2.2

 銃が抜かれる気配を背後で感じた。しかし俺の手はすでに相棒の銃把グリップを掴んでいた。銃口は左の脇から伸びて、バカどもを狙う。


「やめとけ、こいつは俺の獲物だ」


 俺は感情を込めることなく、淡々と、リズムすら一定にして言った。いわゆる事務的な警告、お役所作業というやつだ。バカを刺激したくはない。ついでに手が勝手に動いてしまったとはいえ、銃口を向けた責任もとらなければならない。


 頼むから、撃たせないでくれ。


 そう願いながら、三人分の足音の方へ、首を振った。

 左右の二人は機械化人間だった。躰の半ばを機械に支配され、顔面の左半分を錆びつかせているのが一人、右半分をメタリックに輝かせているのが一人。

 間に挟まれた男は、頭から五つ葉の奇妙な植物が生えていた。残念ながら頭の両側からではなくて、右側だけだ。おかげでシンメトリーが崩れて台無しだ。


 男の顔に生える植物は、変質した肌に種が付着し芽吹いたものだろう。ここ三十年ほど前から内陸部で見られるようになった病気だ。放っておいても死なないが、除去するとなると大金が必要で、多くは放置されて樹木人ドリアードと呼ばれるようになる。


「てめぇ、何者だ? 俺等の獲物を横取りしようってのか? 邪魔するなら殺すぞ」


 言いつつ、樹木人一歩手前の男が銃を引き抜き、


「ぷぁが」


 頭を破裂させた。まるで荒野で灼熱の日射を浴びたスイカのように、ひとりでに爆裂したのだ。撃ったのは俺じゃない。だから誰かの狙撃だ。

 次の瞬間、俺はカトーの襟首をつかんで、カウンターの内側に放り込んでいた。踏まれかけたブタのような悲鳴が聞こえた。


 賞金稼ぎの機械化人間二人が、銃を構えはじめている。

 申し訳ないと思いつつ、俺は引き金を引いた。

 代替黒色火薬特有の重い銃声が床板を震わせた。


 間を置かず撃鉄を起こし、引き金を引く。尻を叩かれた雷管が爆ぜ、薬室内の混ぜ物入り代替黒色火薬に着火する。三五グレインの火薬が爆裂し、まん丸い鉛玉が口径〇.四四インチの銃身に流し込まれる。

 鉛玉は右回り六条の溝に沿って変形し、真っ赤な発砲炎とともに飛び出した。


 突進した四発の弾丸は、二人の賞金稼ぎの胸元に、きっちり二発ずつ食いついた。

 派手にぶっ倒れるのを見ている暇など無い。

 俺はカウンターを飛び越え、頭を隠した。


「おいカトー! お前、楽に生き延びてこれたって言ってなかったか!?」

「そうだよ。楽に生き延びてこられたよ。今回は運が悪かったみたいだけどな」


 淡々と言って、カトーの馬鹿野郎はショットグラスにウィスキーを注いだ。


「お前、こんなときに酒を呑む気か?」

「いつ呑もうがおれの勝手だろ? どのみち、もう襲われてんだ」


 カトーは酒を一息に呷って、新たに注ぎ足した。


「結局、どっかの誰かが助けてくれんだよ。ジェシー以外の誰かがな」

「今度はどういう冗談なんだ?」

「冗談なもんか。ほんとだよ。おれにはベルヌーイ様がついてんのさ。だから助かる」

「またそれか。カトー、お前、イカれてるよ」


 口ではそう言いながらも、俺はカトーという青年を見直していた。イカれているとは思うが、信念も一緒に持っている。そして、得体のしれない神とはいえ、信仰も。

 たとえそれが荒野をうろつく巨大化したヤツワクガビルのような貪欲さに起因するのだとしても、信念や欲望に忠実に生きられる奴は少ない。かつて信念を曲げた俺にとっては、ただその一点だけで眩しく見えた。


 ……幻覚かもしれないが。


 俺はカウンターから恐る恐る顔をのぞかせた。顔左半分を機械化した賞金稼ぎが、散弾銃の銃口が俺を見ていた。反射的に頭を下げる。腹の底に響く銃声をカウンター越しに聞いた。棚に並べられた酒のボトルが破砕する。ガラスの破片とキツい酒とが降ってきた。

 俺は酒臭さに苛立ちながら撃鉄を起こし、カウンターから身を乗り出した。

 発砲。代替黒色火薬特有の厚い煙の向こうで、火花が散った。


「馬鹿が。死に急ぎやがって」


 思わず口にしていた。別に説教するつもりはない。ではなんのためか。懺悔だ。

 俺は殺しが嫌いだ。相手が賞金首だろうが、殺さずに捕えたい。でなければ、代替黒色火薬を使う雷管式の回転式拳銃なんて使わない。


 俺の得物は撃つ前に多大な準備が必要で、連発だって難しい。弾数は少なく、威力は現代銃と比べるまでもない。代わりに貫通力が低いから、相手をすっ転ばせて動けなくするには向いていた。

 もっとも、現実には、今のように撃ち殺すしかないことも多かったのも事実だ。

 だから救いのない賞金稼ぎという生き方が嫌になって引退した。


 十年前のことだ。

 銀行や商店、ときには旅人を襲って躰を切り刻む、サイコ野郎がいた。俺は賞金稼ぎとしてそいつを殺したわけだが、胸のすくような思いはしなかった。

 少女が一人だけ生き残ったからだ。

 全身を切り裂かれ、片目を失い、それでもなお生かされていた。俺は少女をその場に捨て置けず、連れ出した。そのくせ、サイコ野郎を親にもつ少女を育て直す勇気までは、持ちあわせていなかったのだ。


