04 倉本の死の真相

 

 二七日(になのか)の法要は滞りなく行われた。

 初七日(しょなのか)ではもてなしがあったが、遺族側もいちいち出してもいられない。30分ほどの読経だけで住職(じゅうしょく)はお布施をもらって帰っていった。ちなみに二七日の次は三七日だが、初七日が終われば四十九日(しじゅうくにち)までは省略してもいいとされている。ただ、ちゃんと弔(とむら)いたいのであれば、やらないことに越したことはないらしい。

 佐渡は心配そうに見つめてくる由加里に声をかけて先に返すと、仲とともに呼んだタクシーに乗り込んだ。目的地は新後駅近くの定食屋である。

 その車中、仲は法要が終わって倉本の奥さんと少し話をした。改めて死因を聞くのは気が引けるが、倉本の伝記を書きたいと嘘をつき、どうにかこうにか聞き出したのだった。

 倉本の奥さんの話によれば、この世界の倉本が死んだ原因は事故死だった。事故死といえども倉本は完全な被害者である。事故内容はこうだ。

 ――その日の倉本は車検で自家用車がなかった。車を預かった車屋が代車を用意し

てくれたのだが嫌がり、バス通勤していた。事故が起こったのは監督をしていた新後アイリスの練習が終わった帰りである。赤山駅前のバス停で降りて横断歩道を渡っている最中に、信号を無視した乗用車にはねられた。全身を強く打ち、搬送先に病院で死亡が確認された――というものだった。


「そんなの……なしだわ……!」


 持っていたバッグを足元に叩きつけた。運転手の驚く顔がルームミラーに映し出される。


「すみません、なんでもないです」


 ルームミラーに向かって仲が代わりに謝った。


「気持ちはわかっけど、場所を考えてくれよ」


 仲の諌(いさ)めなど聞こえるはずもない。佐渡は体を小刻みに震わせ、やりきれない感情を必死に抑えつけているようであった。


「……すまねえ」


 仲は視線を正面に向ける。新後駅周辺の再開発されきれてない雑多な風景を、定食屋に着くまで見るともなく眺めていた。




 仲はサバの味噌煮定食をモリモリと食べている。対する佐渡は焼き魚定食を頼んだものの、まったくといってもいいほど食べ物が喉を通らない。焼き魚を食べやすいように身をほぐしているだけだ。


「どうした、腹減らねぇんか?」

「だって、この世界にも倉本監督がいないんだもの……」


 やるせない感情は多少収束したものの不安と悲しみが胃袋を圧迫し、佐渡から覇気を奪っていく。食欲をため息とともに吐き出す。


「アンタはいいわよね。すぐに前を向けて」


 仲は心外だとでも言いたげに、少しムッとした顔で箸を止めた。


「あのな、確かに俺も悲しいよ。それに、お前が俺より何十倍悲しいのはわかってるつもりだ。でもな、食べなきゃ死ぬんだぞ。監督も言ってたじゃないか。『食べることは体を作り、心身を整えるうえでの基本である』ってさ。せめてメシだけでも猫まんまにして食べたほうがいいって」

「ごめん……それもそうね」


 佐渡は力なくうなずき、ごはんをみそ汁の中に投入した。茶碗を持って箸をこれまたノロノロと動かす。汁物ならなんとか食べられそうだった。


「いいか? 俺らが別の世界の過去の他人の体で生きてるってことは、なんらかの意味があるんだ。倉本監督の死だって意味がある。世の中に意味がないなんてことはない。別の形での命だけど粗末にすりゃ、あの世で倉本監督に逢えねェかもしんねんだぞ」

「確かにそういう可能性もあるかもしれない……」

「だろ? 神様って奴は俺たちの行いを見てないようでキチッと見てんだよ。無様に生きた人間に、モノを言う資格も願いを叶えてやる義理なんかねェんだ。もし、俺らが神様ならそうするだろ? だっけ(だから)おまえは、この世界でどう生きるか真剣に考える必要があるんだ。いい加減に生きるのはやめようぜ」


 佐渡の表情に変化はない。返事もしない。視線は仲に固定されているものの、箸は別の意思を持っているかのように動かし続け、話している間に柴漬けと浅漬けを食べ終えた。

 仲は構わず話し続けた。


「それで……お前はどうする? 俺はこの世界での自分のなすべきことがわからない。どうやら、先週までは新後アイリスに所属していたらしい。今はフリーの立場だ。とりあえず、ポケットを探ってたら名刺があったんだ。この会社に行ってみようと思う」


 仲は名刺をテーブルの上に滑らせる。会社の名前は鎌倉(かまくら)造船と横に印字されてあった。その下に仲の名前と役職が続く。


「へえ、ここの会社の野球部部長かー、すごいわねぇ。でも、こんな会社あったっけ?」

「バカ。いい歳なんだからそれぐらい知っとけ。コンテナ船、セメント船、ケミカルタンカー、客船……とにかく船という船を製造している会社だ」


 鎌倉造船は創部年が1960年。激戦地区の神奈川県にある会社で、都市対抗12回出場、社会人野球日本選手権大会では6回もの出場を果たす強豪中の強豪チームである。80年代からは前者で2回優勝、後者では1回優勝している。1993年まではノリに乗っていた時代だった。


「新後から出るの?」


 佐渡は不安を露わにしながら聞いた。


「ここに行けば何かわかるかもしれない。佐渡、俺は関東に行くぞ」

「ひとりで行くの?」


 仲は毅然(きぜん)とした表情でうなずく。元の世界ではコーチや部長に監督など一通りのことはこなしてきた。この世界で、培(つちか)ってきた経験がどこかで活(い)かせるのかもしれない。


「そこで俺がすべきことがあるはずなんだ。この会社に行けば、元の世界に帰れる手がかりが少しでもわかるのかもしれない」

「……アンタは元の世界に帰りたいもんね」

「もちろんだ。俺には帰りたいし、帰らなくてはならない世界がある。何よりも家族が心配だ。それと――」


 仲が顔をずいっと寄せ、声を落とす。


「ほかに俺たちみたいにタイムスリップした人間がいてもおかしくないはずだ。そいつらは何をしでかすかわからない。だから、お前も気をつけろよ」

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