第1章

第1話 目覚めたチカラ

 晃にいったいなにが起こったのか……?

 そのことを、晃は頭で理解するのではなく、感覚として感じ取っていた。


 たとえばゲームには、パラメータというものがある。


 人間の持つ様々な能力を数値として表し、自分のキャラがどれくらい強いのかを示している、あれだ。


 このパラメータというものはゲームの中だけではなく、現実の人間にも明確に存在している。


 毎年の健康診断で計る身長や体重。

 これは明らかにパラメータだ。

 目で見てもなんとなくわかるものを測定し、センチメートルやキログラムなど、共通の単位で比較することにより、個々の差を明確にしている。


 これは目で見えない学力や運動能力でも同じこと。

 偏差値はそのまま学力のパラメータと言ってもいいし、陸上競技のタイムや記録は、身体の基本的なパラメータだ。


 さらに絵画のことを考えれば、作品に値段という単位を与えることによって、本来は比較できるはずのない芸術的才能にすら優劣をつけてしまえる。


 このように、現実世界においても人間はパラメータに左右されているのだ。


 そして、晃はと言うと……。


 驚くべきことに、自分のパラメータを任意に操作できてしまうのだった。


 あの日、失恋がきっかけでこの力に目覚めた晃は、低かった身長のパラメータを無意識のうちに改変して高い値に設定し直したのだろう。


 とはいえ、すべての数値を同時に上げることはできないらしい。

 なにかのパラメータを上げたら、それと同じ数値だけ、なにかを下げなければいけない。

 ひとつのパラメータを犠牲にする代わり、他のひとつのパラメータを上昇させる――そう言い換えることもできるだろう。


 晃はこの上げ下げが可能なパラメータを、おおきく三種類あると感じていた。


 知識やひらめき、芸術的才能などに関係する『知力』。

 運動はもとより、治癒力や免疫力など体内に関すること全般の『体力』。

 そして、人を惹き付ける外的要因――つまり身長などルックスに影響する『魅力』。


 この三種を状況に応じて変化させることで、晃はどんなことでも人並み以上にこなせてしまう完璧な人間、レベル100の人間を演じることが可能になったのだった。


 もちろん、元々のパラメータは以前の晃。

 この身長を維持するためには、『魅力』を最大値近くに設定する必要がある。


 さらにこの外見のまま勉強をこなそうと『知力』まで上げると、『体力』はほとんどゼロになってしまう。

 逆に『体力』を上げようとすると、今度は『知力』が低下する。


 しかし、そんなことはさしたる問題ではなかった。

 少なくとも勉強をしているときに運動をすることはないし、その逆に、運動しながら勉強することもありえない。


 もっとも、高度な空間認識能力や幅広い戦術が要求される、球技や団体競技は苦手かもしれない。

 それでも陸上などの個人競技や、格闘技全般に関しては問題ないだろう。

 どんな状況に気をつけなければいけないか……それさえわかっていれば、完璧な人間を演じることは難しくないはずだ。


 晃はこの力を『スイッチ』と名づけ、その力により生まれ変わったのだ。


 世界は、自分にはなにも与えてくれなかった。だが偶然にしろ、晃はたったひとつだけ力を得た。


 だったら、この力を最大限に利用する――それはこの世界に対する、晃のせめてもの抵抗だった。


 そして同時に、こうも思う。


 完璧となった自分は、もっと高みを目指してもいいはずだ、と。

 自分をフったあの子の前にこの姿で現れて、告白をやり直すこともできたのだから。


 けれど、そこで晃は考えた。


 あの子は確かに美少女だった……だけど、それだけだ。

 運動神経は良くなかったし、成績にいたっては壊滅的だった。それじゃ今の自分とは釣り合わない。


 才色兼備、すべてにおいて他人より優れた、理想的な女性。


 そんな人と付き合い、誰しもが認める完璧なカップルとして君臨し、夢のような学園生活を謳歌する――それが、晃の目指す高みだ。



 しかし、その夢の前には、思わぬ壁が立ちふさがるのだった。

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