 六発を撃ちきった俺は再びカウンターに身を隠し、相棒を分解した。

 分解といってもシリンダーピンを引き抜き、空になった弾倉を交換するだけだ。ガンベルトから予備弾倉を取りだし、はめ込み、ピンを戻す。

 一連の動作を見ていたカトーが短く口笛を吹いた。


「なんだそりゃ。とんでもない早業じゃねぇか」

「当たり前だろうが。半自動式拳銃セミ・オートだけじゃない。全自動式拳銃フル・オートも、お前が吊ってるレーザーピストルなんてのもある。前装式を使うならなら予備を用意するのは、義務だ」


 前装式の拳銃は、空の状態から一発の弾丸を撃発可能にするために、最短でも四工程を要する。まず弾倉前部から火薬を流し込み、次に鉛玉を乗せ、銃身下部についているローディング・レバーで押し込む。最後に弾倉後方のニップルという突起に雷管キャップを取り付ける。それで一発だ。当然、戦闘中に再装填するのは難しい。だから、事前に弾倉を用意しておき、六発ごとに交換するのが正解だ。


「なんでそんな銃に命を賭けるのかって話なんだけどな」カトーが嫌味たらしく鼻を鳴らした。

「簡単だ」俺は撃鉄を起こしながら嘯いた。

「武器は、信頼できるかどうかが、一番大事だからだ」

「その信頼が、火薬を注いで、押し固めて、雷管キャップをつけることなのか?」

「選び抜いた鉛玉を、自分の手で押し込むのが、大事なんだよ。俺は他人が作った薬莢も、他人が込めた弾丸も、どちらも信用しないと決めている」

「そいつは人間不信って病気だ。だったらその銃は、いちからあんたが作ったのかよ」


 俺は言葉につまった。二十年近く使ってきた誤魔化しが、あっさり否定されたのだ。

 正直に人殺しは嫌だなんて言えるわけもない。雷管式なら威力も低く、殺さずに済むからだと説明してやる義理もない。

 しかしカトーの言い分の正しさは、俺の頭に刺さった。


「……ったく、バーテンはどこに行きやがったんだ?」

「なに言ってんだよ、あんた。そこで昼寝シエスタに入ったよ」


 カトーがカウンターの端を指さした。胸元に蜂の巣状の穴が開いたバーテンダーが、気持ちよさそうに寝転がっていた。いつのまに撃たれたのだろうか。最初の銃撃までに伏せる元気がなかった? あるいは最初から死んでもいいと思っていたのか?


 俺は撃鉄を起こしつつ、カウンターの向こうを覗いた。襲ってきた賞金稼ぎ三人は死んでいた。代わりとばかりに、スイングドアの奥から、新たな賞金稼ぎが四人も来ている。

 距離はおよそ三〇ヤード。

 俺は迷わず引き金を引いた。


 ファニングはしない。射撃速度よりも正確さが優先される。風で舞い上げられた土埃のように無数に飛来してくる弾丸も、レーザーの光跡も無視だ。親指で撃鉄を起こし、狙って、引き金を引く。奴らの腕が良ければ、俺はすでに死んでいる。

 そしてまだ、俺は生きている。


 生死を分かつ決め手はクソ度胸だけだ。

 六発撃ったら屈みこみ、弾倉を丸ごと交換し、また立ち上がって撃つ。簡単な動作を繰り返す。しかし、十年のブランクで俺の腕は鈍りきっていた。

 たった三人を倒すのに十発。万一を考え予備弾倉を五つ用意していたのだが、それが正解になってしまうとは。まして残りふたつしかないなんて、最悪の事態だ。


 俺は店の外を睨んだ。

 西側から干からびた日光が差し込んでいる。穴ぼこだらけで蝶番しか残っていないスインドアの下、白茶けた床板に、影が伸びていた。四人組だった賞金稼ぎの最後の一人は、入り口の壁際に隠れているらしい。


 俺は右腕を真っすぐ伸ばし、慎重に狙いを定めた。

 銃声。壁に直径二センチの穴が穿たれる。

 抜けた弾は、こっちに向かって飛んできた。背後で爆ぜる酒のボトル。

 咄嗟に伏せた。


「よう。殺し終わったのか?」

「撃ったのは俺じゃない」


 俺は撃鉄を戻すべきか思案し、引き金から指を離すだけに留めておいた。


「お前が生き延びたってのは、こういうことか」

「助けがきたか。なんでか知らんが、どっかの誰かが俺を守ってくれるんだよな」

「守ってるんじゃない。俺の予想通りなら、賞金稼ぎ狩りバウンティハンター・ハンティングをしてるんだろう」

「マジか。そういやジェシーもンなこと言ってたな。ミイラ取りがミイラに、賞金稼ぎが狩られる側に、ってか」


 カトーは鼻で笑って、そう言った。

 俺は舌打ちしながら弾倉を交換した。残りの予備弾倉はひとつ、二発残っている弾倉がひとつ、いま使用している弾倉をいれて計十六発だ。

 やはり来るべきではなかった。きっと誘い出されたのは、俺の方だったのだ。

 賞金稼ぎ狩りを雇っているのは、元妻のミセス・ホールトンと見て間違いない。

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