火と農耕の祖 龍
”
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広く知られている通り、飛竜と龍はまったく異なる系統樹に属する完全な別種の生命体である。飛竜と人族とを、遡れば同一の祖先を持つ遠い親戚と喩えるのであれば、龍は全くの赤の他人と言える。
前肢後肢の退化した蛇や中肢の退化した四つ足の六肢動物などの例こそあるが、多くは外見、あるいは退化した肢部の痕跡から判別可能である。
前肢一対と後肢四対の合計十肢を持つように見える
極地方に住まうペンギンの大腿部がそうであるように、蜘蛛様の下半身を覆う球形の脂肪塊部には大腿骨、脛骨、踵骨までが埋もれている。八本の脚に見える部位は実際には八本の足指であり、熱砂地方に適応した指行類の一形態に過ぎない。
四肢系生物と六肢系生物は捕食・被捕食関係にない。
この二系統は鏡合わせのアミノ酸結合様式を有しており、互いに消化吸収ができないためである。
季節ごとに餌や水を求めて移動する移動性動物の住む地域でもなければ、四肢植物の縄張りは六肢動物にとっては不毛の土地であり、 六肢植物の縄張りは四肢動物にとっては不毛の土地となる 。つまりは二系統の動物は生態系単位で分離されており、二系統間の生存競争は土地と日照を奪い合う植物の領分である。
にもかかわらず、六肢動物である龍が四肢動物である人族に危険視される理由は、龍が火を扱う生き物であるからだ。
その歴史は人族を含めた亜人種全てよりはるかに古く、少なくとも800万年前には龍が火を用いたと思われる痕跡が見つかっている。
龍は体内に魔力袋、
龍はこの能力を原始的な焼畑農業、及び播種農耕に用いた。
四肢生物の生息域に火を放ち、その焼け跡に自らと系統を同じくする植物の種子をばら撒く。そうやって彼らは自らの属する六肢生物の生存域を着々と広げていったのである。
人族にとって幸運であったのは、龍があくまでも肉食性であり、彼らの農法がそれ以上の発展を見せず農耕に連なる技術発展が停滞したことだろう。この他ごく初歩的な畜産が行われた程度で、人族ほど器用な前肢を持たない龍の技術進歩は袋小路に至る。
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その巨大な爪と牙以上に多くの人命を奪う炎故に龍はあらゆる四肢動物の天敵であり、人族にとってもまた恐怖の象徴であった。
勇敢な人族の個体が火と農耕技術を龍より盗み出して後も、正確に風を読み、羽ばたきでもって延焼を自在に操る龍はほとんどの地域において人族の定住を妨げる要因として長らく人族の発展を阻害してきた。
唯一の救いは龍がその巨体を維持できる魔力濃度、すなわち酸素濃度が人族のそれより大きく上回ることである。限られた高地において、生存を魔力袋に頼らねばならない龍に対して、かろうじて人族は龍に対抗することができた。
古典時代における集落周辺の樹木の伐採、濠の形成などは人族同士の戦争よりも先んじて龍対策として行われたようで、無論これらは対人族の備えとしても有用であった。少なくともこの時代においては共通の敵の存在は人族同士の平和に繋がる抑止力をもたらしていたようである。
この頃に成立した龍殺しの英雄譚は数多く見られるが、そのほぼすべてが飛竜を相手取ったものであることがわかっている。
つまるところ、当時龍の討伐は不可能の代名詞であった。ほぼ同等の戦闘能力を持つ飛竜の討伐が困難を極めながらも達成されているにもかかわらずである。
これは龍の棲み処が未開かつ、六肢植物の領域であるため道中の食料を現地調達できず、龍自体の肉も食用に供することができなかったことが主要因であるだろう。
加えて、巨獣の狩猟の常套手段であった沼沢地、起伏地、切り立った崖への追い込みが、飛行能力を持ち、また体重の軽さからほぼ通用しないことは両種に共通しているものの、飛竜が人族に傷付けうる皮膜状の翼をしているのに対し、龍が鱗に覆われた強靭な翼をしていることも一つの要因である。巨体で空を飛ぶに必須となる上昇気流を火災により自力で発生させられるため、飛竜に比べて身体の軽量化の必要性が薄いことからの進化であるようだ。
人族が火と農耕を手にした後、時代が下り中世期に至っても龍は人族の天敵であり続けた。より大きな環境の改変能力を得て版図を広げる人族は龍からの強い敵視を受けており、散発的な放火活動が行われていたのである。龍は田畑が人族にとって重要な食糧生産上であることを理解しており、急速な人族版図の拡大に対し積極的な妨害を行う傾向が強まったのだ。
六肢動物と言えば、
上記の要因から、基本的に六肢動物は足が四本、残りの二肢が攻撃肢や翼に変化していることが多い。 前者の例として
つまり、龍の翼は飛行用としての用途以外にも攻撃手段としての使い道があるということだ。
龍の顎は意外なほどに弱く、また前肢の可動域は意外なほどに狭い。これは前肢の可動域を広げた場合、翼の土台となる胴体部の安定性を欠くことになるためだ。ウェイトバランスの関係から龍の尾は比較的短い。
それゆえに、最大の武器である後足を用いた空中からの強襲に失敗したとき用いられる第二の武器、それがこの巨大な翼である。
飛竜の皮膜状の脆い翼に比して、竜の翼は全面が鱗に覆われた頑丈な作りをしており、非常に鋭利な鱗の羽ばたきは、龍より小さな体を持つ動物にとって致命的な一撃となる。
しかしながら致命的であるという点において、龍にとって翼を損なうことも同様である。
龍はごく一部の鱗を失うだけでも二度と飛行できなくなることすらありえ、龍狩りにおいて風切鱗は牙よりも爪よりも討伐の象徴として珍重されたほどである。
古来より非常に高価な装飾品として取引されてきた龍の風切鱗は今、流通量の増加からその値を下げ続けている。龍はその数を急激に減らしながらも、決して保護の対象となることはなく、その狩猟を推奨されすらしているのだ。
現在に至るまで、多くの大型獣が天敵から保護対象へと変わる中、唯一龍のみが人族の脅威であり続けてきた。龍が四肢の森に火を放てば、人族もまた六肢の森を焼き、切り拓く。繰り返し続けられる野焼き――龍と人族の闘争の歴史、四肢と六肢の断絶が人の版図と龍の版図の相中に、焼け野原として刻まれている。
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