第10話 また繰り返す

白い空間に、白い椅子が二脚、向かい合って設置してある。そこに座るのは二つの仮面。発声に、口元を覆う布は揺れない。

「先ほど、ナンバーエフの脳機能停止を確認、現在、処置中とのことです」

「また、か……与える罪の大きさは、負荷としては意味がないようだ。我らは十度、いや十五度でもあるか……それだけ繰り返しても失敗したのだな」女性の声は嘆息する。

「何度繰り返せば、先へ行くのか……そして、我らはそれをこなす意味を持っているのか」

「意味を問う事は、それこそ無意味……彼はもたらされた種の偶然という奇跡」

「神が存在するのなら、奇跡……だが、我らは既に神の奇跡……ヒトをも創造してしまった。では、彼の何を持って奇跡と」

「……わからぬ」また、短い嘆息がひとつ、溶けて消えた。

「わからぬことを、わかる……この行為の先にしか、こたえはないと」

「それもわからぬ……ただ、死という不安から、解放された人類の中で、自らの意志で脳のリセットという自死を行うことができる彼の謎を解くこと、それは死、なくして進化を諦め、緩やかに終わりへと向かう我らの窮地を救う鍵になるはず……我らは、彼以上に我らを知らぬのかもしれない。我らに与えられた命令の一文に、どこかの神が告げるべき別れの言葉を記し忘れたのかもしれぬ」女性の声は、嘆息をやめて、柔らかく歌った。

「そう……我らは何も疑わずともよい……彼が認めるか、認めないか、それを見届けるのみ。子が巣立つを見守る程度のこと……私も」

「そして、私も……」

 

――書き忘れたポスト・スクリプトを探して、またはじまる彼の短い人生を――

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罪の事情 藤和工場 @ariamoon

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