第15話 変身ヒーローが異世界でハンターやる③

地平が湧き上がっていた。傾きかけた太陽を煙らせるおびただしい土煙とともにドロドロと空間を震わす地響き。

生物氾濫スタンピートは、ゼードラの目前まで迫っている。

ごくりと、誰かの喉が鳴った。

城壁内に設けられた通路は張り詰めた空気に満ちている。大人が隊列を組んですれ違えるほど広い通路は薄暗く、外界に面している側には狭間はざまが設けられ、そこから外の様子がうかがえる。

狭間の先には土煙の先頭を走る小型の竜種が見えた。刃爪小竜ブラヘスだ。ギャアギャアと半狂乱に喚き散らしながらこちらを真っ直ぐに目指している。

不思議な事に、その横には本来であればブラヘスの獲物であるはずの牙猪ファンボア達が並走していた。


眺めは良いが通気性の悪い通路は、緊張と焦炎石のきな臭さ、そして少しの埃臭さが漂っており、蒸し暑さも手伝って、迫る土煙を眺めているだけで精神を削られていく。

なぜならあの土煙はブラヘスやファンボアだけではなく、小型、大型を問わず様々な生物を潜ませているだろうことは、この場の誰もが予想しているからだ。

湧き上がる土煙を見据えるハンターや兵士たちの顔は、皆一様に血の気が失せていた。


『諸君!』


その時、要所要所に設けてある伝声管からダーマッドの声が響いた。


『諸君、恐れるな諸君。

 確かに、これだけ大規模なスタンピートは史上まれに見る。

 しかし、今諸君らが立つゼードラは人類生存圏の最前線を守護する要塞都市だ。

 この都市を抜けたものなど存在しない。

 この堅牢な城壁が破られた事など、過去一度たりともないのだ。

 今度の生物氾濫スタンピートがどれだけ大規模であろうとも、ゼードラの城壁が突破すされる事はありえない。』


それを聞いて、若干だが場の空気に活気がよみがえって来た。


『諸君らはハンターであり兵士であり、その本分は戦う事にある。人類に害成す獣を、竜を刈り取り人々の安全を守る事が諸君らの使命であると承知している。なぜなら、私もその一人であるからだ。

しかし私は諸君らに、今すぐ城壁を降り、あの群れに踏み込めなどと言うつもりはない。私は諸君らに最前線で戦ってもらおうとは考えていないのだ。

 諸君らは、我らギルドのみならず、この都市の、ひいては人類の大事な守り手であり、あたら失われて良い人材ではない。

 役職の如何に関わらず、無計画に修羅場へ放り込む事など出来はしないのだ。』


おお!と、蒼白に顔を染めていた下位ハンター達が色めき立つ。

先だっての説明では爆弾による遠距離攻撃に終始すると伝えられていたが、実際戦場を目の当たりにすると、不安と恐怖が彼らの理性を塗り潰しそうになっていたのだ。それに加え、普段からギルドの恩恵が薄い下位ハンター達は、どこかで使い捨てにされるのではないかと考えている節もあった。

