ハンテッドハンターハンティングハント、あるいはコヨーテ

デスハンド

2.1

　俺はおよそ二〇年に及ぶ賞金稼ぎとしての記憶を漁ってみたが、グッドマンほどの大馬鹿野郎は他に思い当たらなかった。間抜け野郎はいくらでもいたし、命知らずを気取って死んだ奴は数えるのも馬鹿らしいくらいだ。

　しかし『なんで追われることになったのか』を饒舌に語った調子のいい青年は、少なくとも女を攫って犯すようなタイプではなかった。

　青年の本名は、カトー・ナカサキ。通称は〝グッドマン〟だ。

　かつて愛したミセス・ホールトンを攫ったとされる青年で、賞金三〇万ダラーを掛けられた男でもある。逃亡生活中に整えたのか、妙に身なりもいい。そして、俺に言わせればしょうもないギャンブラーだった。

　腰のホルスターに吊っているのは、のっぺりとした白色のレーザーピストルだ。なんと戦前・戦中に作られた白物家電の外装を引っぺがして採用しているというＰＧ‐十三型レーザーピストルである。玩具みたいなダサい外観が却って若者に人気らしい。なんでも、ひとつとして同じ外観にならないからいいのだという。整備性の低さを好むのか。バカバカしい。

　どうやらカトーの得物は弾切れらしかった。動きが軽すぎるのだ。

　出力によって違うが、通常、レーザーピストルは水晶体と電源（バッテリー）のセットか、電源と冷却器（ヒートシンク）のセットが弾となる。どちらの形式でも電源を要し、結果として重量がかさばる。

　もっとも、弾が残っていたところで怖くもないが。

　ぱっと見、カトーはまだ二〇歳にもなってないクソガキだ。どう考えても人を――とくにギャングの親玉を攫ってみせるような大悪党には思えない。

　なにがギャンブラーだ。なにがベルヌーイのご加護だ。

　ただの大ぼら吹きじゃないのか？

　俺は頭を抱えこみたい気分になり、両腕を機械化しているバーテンに水を頼んだ。

　古い友人に焚きつけられ、過去への思いにつられ、思わず復帰してしまった。

　しかし、全てが無駄足だったのかもしれない。

　だいたい、おかしいと思っていたのだ。

　自分たちの親玉が攫われて『生死問わず（デッド・オア・アライブ）』で賞金をかける奴がどこにいる。殺してしまえば、攫われたボスの居所が分からなくなってしまうではないか。

　俺は起こした相棒――雷管式の回転式拳銃――の撃鉄を戻した。

　どのみち俺はカトーを殺すつもりはなかった。他の賞金稼ぎどもと違って、用があるのは、攫われたという元妻のミセス・ホールトンだけだからだ。

「俺はお前を信用するつもりはない。だが、お前を殺さずには済みそうだ」

「勝ったぜ。ザマーミロ」

　ミスター・グッドマン――カトーが小声で言った。聞こえてないつもりなのだろうか。だとしたら度を超えた馬鹿野郎だ。

　なぜ彼女は、こんなガキに、三〇万ダラーもの賞金をかけたんだ？

「ところであんた、なんて名前なんだ？　教えてくれよ」

　頭の弱いギャンブラーが小便のような色をした酒を呷って言った。答える義理はない。けれど、譲歩してやれば口も滑らかになるかと思い、答えた。

「ジャックだ。もう一度聞きたい。本当にミセス・ホールトンを攫ってないのか？」

「……攫えるなら攫いたかったけどな。まぁ、あンときは無理だった」

「どこまで本気か分からんな」

　嘘ではない。カトーはチンケなチンピラで、頭の弱いギャンブラーに違いない。しかし、そこそこ腕の立つギャンブラーでもある。

　その証拠に、先ほどからずっと、鉄仮面（ポーカーフェイス）を顔に貼り付けている。その一点については大したものだと思う。いくら裏を探ろうとしても、まるで表情が読めない。薄笑いとでもいうのか、人の心に引っかき傷をつけるような笑み。なにか猫にでも引っかかれたかのように、事あるごとに脳裏にチラつくような笑顔だ。

