第2話 はじめまして
「初めまして、月城楓くん。貴方と中学校の三年間一緒のクラスだった、
これから約1ヶ月、私の恋人になって下さい」
一学期の最終日、つまり明日から夏休みになる日で閑散としている図書室で彼女、七草は笑顔で言い放った
ちなみに、この空間には僕と彼女だけしかいない。
まあ、夏休みの0日目ともいえる日に図書室に行くなんて僕のようなかなりの活字中毒くらいだろう。これは大人になっても変わらない気がする
「えっと………え?」
思わず聞き返してしまう
当たり前だ
初対面の女子に期間限定で恋人になってくれなどと言われたのだから
しかも中学校でずっと一緒のクラスだったと言っているが僕はこんな子見たこともない
顔は…一応整っている。小顔で目は大きく、どこか小動物のような感じだが、少し色素の薄い目や髪が不思議な雰囲気を醸し出している
こんな子に告白(?)されたら普通は舞い上がってしまう
あの言葉さえ無ければ、だが
「ちなみに、今年も同じクラスのようですよ。3ヶ月程遅いですが、よろしくお願いしますね」
僕がずっと黙っていると、彼女は何を思ったのか急に挨拶をしてぺこりとお辞儀をしてきた
違う、僕が聞きたいのはそんな事じゃない
「あー…七草さん、かな?」
「はい、そうですが?」
何か質問でもあるんですか?とでも言うようにきょとんと首を傾げる
…無性に腹の立つ顔だ
勿論、聞きたいことだらけだがまず聞くべきは先程の発言についてだろう
「とりあえず、僕はこの3年間…と3ヶ月、君の事を全く知らない。」
「でしょうね。ですが、私はあなたを知っています。」
ストーカー⁉︎
「そ、それと、1ヶ月っていうのは何故?期間限定の恋人なんて変だろ?」
「おや、意外と乗り気ですね?」
断じて違う!!!
もしかしたらこの子は誰かに付きまとわれてて、彼氏役を欲しがっているいるのかもしれない…なんて想像を膨らませてみたが、やはり期間を設けているのは変だ。
不満そうな僕の顔を見たからか、彼女はゆっくりと口を開いた
やっとさっきの質問に答えて…
「ふむ…まずはやはりお互いを知るべきですよね!じゃあ、私と会うたびに一日一回質問を許しちゃいます」
「なんで⁉︎」
さぁ、どうぞ!とばかりに胸を張っているが、忘れてはいないだろうか
僕と彼女は、初対面である
「…とにかく、僕はよく知らない子と付き合う気はないよ」
きっぱりと断った後、僕は大きな音を立てて椅子を引き立ち上がる
読んでいた本を元あった場所へ戻し、黙って俯いている彼女の横を通り過ぎて出入り口に向かった
そして僕がドアに手をかけた時、腕をがっしりと力強く掴まれた
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ!私みたいな美少女が泣きそうになって俯いているんですよ?そこは慰めて肯定の意を示すのがセオリーでしょう!」
「そんなセオリーは知らない!」
思わず振り返って言い返してしまった僕の目に映ったのは、絶対に逃がさないと狩人のような目でこちらを見る彼女の姿。勿論、目は潤んでいない。何が泣きそうになっている美少女だ、精々唸っている野良猫じゃないか
もう少し演技を勉強してこい、と白い眼を向けると、我に帰ったのかわざとらしい咳払いをして腕を掴んでいた手を離し、やれやれというふうに溜息をついた
「まったくしょうがありませんねぇ…。
一つだけ、サービスで教えてあげます」
いえ、結構です
咄嗟に心の中でそう呟く。…がしかし、彼女の奇行の理由は気になっていた所だ。教えてもらえるのなら教えてもらおう
そう思って仕方なく彼女の方に向き直ると、今までふざけていたような彼女が、鋭い目で真っ直ぐに僕を射抜いていて、気圧されてしまった
力強い目なのに、今にも消えてしまいそうな、そんな儚さを醸し出す
そして彼女の口がゆっくりと開かれる
「私が1ヶ月と言ったのはーー
…あーえっと、そう!引っ越すんです!
夏休みが終わったら!だからその…此処で最後の思い出を作ろうかなーって…」
「…今考えたんだろ?」
「い、いえ!そんな事あるわけありません!それに、夏休みが終わったらいなくなるのは本当なんですよ!」
「…そんな事を信じろと?」
「そんな事⁉︎今そんな事って言いました⁉︎」
そろそろ本気で怒りますよ!と態とらしく頰を膨らませているが全然怖くない
「くっ…かくなる上は…!
四六時中あなたを尾行してあなたの弱点を見つけて全世界に向けて発信しますよ!」
「それは犯罪って言うんだよ…」
思わずふぅーっと空を仰ぐ
爛々と輝いている目はそう言ったところで止まらないだろう。これで止まるくらいならこれほど苦労していない
流石にずっと付きまとわれるのは気持ち悪いし…しょうがないか
「…1ヶ月だ。その間なら、予定もないし別に構わないよ」
「了解しました!じゃあ明日からよろしくお願いしますね、楓くん!
あ、私の事は雪でいいですよ?」
「………………」
僕が了承した途端に彼女は満面の笑みを浮かべ、両手を上げて全身で喜びを表している。なんて分かりやすい子なんだ
まぁ実際、僕の夏休みなんて課題と図書室通いで毎年過ぎ去っているからな
「うん、まぁ…よろしく、七草さん」
しかしなんだかこんな子にいいように言い絡められた気がして思わず言い淀んでしまう
僕が頷くと彼女は満面の笑みで僕の名前を呼んだ。いきなり名前呼びになったのは恋人という設定故だろう
僕が態と苗字で彼女を呼んだのはちょっとした反撃だが、それでさえ嬉しそうに頬を緩めている
こうして、僕達の奇妙な夏休みが幕を開けた
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