ダーマッドはその卑屈な思いを完全に否定した。


『先程説明した計画の通り、諸君らには城壁内からの遠距離攻撃に終始してもらう事になる。

遠距離の攻撃手段を持たぬ者、また、矢や魔力が切れた者は、爆弾の投擲による攻撃を行ってもらいたい。

そのままスタンピートが消滅すればそれで本作戦は完了となる。

仮に、規模が縮小しても散開する気配が無い場合、城壁からの攻撃を続行するが、遠距離での攻撃が不効率と判断された場合に、初めて諸君らの腕を振るってもらう事となる。

諸君らはゼードラの城壁に守られ、また城壁も諸君らを守るだろう。』


最後にダーマッドは『諸君の奮戦を期待する。』と言って伝声管を置いた。

いつの間にか、周りから楽な作戦だ。そう言う声が上がっていた。


「これで報酬がもらえるなんて、楽な仕事もあったもんだぜ。」


「ああ。緊急招集でスタンピートなんて聞いた時には、どうなるかと思ったがよ。」


「定期的にやってくれないかしらね。この前新調した装備の支払いがキツイのよ。」


先程とは打って変わって弛緩した空気が漂っていた。むしろた安全と言う言葉を目の前にしめされて、意図的に楽観的な思考に陥ろうとしているようにも見える。

マリアは強い危機感を抱いた。必要以上に緊張している状態もまずいが、ここまで緩い状態もまずい。

死に直面した状態で、安全策を提示されたのだから気持ちはわかるが、戦闘がスタートしていない状態で、推測による楽観論を理由に油断してしまっては非常に危険だ。

油断は判断ミスや対応の遅れ、突発的な出来事でのパニックの下地になってしまう。

なんとか気を引き締めないと、とマリアが声を上げる。


「皆さん!気を抜き過ぎです!もう少し、緊張感を持たないと・・・」


「ああ!?大丈夫だって、硬い城壁に守られて、爆弾投げてりゃ終わる仕事なんざ、緊張しろって方が無理ってもん・・・」


「そのお嬢ちゃんの言う通りだ!!バカヤロウ共!!」


弛緩した場に、怒号が突き刺さった。

一瞬にして静まり返る通路。

怒号の主は、あの時の青色等級ブルーの男だった。


「な、なんだ、あんた!」


気圧されながらも、水を差された事に不満があるのか、騒いでいた男の一人が抗議の声を上げた。


「俺ぁ、銀の八葉シルバーリーフスのリーダー。ラルフ・ディットマンだ。」


抗議の声を上げていた男が戦慄し、周囲がざわめいた。

このゼードラでは知らぬものが居ない青色等級ブルーハンターチームのリーダーだ。あのグルドラを自身のチームのみで仕留めるなど、高い実績を誇っている。

ラルフが一歩踏み出すと、ゴツッと硬い床が鳴った。


「いいかひよっこ共。緊張しろとは言わねえ。余計な緊張はミスを生む。

 だがな、でかい戦闘を前に緩み切る奴ぁ、それ以上にバカヤロウだ!!

 そういうのは自然体なんかじゃねぇ。ただの油断だ。

 油断は必ず隙を生む。判断を誤る。咄嗟の対応が遅れる。そして最後にやってくるのがパニックだ。

 油断しきってるところに、予想外の一撃を受けてみろ・・・」


そこで言葉を切ると、一際浮かれていた一団を睨みつける。


「・・・死ぬぞ。」


それは、この場の誰よりも重く、真実を語る言葉だった。恐らく、彼の実体験なのだろうと推測する事は誰もが容易だった。

睨みつけられた一団は、死の経験に裏打ちされた言葉に、血の気が引いてしまっている。よく見れば、赤色等級レッド橙色等級オレンジのハンターばかりだった。

絶対的な経験の差が、彼らを震え上がらせてしまっていた。

―――だめ、今度は萎縮していまっている。このままじゃ・・・・


「はぁ~い。硬い話しはそこまでぇ。

 よぉ~くわかったわねぇ坊や達?いつも通り、気を引き締めていなさいって事よぉ~。」


ぽん。と手を打ちながら、男の脇から女性が進み出て来た。

気だるげな話し方ではあるが、硬直したその場の空気を壊すには、むしろプラスに働いてくれた。

女性は魔術職らしく、黒のローブを羽織っている。シンプルな外見は一見ただのローブに見えるが、光が当たっている部分が不思議な光沢を持っている。恐らく竜種の素材だ。よく見れば、中に着込んでいる装備も魔力伝導が高いものばかりだ。恐らくラルフのチームの一人なのだろう。装備だけでなくその物腰からかなりの実力者である事がわかる。


「ラルフぅ?気持ちはわかるけどぉ、脅してどうするのよう?

