第8話 ひとり
「嫌だ……」
僕は、否定した。僕は僕だ――死んだ僕の責任なんて、とりたくない。いや、僕が死んだ、僕が生き返った、それさえ、現実的な証拠はないじゃないか、そいつを聞いてやればいい、まともな裁判なら、それを聞く権利が僕にはあるはずだ。
「まともな裁判なら……」
言いかけて、僕は言葉を飲み込んでしまった。理解――いや、思い出してしまったんだ。
眼前、遙か上から見下ろす二つの仮面、傍聴者どころか、弁護士も検事もいない。誰も聞いていない、どこかにモニタやマイクが存在して、誰かが見て、聞いていたとしても、それは僕のためじゃない。仮面の彼らを裁判官とするならば、これは既に判決の主文を後回しにしているだけのもの――逃れられない隔離法廷なんだ。僕の運命は、首を縦にふっても、横に振っても変わらないんだ。
「それでも……僕は認めない」
あまりにも弱い声で、どこかの換気ファンに吸われてしまわないかと、体が窮屈になった。
「よろしい……本日は閉廷にしましょう」
「続きは?」
「明日に執り行う。同時刻、また使者を出そう」
「はぁ……いつまで続くのかな、これは」
「すぐに終わります……」
「僕が認めれば? そんなのごめんだね」
精一杯の強がりを置いて、僕は仮面たちを背中にした。早々に一歩踏み出して帰ろうと思った。が、一歩のあとに、また少し意識がくらんだ。それでも僕はやわらかな床を踏んで、扉まで進んだ。
「せめて、よき夢を……」
歌声は、どこかでいつか、僕が聞いただろう、草原の風だったかもしれない。
でも風ってやつは、通り抜けるだけだ。
無言で開いたドアを抜けると、すぐにしまる。賢いドアだ。
僕は押しつけられた理不尽の数々に、大きく息をついて、塵一つなさそうな床を掃除したあと、顔をあげた。瞬間、真横に彼女がいる事に気づいた。
「やあ、待っててくれたのかな」
彼女ごしの鏡面壁に映る僕は、ひどく疲れているように見えた。何ともみすぼらしい。
「待機はしていました。それが私の使命ですから。それではお部屋の方へ」
彼女は合成繊維のような髪を方向転換につれ広げた。ターンテーブルにのっているのかという優雅さだ。僕の置かれた運命が脇役に見える。
彼女は僕の視線を気にせず、進み始める。これじゃ美女のお尻を追う軟派男じゃないか。
運命に比べたら、その程度の悪名、悪い気はしないけれど。
足音のしない廊下、光源のわからない光、鏡面の壁に広げられた空間――ほんの数分の後、僕はまたあの部屋でひとりになる。
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