのを堪えて笑みを崩さない。さあ、僕から本当か嘘かは読み取れないだろ。じゃあどうする? 解放するしかない。後は逃げきってみせる。どうせなら思いっきり南下して、この星の裏側に回ってやろう。

 よし、と男が頷く。僕に近づいてくるので縄を解くのかと思ったら、いきなり頭を鷲掴みにされ、床に叩きつけられた。

「がっ……!」

一瞬頭が真っ白になり、鋭い痛みが額を襲う。あ、耳、出るな、絶対ここで出るな、出るなよ。

 自分の身体の変化ばかりに気を使ったせいで、次に何が起こるかなんて予想も出来ず。

 首筋にじくりと刺激が走った。

「いっ……」

「暴れるなよ、針が折れる」

針? 針だって?

 こいつ、僕に何を刺している?

 首筋に痺れるような違和感が走る。なんだこれ、明らかに何か注入されてる。直前まで話してた内容はなんだ? 僕を逃がすか否だ。

 まさか毒。

 思わず青ざめるのと同時に男が針を抜く。慌てて態勢を起こすと、少し眩暈がした。

「何をした」

「勘が良い奴がわざわざ聞くのか?」

その答えで確信を得て、思わず舌打ちをする。

「毒入れやがったな」

「それも長期的な毒だ。一週間後、生死に関わる効き目が現れる。そして解毒剤はこれだ」

男がポケットから小さい瓶を取り出した。立ち上がろうとすると、他の奴らが肩を押さえてくる。

 クッソが……。

 睨みつける僕をきっと仮面の奥で笑ってるんだろう。男の声は嘲ったものだった。

「一週間あれば連れてこれるだろ? ここは中心部から少し外れた、東の墓地地下だ」

両脇に他の奴らが立って、引っ張られる。無理やり立たされ、端にあった階段に連れてかれる。

「人魚の美味、楽しみにしているぞ」

「このイカレた食人どもが」

早く去れと言わんばかりに引っ張られるので、それだけ言って階段を上った。



 これからどうすればいいんだ。

 手首の縄を解かれた後、地下への道はすぐに閉められ戻ることは不可能だった。地上にあがったらそこは墓地で、周囲に誰もいない。

 首筋に手をやると、少し血が付いた。刺した穴から少々血が漏れてるらしい。止血止めくらいしろよな。

 そこに手を当てたまま、取り敢えず西に向かって歩き始める。寂れた墓地(この国は死者を労わる風習がほぼ無い。埋めたら終わりだ)を出ると、林の中一本道が続いている。

 この墓地はどこのだろう? でもだいぶ寂れているし、多分中心から少し外れた東の地区だ。歩けば中心部に辿り着くだろう。そこまでは行こう。それから、考えよう。

 少しふらふらしながら、僕は歩き続けた。


 と思ったが、今日はとことんツイていないらしい。ツイてないっていうか、食われそうになったことはそれを超えてるけど。

 川沿いにそって中心部に向かっていると、ぽつりぽつりと家が見え始めた。そこで僕はきょろきょろ辺りを見渡してしまったんだ。

 止めておけばよかった。おかげで絡まれた。

 レンガが今にも崩れそうなボロ屋の前で座り込んでいた二人組と、ちらりと目が合う。ふいっとそっぽを向くと「おい」と声を掛けられた。

 今、そっぽ向いたんだけど。なんで声掛けてくんだよ。

 無視をすると後ろから駆け足で地面を踏む音が聞こえ、襟首を引っ張られた。

「おい無視すんな」

「僕、そっぽ向いたよね? 初対面で声掛けるって何様だよテメェ」

だから襟首伸びるっつってんだろ。手を払いのける。どうせ血で汚れてるから捨てないといけないんだけどさ。

 僕の剣幕に相手は多少ひるんだようだったけれど、2人だからだろう。睨みつけてきた。

「おい、金出せ」

「何か迷惑かけたかな? 何もしてないよね」

「いいから」

「いいからじゃねえよ、こっちだって路頭に迷ってんだ」

「ロトウ?」

「無知が。金は持ってねえってことだよ」

吐き捨てると、「無知」は分かったのか真っ赤になったそいつが殴りかかってくる。避けて思いっきり腹を殴ると、ぐふっと相手はよろけた。

 もう1人が「テメッ」と声を上げる。上げたらどうする? 殴りかかってくるよね。

 今日は神が天にいない日か? 厄介事ばかり降りかかる。きっと今日は外に出てはいけない日だったのだろう。しかし家が無い僕には無理な話だ。じゃあこういう運命だったってか?

 ざけんなよ、全てにファック、唾を吐き捨てたい。

 殴ってくる奴を避けようとかがんだ瞬間、眩暈が襲ってきてそのまま地面に倒れ込んだ。埃だろうか、思いっきり何かを吸い込み呼吸が出来なくなる。

 ラッキーと思ったんだろう2人は(殴られてた1人は立ち上がっていた)僕の両サイドに立ち、蹴り上げてくる。呼吸が出来ないことと貧血で目の前が真っ暗なこととで、それすら避けられない。どうにか息を吐き出す。けれど吸えない。変なところに異物が入ったんだろう、まずい、と思うけれど呼吸が出来ない。

 ともかく身を丸める。それでも蹴ってくる2人。痛すぎる。明日は身体が痣だらけだ。

 早く興味失って帰ってくれよ、本当に何も持ってないんだって……。

 ようやく呼吸も落ち着いたけれど、まだ視界が治らない。早く、立ち上がらないと、それかこいつらが去ってくれないと。


 ――と。

 突然、右にいた奴が吹っ飛んだ。

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