第7話
詐術。
錯覚。
自己暗示。
渡辺灯河を生贄とし、女神が仕掛けた”儀式”。
B級以下の勇者にも優越感を与え、自信を生み出させる。
生贄は最底辺――E級勇者。
同じ”勇者”という俎上に意味がある。
選別された感が出る。
選ばれた感が出る。
「く、そ――」
俺は死ねないけどこの仕打ちにイライラする。
「――【金色龍鳴波、ドラゴニックバスター】――」
迸る光。
レーザーみたいな太めの光が俺のすぐ横を、通り抜けた。
ドゴォン!
反射的に振り向く。
俺の背後の壁に、穴が空いていた。
桐原だった。
使ったのだ。
固有スキルを。
S級のスキルを。
俺にあてるつもりだったのだろうか。
わからない。
桐原がダルそうに俺を眺める。
ゴミを見る目。
ゴミを憎む目。
「消えるならさっさと消えろよ、ゴミ」
「――――ッ!」
イライラする。
わかっている。
クラスメイトたちが今、女神に逆らえないことは。
それは仕方ない。
だが、
「…………」
最後に放つ言葉が、それなのか。
これから一人死地へと送られるクラスメイト。
その相手に対して放つ言葉が、それなのか。
ローブ男たちが桐原のスキルに驚いている。
「うおぉ!? LV1なのにあの威力! タクト殿はこの先、まことに楽しみな勇者さまですな!」
「ん?」
桐原が何かに気づく。
「【スキルLV】が上がったとか、通知みたいなのがきてるんだが」
「おぉなんと! 一度使っただけでレベルアップとは! タクト殿は経験値補正まで凄まじいときましたか! E級勇者とは段違いですな!」
山田がゲラゲラ笑う。
「おいおいおい? なんか底辺勇者クンが一人で打ちひしがれてんぞぉ〜? ぎゃはは! ま、因果応報ってやつだな! バスん中でおれに逆らうとか身の丈合わねーコトしてっからだよ! ざまぁみろや! いや〜でも三森が無様に死ぬ姿は見ときたかった気もするなぁ〜! すっげぇ残念だわ〜!」
完璧再生に精神は含まれない。
イライラする。憎い。理不尽だ。悔しい。なんで俺だけ。誰か。誰でもいい。助けて。慰めて。 怒りが沸き起こる。
自分に酔った声。
顔を上げる。
頼りなく目を開く。
クラスメイトたちの顔。
勝ち誇った顔。
優越した顔。
クラスメイトたちの声。
俺を罵倒する声。
俺を馬鹿にする声。
大半が場の空気にのまれていた。
完全に。
もしかすると全員ではないのかもしれない。
だが、全員の状態を判断する余裕などない。
ひたすら目につくのは、俺を見下す顔と声。
「では、そろそろ転送開始ですね。トーカ、改めて最後に何か言い残すことはありますか?」
最後、か。
…………。
取れた、気がした。
ずっと自分にかかっていた、フィルターみたいなものが。
今まで抑えていた何・か・。
鬼灯燈火は”本当の自分”ってものを抑えて生きてきた気がする。
なぜか?
簡単だ。
トラブルを避けるためだ。
誰かにとって人畜無害な自分であるために。
自分を殺して、過ごしてきた。
なんとなく、わかっていた。
本当の自分はまた別なのだと。
ひたすら無害のイイ人でいようとする自分。
だが時おり、暴性の自分が顔を覗かせた。
鬼灯燈火は抑え込んでいた。
もう一人の自分を。
本来の自分を。
「…………」
俯いた俺は、
歯を剥き、
笑った。
「くたばれ、クソ女神」
口にしてから、自分で驚く。
でも、
なぜか、
スッキリした。
クラスメイトたちも一瞬、面食らった顔をしていた。
女神は能面だった。兵士たちは俺に矢を放ったり、剣や短剣を投げつけてくる。痛いけどもうどうでもいい。笑いが止まらない。
「慈悲の心で黙っていましたが……そういう態度なのでしたら、いいでしょう」
女神の瞳に濃い闇が溜まっている。
「あなたがこれから送られる廃棄遺跡の最下層には、不適格とされた屈強な勇者や戦士たちもたくさん廃棄されてきました。そして、生きて遺跡を出た者は一人もいません。定期的に遺跡の点検に行く調査隊だけがわかる目印が入口にあるのですが……その目印に変化があったことは一度もありません。つまり、ただの一人もあの遺跡から生きて出られた者はいないのです。」
笑顔を満面に輝かせる女神。
「せいぜい無様にお死になさいませ、トーカ・ホーズキ」
強く青白い光が俺を包み込む。
「慈悲の心で黙ってた、だと? はっ……よく言うぜ。さっきは答える必要がないとか、言ってたくせによ」
女神を、見据える。
確かくと。
「もし生きて戻ったら――覚悟、しておけ」
「生きて戻ったら? ふふふ、冗談きつすぎですね――ありえません。最期に底辺らしい強がりの遠吠え、ご苦労さまです。」
奇妙な浮遊感。
視界が、消える。
果たしてクソ女神にちゃんと見えただろうか――
最後に中指を立てた、廃棄勇者トーカ・ホーズキの姿が。
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