第7話 議論
「待ちなよ――」
僕の脳から、事例が取り出された。
「死なないといっても、脳だって死ぬだろう? 脳死ってやつさ。君らが言う前時代には、そうした人の臓器や器官を病気の人に移植したはずだ。脳が死んだ人は、どうやって罪を認めて、償うっていうんだい?」
僕の質問は虚を突いたのか――頭を寄せる仮面二つ、その口元を覆う布がわずかに揺れた。
「言ったはずです、死はなくなったと。それは脳においてもおなじこと……ただ違うのは……あなたのようになる、という事です、リ・アキラ・アズマ」
「核心に至ったという事だよ……君は、脳の死によって、生き返った――言葉が適当ではないな、リブート、ポスト・インストゥール……どれでもよかろう。死した脳は、臓器や器官、四肢と違い、その生の途中からはじまるわけではない。一度、完全機能停止した脳は、再活性しても、同じ人格になるわけではないという事だ。細胞からそっくりそのままクローンを生成したとしても、まったく同じ人間になるということがないのと同じ」
僕は、急に頭が重くなり、目の前の机に、手をついた。模様のない、なめらかな表面の机に、吹き出した汗が落ち、数式で成り立つ美しい図形を描く。呼吸は下向きに圧迫した気道のためか、細く荒く、早くなる。
「聞きなさい、リ・アキラ・アズマ……あなたが認め、償う罪は、死ぬ前のあなたが犯したもの」
仮面の女性の声は、なぜか慈愛に満ちているように思えた。
「君の持ち得る情報で伝えるならば、これが死ななくなった世界の、罪の償い方だ」
遠くから、男の声がくの字になった腹へと響く。
なぜだ――その言葉だけが、僕の脳内を占め、吐息と共に、こぼれ出た。
「なぜ、僕が――あなたたちは、今、脳が死んで生き返った者と、死ぬ前のものは、同一じゃないって、言ったじゃないか。なら、どうして僕が死ぬ前の僕の罪を償わないといけないんだ」
「過去……肉体と脳の結びつきに関連性はないという議論はし尽くされた。その理念から産まれた……いや、人間が産んだ者たちには、それが一応……特例といったほうがいいか。許されている。もはやその者たちと旧来の人間の差とされてきたインスピレイションにさえ違いはない。彼らと我らは、同一になった。だが、わずか残った人間のエゴ――それを守るための違いとして区別されるのが、肉体と脳を切り離してとらえる特例があるかどうかだ」
「そして、君は――そうではない、人間なのだよ」
もう、僕には、男と女、どちらの仮面が言葉を向けてきているのかも、わからない。完全にユニゾンした一曲の歌が呪いになって首を絞めているだけだ。
「人は人として、紐づけられた肉体と脳を持って、罪を償わねばならない」
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