第3章

第9話 努力の価値は

 これは夢だ――。


 見ているうちにそう気付いてしまう夢を、たまに見ることがある。

 今、俺が見ているのも、そうした夢だった。


 それにしても不思議な夢だ。


 昔のことを追体験してるみたいに、すごく客観的に見てる。

 こんな夢、今まで見たことないや。


「ねぇ、あきら。なに作ってるの?」


 冬華だ。

 でもこれは、昔の冬華。


 今の冬華と同じ見た目だけど、昔のだ。表情に刺々しさがないから、よくわかる。


「……ひみつ」


 昔の俺だ。

 今でも身長は低いけど、この頃はさらに低かったな……。


 冬華と同じくらい、いや、すこし低かったかもしれない。

 それなのに、冬華のやつは俺の後ろにかくれてばかりで。意地悪されるとすぐ泣いて。


 ……ほら、今だってそうだ。


「ひ……ぐすっ。おしえて、くれないの……?」


 こうやってぐずるのがおもしろくて、よく意地悪してたもんだ。

 よく考えると、昔の俺っていやなやつだったのかも……。


 それにしても、この冬華があの冬華になるなんて。

 俺を足蹴にしてる冬華からは、想像できないな。


「しかたないな……。おしえてあげる。これはロボットのプラモデルだよ、ほら」


 当時の俺はすでに、自分が勉強にも運動にも向いていないことを悟ってたから。


 だからこうして、いろんなことに手を出していたんだよな。

 なにか得意なことがあるんじゃないか……そう思って。


「あっ、ホントだ。すごいね、かっこいいね。あきら、こんなのつくれるんだ」


 冬華のやつ、あんなに目をキラキラさせて……。

 俺が作ってるの、あきらかに出来損ないのプラモなのにな。


 あーあ。

 褒められたから、俺もちょっといい気になっちゃってる。


「あはは、そうかな? ……よし。これでできた、っと。どう?」


「うん! かっこいいよ!」


「そっか。それじゃ、さっそくみんなに見せにいこうか」


 この先のことはよく覚えてる。

 思い出したくもない、あの結末を。


 そして、夢はそこで途切れた――。



 翌朝の目覚めは、最悪だった。

 それもそのはずで、晃は制服を着たまま風呂にも入らず寝てしまったのだ。


 すこし早く目が覚めてしまったから、とりあえずシャワーだけでも浴びることにする。


「……夢、か」


 熱いお湯を頭から浴びながら、晃はつぶやいた。


 夢はあそこで終わった。

 きっと、晃がこれ以上は見たくないと思ったからだろう。


 ……あのあと。


 晃がプラモを見せにいくと、偶然にも別の一人もプラモを持ってきていたのだ。

 しかも、晃とまったく同じプラモを。


 それなのに、その完成度は歴然の差だった。


 相手は手先の器用さで有名なやつで、試しにプラモを作ってみたところ、二、三日で意外と簡単にできたと言っていた。

 対して晃は、十日以上も時間をかけて苦心のすえに、やっと完成。


 どちらがすごいのかは、はっきりとしていた。


 三日で仕上げた良作と、十日で仕上げた駄作。

 百人に聞けば、九十九人が三日の良作と答えるに決まっている。


 事実、プラモを作るのに十日かかったことを話すと、みんなに笑われたものだ。


「でも、その百人のうちの一人が、いたんだよな……」


 冬華だけは、晃のほうがすごいと最後まで言い続けた。

 十日以上もがんばったんだから、晃のほうがすごい――と。


 もちろん、そんな理屈でみんなが納得するわけもなく。

 それは変だ、おかしいと言われ、ぐすぐすと泣き続ける冬華を慰めて帰ったものだ。


 ……本当に泣きたかったのは、みんなからバカにされた晃本人だったのに。


「そっか……。昔から、ああいうやつだったんだよな……」


 晃はシャワーを止めると、頭を軽く振って水滴を振り落とした。



「つまり、二次関数の頂点の座標を求める場合は――」


 授業中。


 晃はノートにペンを走らせる。

 けれど、真剣じゃない。

 とりあえず先生の話を聞き、黒板に書かれたことを丸写ししているだけだ。


 わからなくなったらスイッチの力を使えばいい、そう思っていたからだ。


 それはつまり、わかる範囲は自分の力でやるということ。


 高校に入り授業が始まった当初は、難しいところだけスイッチを入れれば、その内容は理解できていた。


 ……でも、最近は。


(気のせいじゃない……。スイッチを使う回数が、すこしずつ増えてきた……?)


 英語や数学など、毎日の積み重ねが重要な教科で、それは顕著だった。


 二倍……もしかしたら、三倍。

 入学当初と比べると、それくらいの頻度でスイッチを入れていた。


 このままじゃ最終的に、授業中はスイッチを入れっぱなしに……そんな不安すら感じる。『体力』が低下したまま毎日を過ごしでもしたら、きっとどこかで倒れてしまうだろう。

 それはどうにかして避けたい。


「なんだ、解けないのか。まぁ、この問題は難しいからな……。神尾、ちょっとおまえ、前に出て解いてみろ」


「あ、はい」


 例題を解けなかった生徒と入れ替わるように、晃が黒板の前に立つ。


 それだけで、一部の女子たちが「きゃっ」と騒ぎ出す。

 歓声を背中に受けて問題と向き合うが――案の定、さっぱりわからなかった。


 けれど、ここで素直に「わかりません」とは言えない。


 みんながイメージする完璧な『神尾晃』なら、これくらい難なく解けなくては。

 わからない、などと言った日には、なにかあったのかと心配されてしまう。


 それが続けば、心配はやがて疑念へと変わり……。


(……スイッチ、オン)



 晃のバグに結びつくような要素、要因は、極力排除しなくてはいけない。


 完璧を演じ続けること。それは目下の目的にして、最善の策。


「……完了した」


 ためらいもなく解答式を書き並べると、教師の正否を待たずして席に戻る。

 晃が着席するのと、教師が「うむ、正解だ」と言うのは、同じタイミングだった。


(スイッチ、オフ)



 今回も、なんとかごまかせた……。


 晃は内心でほっと息をついて、黒板を見る。


 たった今、自分が書いたはずの解答。

 それなのに、なにがどうなってその答えが導かれるのか、わからない。


 問題を解いた達成感なんか、すこしも感じなかった。

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