第4話 しばしの別れ

「あの、質問してもいいかな……」

「申し訳ありません。私の権限で答えられるものは、先ほどの問いで終了致しました。全てはお連れする先で、伝えられるでしょう」

 彼女はアクリルの髪を歩みに踊らせながら、こちらを向き直りもしなかった。

 それからの道程、僕は彼女の揺れる長衣の裾を見て進んだ。どんな素材で出来ているのだろう、複雑なシワをつくっても、下へとどまる一瞬で、ぴしりと、それでいてごくなめらかな冬山のゲレンデを描く。歩き乱れても綺麗に整列を崩さない髪を越えて、天井に点在する照明が目に入った。柔らかく、それでいてカバーからこぼれる光の拡散率は高く、廊下は白飛びの世界だ。壁面には、いくつかドアがあるのだが、どれも材質的に、僕が眠っていた部屋と同じに見えて、鏡面のように世界を映しかえし、空間を万華鏡の中にみせる。

 僕は彼女が前にいなければ、ただまっすぐな廊下で道に迷っていただろう。

「到着しました、解錠を要請します」

 彼女は壁を前に足を止めると、僕はいないもののように、つぶやいた。壁はそれに応え、かすかな音で部屋への入り口をつくる。

「どうぞ、中へ」

「ああ、うん……」

 僕はこたえ、彼女に並び、口を開けて待つ白い部屋の前に立つ。そこで、初めて彼女のほうが僕よりも背が高いと認識した。そんな事は背中を追っている時に気づくべき事だった。しかし、それよりも僕は思う。自分より背が高い女性は嫌いではないと。

「また、会えるかな?」

 質問の糸が、自分にはつながっていないと、彼女は操作を忘れた糸繰り人形のように止まった。

「あなた次第で、そうある事も……あるかもしれません」

 よくわからない答えだった。幼い時分なら、またね、で済む挨拶に、成長すれば戸惑うことのようだ。しかし、僕は彼女の言葉のイントネイションに少しほころび、喉から溢れる笑いをこらえるのに必死だった。きっと、声も僕の好みだったのだ。

「じゃあ、行ってくるよ」

 一歩踏み出し、室内に入った瞬間、彼女の返事を聞く前に、薄いドアが別離を告げた。

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