第6話

 少し前の女神の言葉が思い出される。


『ご心配なく。最低ランクにも、使い道はあります』


 唾をのむ。

 俺に、何をさせようっていうんだ……。


「くっ」


 躊躇、してしまう。

 先へ踏み出すのを不安が押しとどめる。


「行け」


 ぐいっ


 周りを固めている兵士の一人が、鞘の先で背を押してきた。


「死にたいのか?」


 だめだ。

 逃げられない。

 いや、死なないけどさやっぱっ怖いじゃん。

それに俺の固有スキル隠蔽かかってるし知られたらいいようにされるにきまってる。

くそ。

 こんなの……。

 嫌な予感しかしない。

  俺は兵士たちに連行された。

 魔法陣の中央へと。

 俺は、女神に呼びかけた。


「あの、女神さまっ」

「はい?」


 よし。

 今度はスルーされなかった。

 みんながいる手前、反応しないわけにもいかなかったのだろう。


「何が始まるんですか? なぜ、最初が俺なんです?」

「トーカ・ホーズキ。この2‐Cの中であなたは最低ランクの勇者です」


 それはさっき聞いた。

 唯一のE級勇者なんだろ?


「過去を遡ると、最低ランクの勇者は役に立たないどころか……大抵は上級勇者の足を引っ張る存在でした。ですのでE級にあたる勇者は、ある時から――」


 女神の目もとが妖しく弧を描く。



「廃棄することになったのです」



「……え?」


 廃棄?

 処分って、ことか……?


「ですが、いきなりその場で処分となると今まで関係性のあった他の召喚者が処分される光景を見てショックを受けてしまいます。意外とそのショックを長く引きずってしまうのですよね〜。それを避けるため、城の牢に移動させてから殺したこともありましたが……その話があとあと上級勇者たちに漏れて揉めたケースもありました。そこで私たちは――」


 慈悲を湛え、両手を広げる女神。


「最低ランクの勇者にも再起のチャンスを与えることに、決めたのです!」


 再起の、チャンス?


「ど、どういうことですか?」

「そこにある転移魔法陣で、最低ランクの勇者をとある遺跡へ転送するのです」

「遺跡……?」

「転送先の遺跡から生きて地上へ出られた場合は、あとはもう干渉しないという取り決めをしています。アラインはその者に、自由に生きる権利を与えます」

「き、危険な遺跡なんですか?」

「さあ? 私が答える必要がありますか? ただ、過去に危険度大と判断された罪人などの大半はその遺跡へ送り込まれていますね〜」


 要するに生きては出られない場所か。

 まあ俺は死ねないけど。


 処分場。

 誰もその手で死刑を執行しなくていい。

 死体処理もしなくていい。

 送り先の遺跡ですべて、処理してくれるのだから。

 おそらくはさっきの三つ目オオカミみたいな、バケモノが。


「そ~ですね~……では特別に、遺跡の名前だけ教えてさしあげましょうか。名は、通称――」


 女神の口がその名を紡ぐ。



「”廃棄遺跡”」



 俺はうな垂れる。

 こぶしを、握り込む。

 なんだよそれ。

 廃棄って。埋め立てゴミみたいなものか


「あの…女神様廃棄される前に俺のいや、私の質問を二つお願いを叶え____


俺の言葉を遮ったのは、ひと際大きな舌打ち。


「見苦しいやつだよな、おまえって」


 舌打ちの主は、桐原。


「おまえごときがオレの貴重な人生の時間を浪費させるなよ。ったく……せっかく普段は気を遣って空気扱いしてやってんのに」


 苛立ちまじりの桐原のため息。


「ていうか、もういいよ……さっさと終わらせてくれ。みんな終わるの待ってんだよ。特に女子とか疲れてるだろうしさ。かわいそうじゃん」


 女子の一人が色めき立つ。


「き、桐原君っ――」


 次々と女子が続く。


「ヤバい! マジ優しい!」

「さすがだよね!」

「空気読めすぎっていうか、桐原って気遣い溢れすぎ!」

「逆に鬼灯ウザすぎ! 何様なわけ!? 空気読めっての!」

「あいつ自身が空気なんだから、空気とか読めるわけないじゃんっ」

「プークスクス! 言われてみればそうだわっ! ウケる〜!」

「ダダ捏ねんなよ!」

「さっさとしろよ!」

「こちとら疲れてんだよ!」

「うぜーよ! 往生際悪すぎ!」


 途中から男子までまじり始めた。

 山田はニヤニヤしている。

 