　とにかく俺は、その表情のせいで、質問を重ねる必要があった。

　つまり、なぜカトーはエクス・マイアミの『キングス』と、ブラッドリーとかいうデブと、両方から賞金をかけられたのか。

「それで？　お前は店を出たあと、どうなったんだ？」

　俺がそう尋ねると、カトーは、またしても安っぽい酒を呷って顔をしかめた。

「店を出たらイワンとリュウがいたんだよ」

「お前が出てくるのを待ってたってことか？」

「そうらしい。奴らはミセス・ホールトンの部下に言われて待ってたんだろう」

　カトーは煙草を口に咥えて、俺に火を出すよう促してきた。懸命な判断だ。懐に手を突っ込んでいれば、俺は間違いなく相棒の台尻（グリップエンド）でどやしつけていただろう。

　俺はマッチを擦って、カトーの咥えた煙草に火を点してやった。

「奴らはおれが出てきた瞬間に、こう言ったのさ。『俺たちになんの用だ？』『そうだ。何の用があったってんだ？』」

「それで、どう返してやったんだ？」

「なんの話か分からねぇ、と答える暇はなかった。すぐにリュウが撃ち殺された」

　カトーは薄笑いを浮かべたまま、痛ましいことだとばかりに首を左右に振った。

「おれは何もしてないからな？　おれが口を開くかどうかってところで、リュウの頭が吹っ飛んだ。イワンのバカは、おれがやったと勘違いして、銃を抜こうとした。慌てて持ってたボトルで顎をぶん殴ったね。事情を説明する時間はなかったしな」

「そいつはもったいないことをしたな」

　俺は冗談のつもりで言ったのだが、カトーは真剣な目でこちらを見た。

「知らないのは酒を呑まないからか？　高い酒の瓶はガラスが厚い。割れやしないさ」

「そいつは初めて聞いたよ。覚えておこう。それで、その後は？　逃げたのか？」

「ああ、逃げた。街の外れにある『陸（おか）の港』に行った」

「陸の港だと？　そういうことか。お前、鉄道じゃなく、陸船（おかふね）で逃げたんだな？」

「そうだよ。勝算があったからな。鉄道は道一本。陸舟なら動線は自由だろ？」

　俺はホルスターに戻した相棒を撫でつつ、空いた手を上げて降参を示した。

　存外、頭が回る青年だ。どうやら鉄道で移動先が固定されるのを避けたらしい。鉄道が通るこの地に滞在しているのは理由があってのことなのだろう。

　鉄道に、陸船。再開拓（リ・フロンティア）の象徴だ。

　俺の爺さんが現役兵士だった頃に吹いた最初の新たなる澄風は、海岸線から内陸部に向かって世界を壊した。当時――俺は生まれていないので伝聞だが――最も被害を受けたのは首都だという。次に東海岸と西海岸。海はその日を境に閉ざされた。

　その後、政府は内陸部に拠点を移した頃、二度目の新たなる澄風が吹いた。

　ただでさえ朽ちかけていた内陸部は完全に荒廃した。

　俺が産声を上げたのは三度目の風が通った後だ。その頃には、内陸部イコール不気味な巨大生物や得体のしれない奇病の蔓延する、死の荒野となっていた。好き好んで足を踏み入れるのは、犯罪者か、フレンディアンか、再開拓者だけだ。

　それでも東海岸は首都に連なる土地だったからか、戦後六十年をかけ、あらためて南北に線路が引かれた。動力は石炭。石油を掘り出せてもガソリンに精製する施設がない。大電力を南北に渡って送電する余裕もない。人手こそ必要でも、構造が完成されていて、かつ燃料を入手しやすい、蒸気機関車が選ばれたというわけだ。

