第3話 おそと
すずです。
口は食べるためだけにあるようなお父ちゃん。
この日はお父ちゃんは剣友会の忘年会。
普段ならテンション高くて良くしゃべるお父ちゃんになって帰ってくるんですが、
すずみたいに無口でした。何があったんやろうね。
そんな事どうでもいいけど、
すずは今、おうちの中を走り回っています。この世はすずのモノ。すず中心に世界は回っています。
ご飯は朝昼晩ちゃんと出ます。お昼はお母ちゃんとテレビを見ながらお昼寝です。「あんた幸せもんねぇ」って言われそうなんですけど、他の子らどうしてるんやろねぇ。こんなん当たり前の状態。
世の中は「やってもいいこと」と「やってはいけないこと」のふたつに分かれていて、この二つのルールを守っていれば天国です。
守らなければお父ちゃんの「がぅっ」が落ちて来るけど・・・。
「おそと」は窓から見えるし、テレビでもやってるし、それで十分。お父ちゃんはテレビを見ながら、「世界はどうなるんやろか」ってぶつくさ言ってるけど、何考えてるんやろアホちゃうかって思っちゃう。ワンと言えばご飯が食べられるし、前足上げればよい子って撫でられるしお愛想さえ怠りなければ寝放題。テレビに映る「おそと」なんて頭の体操なんでしょ。
お父ちゃんを困らすわけないよ。ねぇ。そうよねぇ、おそとっておうちより小さいよねぇ。
って、すずそう思ってたの
でもきのう、お父ちゃんが「すずのおそとデビューや」てんで、玄関の扉からお父ちゃんと「おそと」に入ったの。もうびっくりね。
とっても広いの。壁がないし天井もないのよ。上を見ると一面青いお空というのがあってその中を白いのがふわって浮いていて形が変わりながら動いて行ってるんです。
音も匂いもおうちの中と違っていろいろ。
チュンチュンとかサラサラとかチョロチョロとか、たまにカァーカァーとか。耳を澄まして聞くんだけどそれがどこから聞こえてくるかは分かるけど何なのかよくわかんない。
でもどの音も怖くないの。何が怖いって、何度も言うけどお父ちゃんの「がぅっ」が一番怖い。
扉の外はポーチって言うらしいの。白い柵があってその内側に小さい木が植わっていて、ツルツルの床が張ってあるんだけど、
お父ちゃんと一緒にちょっと歩いて、
なにこれって!足元がなくなっているの。
少し下にはまた同じ色のツルツルの床らしいのがあるんだけど、いままでおうちの床で遊んできたすずにとってこれは世界の果てよ。上を見るとどこまでもあるように見えるおそとなんだけど足元は「奈落の底」っていうの?そんなの。
お父ちゃん平気で降りて行って「すず、すず」って呼ぶんだけど。ムリムリ!すずには絶対ムリ。
世界を終わりたくない。美味しいモン一杯食べたいし、ボール遊びももっとうまくなりたい。
でも、これもおそとの世界かと思うと、とてつもなく大きくて、不思議で、ルールはふたつだけではないような気がするの。ひょっとして「おうち」は「おそと」の中にあるんかしら。「おそとに入る」んじゃなくて「お外に出る」が正しいんじゃないかしらって思っちゃう。
それなら解るわ、お父ちゃんが「世界はどうなるんやろか」と言ったこと。
「おそと」って怖いんだけど、なんかワクワクしちゃうわ。
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