あの夏に咲いた花は

折本りあん

第1話 悲しいはずの夢






『運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ。』

(シェイクスピア)














大学4年生の初夏、面接を受けるために地方の小さな警備会社に来ていた月城楓つきしろかえでは目の前の面接官の顔をぼんやりと見つめた


眼鏡をかけた神経質そうな面接官はもう既に何人かの面接を終えているのだろう。自分と話しながらも今にも欠伸しそうなくらいつまらなさそうにしている


この人の記憶に、自分はどれだけ残るのだろうか


そんな事を想像してしまうのが僕の悪い癖だ。いつからだったかは覚えていない


ただ、恐らく高校生くらいじゃないかとは思う。こんな哲学のような事を考える小学生や中学生はあまりいないはずだ


いつも通り想像しながらも体は勝手に動き、口角を上げて丁寧な受け答えをする


胡散臭い笑みだと言われるのはもう慣れたものだ


丁寧にお辞儀をし、「ありがとうございました」と言って面接を終えた





会社を出ると僕はまっすぐ我が家へと向かった。徒歩10分くらいの所にある安いマンションだ


ガチャリとドアを開けて中へ入る。一応「ただいま」と声をかけるが、誰もいない部屋から返事が返ってくるはずもない


部屋は殺風景で、キッチンやトイレの他には机と椅子とベッド、あと大量の本を入れるための本棚くらいしかない


少し前まで姉と二人暮らしをしていたが、今は結婚して遠くで元気に暮らしている


僕はドサリと椅子に腰掛けるとテーブルの上に置いた白い花を眺めた


とは言っても、栽培しているものだからか、自生しているものよりも開花が遅く、まだ花は咲いていない


この花はいつも自分の家にある


昔自分の家にあったのを何故かかなり気に入り、それ以来ずっと栽培しているのだ


最初は失敗ばかりで上手く咲かせることができず、むしろ枯れさせてばかりだったのだが、今は毎年綺麗な花を咲かせている


その白花を目の端に捉えつつ、僕は机の上に置いていた読みかけの小説を開いた





いつのまにか眠ってしまっていたようだった


蛍光灯の眩しさを堪えて目を開けると足元に読んでいた本が落ちている


首を捻って壁にかかっている時計を見ると針は既に午前2時を指していた


慌てて軽く皺になっているスーツをハンガーに掛け、遅すぎる夜食をとる


ふと頰に触れると、手に水滴が触れた


…僕は、またあの夢を見ていたらしい


内容は毎回覚えていないが、起きたら偶に頰が濡れてたりする、そんな夢




それは、きっと、悲しい夢なのだろう

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