　以後、東海岸の移動はその蒸気機関車による――のだが。

　カトーは、移動しやすい沿岸ではなく、内陸部という名の死地へ、生を求めた。

　四輪・二輪を問わず、内陸の土地を満足に走れる車両は、いまだ存在しない。

　なぜなら、代わりに陸舟が生まれたからだ。

　再開拓地の出現に往年の血を沸き立たせた爺さん共が作り上げた、新たな足だ。

　どういうわけか知らないが、特定の金属塊に電気を流すと、地表二、三フィートほどを浮遊することがわかった。また同時に、地上の大気が変化したか、熱のせいか、あるいは遮蔽物たるビル群が失われたからか、内陸部にはときおり強い風――通称、小さな新たなる澄風（リトル・ニュー・クリア・ウィンド）が吹くようになっていた。

　人々は――といっても再開拓したい奴ら限定で――陸舟と呼ばれる荒野を走るヨットを作った。乗り込むのは大抵ろくでもない連中だ。

　カトーは、その一人となったのである。

　鉄道を避け、わざわざ陸舟に乗り込んで、フレンディアナまで出てきた。そうやって賞金稼ぎを内陸部にまで誘導してから、東海岸の北端、第六ニューイングランドまで戻ってきたのだろう。まったく、

「大したもんだよ。よく陸舟の連中に売り渡されなかったな」

「おうよ。もっと褒めてくれ。なんせおれにはベルヌーイ様がついてるからな」

　小さく顎をしゃくったカトーは煙を吐き捨て、煙草を灰皿に押し付けた。膨らんだ煙がカウンターを滑っていった。

「またそれか」俺は思わず鼻を鳴らした。

「だが、フレンディアナに寄ったのは失敗だったな。それで俺に見つかった」

「失敗なもんかよ。あんたは話の分かる賞金稼ぎだった。他は違った」

　他は違った？　なら、なんで生きてる？

　俺が追い始めるよりも早く、カトーは他の賞金稼ぎたちに追われていたはずだ。

　どこまで真実を語っているのかは分からない。しかし普通の賞金稼ぎなら、かけられたふたつの賞金の内、より楽で高額なキングスを選ぶはずだ。なにしろキングスのかけた賞金は生死問わずで、ブラッドリーのは生け捕り限定なのだから。

「お前、これまでどうやって生き延びてきたんだ？　見たとこ、強くはないだろ？」

「別に何もしちゃいないさ。移動を始めてからふたつ目の街で、最初の陸舟の船長がこれ以上無理だって言ったんだ。代わりに、ある女を紹介された」

「また女か。そいつが守ってくれたのか？」

「まぁ、そんなところさ。ただまぁ、賞金稼ぎを追っ払ったのは女じゃないけどな」

　そう言って、カトーは不味そうにバーボンを呷り、バーテンにもう一杯頼んだ。

「あいつは賞金稼ぎを守ろうとしてた。だが、決まって、賞金稼ぎは誰かに殺されちまうんだ」

「なんだって賞金稼ぎを守る？　別の誰か？　誰だ？」

「おれが聞きてぇよ。街に着いたらジェシーは姿を消して、血の匂いを香水代わりに帰ってくんだ。片手にゃ真っ赤な山刀（マチェーテ）。なにがあったかなんて、聞くと思うか？」

「俺なら聞かないな。血の匂いがする女に声をかけるのは自殺行為だ。おっかない」

「なんだよ！　おっさん、冗談も言えるんじゃねぇか！」

　カトーは大声で笑い出し、バーカウンターを叩いた。

　なにがおかしみの火種になるのか、分からないものだ。

　俺はカトーの狂態に呆れつつ水を飲んだ。カビでも浮いていそうな苦み。背後でスイングドアが軋む音がした。

　俺の意識は腰に吊るした相棒に向いた。近づいてくる気配が、同業者のそれだったのだ。それも、血気盛んな、殺してから考えるタイプの――。

「おい、てめぇがグッドマンか！？」

「だったらどうした！？」

　カトーは即座に大声で答えた。バカめ。