第5話 ヴェルジーネ・ファミリーの「冷酷な聖母」

「はいよ、ジャンボン・フロマージュだ。お待たせしてすまないね、統領ドゥーチェ。と、魂消たまげたよ。あんた、戦争でも始める気かい?」


「はは、待ってはいない。ちょうどいいところだ。私も、『冷酷な聖母』にも、すべてがこの機会を待っていた」


「そうかい。なりゃ、報告は早いほうがいいようだね。あんたんとこの、二人兄弟もようやく出番が来たってね。あたしも息子どもに、一通ひととおり声をかけ終わったよ。まず、変な老人と気味の悪い娘があんたをねらってる。が、そっちはジュリエット坊やが片づけたようだね。孝行息子でうらやましいかぎりだ。次に、ベルタ・ノーベルはご存知だろ? あの爆弾魔の隠し子さ。その娘がパリに入った。目的は不明。次に、石屋どもが地下下水道の住人に悪巧わるだくみを持ちかけてる。この辺はどうかね?」


「マリア、貴女あなたの料理の腕を知らない美食家もどきがあわれだな。常に私の舌を感動させる。素晴らしい。ノーベルは知っているが、その小娘がパリに訪れているとは初耳だ。引き続き、情報をさぐれ。地下下水道の住人については、ヴェルジーネ・ファミリーに一任いちにんする。マリア、戦争はオペラ座で、今夜だ」


「ヴェルジーネの『神の母』の名にかけて、静かに派手に残酷にやってやるよ。何、統領ドゥーチェ、堅気には手は出さない。今まで通り、今も、今夜も、これからも、あんたの栄光に影は落とさない」


「感謝を捧げる、マリア。だが、お前の息子たちの命は大事にしてやれ」


「グラツィエ。腹を痛めなくても、息子は息子さ。多少は出来が悪くても、男としては自慢の連中だ。無駄死させてたまるか」


「オペラ座の演目は『インディゴと40人の盗賊』と来る。客席が標的ひょうてきになっているとは、役者どもや演出家も知らずに、能天気のうてんきの一言に尽きる。客席が地獄になるぞ」


「盗賊はあたしかい? それとも」


「そんな外道な端役はやくなど、地下の住人にくれてやれ。お前には軽めの栄光と財産を用意する」


「ふん。統領ドゥーチェ、あたしがそんなことで喜ぶとでも?」


「真面目な話だ、マリア。身軽を信条とするお前だ。大袈裟おおげさはかえって、『冷酷な聖母』をわずらわせる。それでも、受け取ってくれ。私は不老であっても、不死ではない」


「あ、あ、あんた、死ぬ気かい? だとしたら、この場でちがえても、あたしゃ、あんたをとめるよ」


「優しい女。死ぬ気はないし、石屋などにくれてやる命もない。だが、場合によっては、この剣と刀を抜くつもりだ」


「よせやい、冗談は。ふん、冗談じゃないのは承知だ。今の言葉で、この戦争を理解したよ。あたしも、劇場に行ってくる。久しぶりに人間相手にナイフを振るいそうだ」


「マリア、気をつけてな。お前に何かあったら、私ですら涙を流す。こおりついた私の目に、熱湯を浴びせるなよ」


「あいよ。それじゃ、劇場で会おうか。違うね。統領ドゥーチェ、あたしらが舞台に上がる頃には、あんたは劇場を去っている。抜け目なく。何かあったら、子供たちに連絡させる。善い午後を」


「ああ、善い夜を。と、エルボイス、今、戻ったところか。安心しろ、『冷酷な聖母』はもう帰った。で、どうした、その情けない姿は?」


「マーマン、やっちまったす。つうか、やられちまったっす。オーヴ家の次期当主っすよ。『銃天使ガン・バレット・エル』の二つ名は半端はんぱねっす。俺の速度に銃弾が付いてこれないってわかったら、俺の行く先に照準しょうじゅんさだめやがたっすわ。ごめんす、マーマン。俺、あんたの顔に泥を塗っちまったっす。頼むから、土塊に戻して欲しいっす」


「エルボイス、私の愛する息子。気にするな、オーヴの血だ。ひょっとしたら、私とて、その弾丸の餌食えじきになるかもしれん」


「あざす。マーマン、ペテン師は金を手に入れた模様っす。これで、オーヴ家の悪戯いたずら娘もパリをっているところっすよ」


「見たのか?」


「見てないっす。逃げるのに懸命っしたから。でも、金は間違いなく」


邪推じゃすいだな、エルボイス。人間は自分で見たモノしか信じん。以後、気をつけろ」


「うっす」


「その様子だと、今夜は動けんな。大人しく寝てろ。ゴーレムとて痛みはある。後で、痛み止めの護符を打ってやる」


「なんかあるんすか? つーか、マーマン、その服を着たの初めて見たっす。キレイっすね」


「気にするな。そしてめるな。きずさわる。寝床に戻れ」


「っす」


「弟も大変なことになったな、ジュリエット。お前も何かあるのか?」


「マーマン、美しい」


「はは、無口なお前が口を開いたと思えば、そんなことか? そうあるまい」


「……シェリーは手強い。シェリーは貴女あなたの石を奪い取ろうと必死だ。オペラ座で俺はマーマンを守れない」


「わかった。ドクテルの愛娘は、最高傑作なんだな。ドクテルの評価をくつがえしておく。あの小僧こぞうは現代科学で人間を造った、まぎれもない天才だ」


「マーマンは誰が守る?」


「優しい息子。お前の母は未曾有みぞうの剣術使い。その目からのがれられる存在などない。キャメロットの円卓の騎士とシャルルマーニュの聖騎士の24人を同時に相手をしても、引けは取らん。クー・フーリンの魔鎗からもこの身を守れよう。スカアハ自身なら、傷くらいつけられるかもな」


「……マーマン、用心を」


「っす」


「フェア・デ・ブルーズ。安心しろ。母は強い。それぞれがそれぞれの役目に身を投じろ。脚本と役者はそろったようだが、不確定要素がひとつ。銃天使ガン・バレット・エルと男爵だ。連中の動向を推理する」


「うぃす」


「……」


「やれやれだ。エルキュール・ポアロはいやだと言ったが、オーギュスト・デュパンよろしく、安楽椅子あんらくいす探偵をする羽目はめになるとはな。長生きはするもんだ。男爵は、銃天使ガン・バレット・エル俊足しゅんそくの息子とのいざこざで、金を手に入れられなくなったと仮定する。次は何をする? 神に祈る。あり得ない。神を呪う。時間の無駄だ。間違いなく、すでに動いているはずだ。ならば、直近ちょっきんで金が動く場所は、ふむ。思いのほか、天使にまみえるのは早いな。男爵とは言葉をわすことになりそうだ。まさか、向こうから出向いてくるとは、運命は素晴らしく面白い。善い夜になるな。待ち遠しいかぎりだ」

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