「いいでしょう、最期なんです」

”さすが女神さまやさしー” ”早く終わらせろよな”などと歓声が沸き起こる。

一方女神はみんなの前で笑顔で宣言した後こちらを向くとうんざりしたような顔で、ただし声だけはさっきと変えずに俺の質問に答えるようだ


「では一つ目これは質問ですね、廃棄遺跡には出口はありますか」

「はいありますよ、上を目指せば地上に出れるはずです」

そうかさすがにそこまで鬼畜ではないようだ


「では二つ目これはお願いですね、今の私は手ぶらですこれじゃあチャンスにならないのではないでしょうか」

女神の表情ががらりと変わり見下すような表情になる。


ガチャッ ガチャガチャッ


「え?」


 女神が俺の足元に何か放り投げた。


「本?」

「勇者のユニークアイテムです」


 鎖で巻かれた辞書のようなものだ。

 

「召喚される際、勇者には特別なアイテムが付与されます。」


 本を見おろす。


「俺の、ユニークアイテム……」


 2−Cの面々がざわつく。

 皆”そんなのあったっけ?”みたいな顔をしている。

 女神が先回りし、説明を入れた。


「大丈夫ですよ。皆さまがまだ眠っている最中に回収し、今は別室にて大切に保管してあります。後でちゃんとそれぞれにお渡ししますから。本人が使う方が効果も高いですしね。」


 俺は気づいた。

 女神たちはさりげなくエグいことをしている。


 もし強力なユニークアイテムが、召喚直後の勇者の手元にあったら。


 反抗しようと暴れ出した場合、手こずるかもしれない。

 だから目を覚ます前にユニークアイテムを回収した。


 女神がフフッと微笑む。


「強力なユニークアイテムが召喚時に付与される点も、勇者召喚がありがたがられる理由の一つですね。さて――」


 皮袋を見据える女神。


「試しに魔素を注入してみましたが、あなたのそのゴミは発光するだけですね。」

「発光?」

「要は灯りですよ。遺跡内は暗いと思うので、きっとそれなりの灯りにできると思いますよ〜。あと、本に宝石が一個ついているので……無事に地上へ出られたら、売り払って当面の生活費にできますね! 素晴らしいです!」


 女神が両手を広げ、背後の2−Cの面々へ振り返る。


「皆さま、ご覧になりましたね? 私が今ほどトーカ・ホーズキに与えた慈悲を……そうです、どんな底辺にも生きるチャンスは与えられるべきなのです。女神は慈悲を与えます……どんな弱き者にも! 廃棄される、E級勇者にさえも!」


 なんのアピールだ……。

 再び女神がくるっと俺の方を向く見下すようなうんざりしたようなそんな顔だ。


「ですが今の皆さまに慈悲は必要ありません! なぜなら皆さまは彼より優れているからです! 自分自身に強力な力が、あるからです!では次で最後ですね」


「ここにいる2−Cの生徒の全員が勇者です! そんな勇者の中にも序列は存在します! おそらく等級の違いに不安を感じた方もいるでしょう! もしかすると自分は優れた人間ではないのかもしれない……ですが、安心してください! あなたたちは選ばれたのです! 優秀なのです! ごらんなさい、彼を――トーカ・ホーズキを!」


 クラスメイトが一斉に俺を注視する。


「彼も紛うことなき勇者! ですが皆さまとは違いがあります! 皆さまはD級以上! 確実に誰・か・より優れた存在なのです! つまり、持って生まれた側の人間なのです!」


 E級勇者にも使い道がある。


 よく、わかった。

 あの言葉の意味。


 生贄。


 S級勇者やA級勇者。

 上級の彼らは”選ばれた感”がある。

 逆にB〜D級とされた勇者はモチベーションが低くなるかもしれない。

 異世界に来ても自分の序列は低いのだ、と。


 だが自分が同じ条件の”誰か”より上なのだと認識できれば、己の存在意義を見い出せる。


 自分を、保てる。

 あいつよりはマシ。

 自分はまだマシな状態。

 鬼灯燈火よりは、マシ。

 自分は廃棄遺跡とやらに送られなくて本当によかった。

 よかったよかった。


 自分はまだツ・イ・て・る・。












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