 もうすこぉ~し、言い方を考えなさいよぉ」


「いや、アデネラ。俺は、そんなつもりは・・・」


「あなたは顔が怖いんだからぁ、つもりが無くても怖がっちゃうのよぉ?」


「ぐ、むむ・・・」


あれだけ凄んでいたラルフが、押し黙ってしまう。その様子はこの場に似つかわしくない程に日常的で、間近にしているマリアがついつい笑いが込み上げてしまう程だった。

気が付けば、マリアだけでなく周囲からも押し殺した笑い声が漏れていた。

それに気付いたラルフが気まずそうに頭をかくと、アデネラと呼ばれた女性が「もう、あなたってば、そう言うところがダメねぇ~」と笑う。

押し殺されていた笑いが、いつの間にか明るい笑いになっていた。


「ラルフさんよ!さっきはすまなかった。経験の浅さが露呈しちまったな。恥ずかしい限りだぜ。」


笑いの中から一際大きな声が発せられる。革鎧の上に赤いジャケットを羽織っている剣士だ。先程射すくめられていた一団のリーダーらしい。

気恥ずかしそうにしながらも、もう大丈夫だという顔で謝罪する。


瑪瑙の釣り針アゲートフックのケン・ダグラスだ。あの銀の八葉シルバーリーフスのラルフ・ディットマンと一緒に戦えて光栄だ。」


そう言って、ケンは自分の持ち場に戻っていった。その背中には油断も過度な緊張も見受けられなかった。


「もう、大丈夫みたいですね。」


マリアがなんとかなったのを安堵するように胸をなでおろした。


「そのようだな。すまんな嬢ちゃん。あんたのお株を取っちまった。」


「い、いえ!わたしでは話を聞いてもらえませんから、ディットマンさんに言ってもらえて助かりました。

 そちらのお姉さんも、ありがとうございます。お陰様で、良い緊張感で戦えそうで。」


「あらぁ、あたしは何もしてないわよぉ?

 この人を叱っただ、け。」


そう言ってくすくすと笑う様は本人の美貌も相まって、同性のマリアから見ても非常に蠱惑的だった。


「それにしても、嬢ちゃん、あんた年の割に戦い慣れてるな。あのスタンピートを前に、浮足立ちもしない。周りが良く見ている。名前はなんてんだい?」


「あ、申し遅れました。マリア・アイゼンファウストです。よろしくお願いします。」


「改めて銀の八葉シルバーリーフスのラルフ・ディットマンだ。ラルフと呼んでくれていいぜ。」


「同じく銀の八葉シルバーリーフスのアデネラ・ディットマンよぉ。

 アデネラって呼んで頂戴。よろしくねぇ、可愛らしいお嬢さん。」


「名高いシルバーリーフスのリーダーと、副リーダーにお会い出来て光栄です。

 わたしの事もマリアと呼んでください。

 ところで、今日は他のメンバーの方はいらっしゃらないんですか?」


「あいにく、他の連中は休暇中でな。南方の方にバカンスに行ってるんだ。まったく、嫌なタイミングでとんでもねえ災害が起こるもんだぜ。」


急報は出したが、間に合わねえだろうな。とラルフさんがため息をつく。


「マリアちゃんはぁ、ソロでハンターをしているのぉ?見た所魔術職みたいだけど、一人で辛くないかしらぁ?」


「一応、チームは組んでいるんです。ただ、結成したばかりで登録がまだなのと、残り二人は森林の方に出てしまっていて・・・。今回の召集に参加できたのはわたしだけです。」


ほんと、こんな時にケンスケ様がいらっしゃってくれれば・・・。そうため息をついた時、二人が驚いた顔で私を見ているのに気が付いた。


「し、森林に出ているって、大丈夫なのかそりゃ!?」


「そうよう!もしかしたら、スタンピートに巻き込まれてるかもしれないのよぉ!?」


「あー・・・いえ、大丈夫です。間違いなく。あの二人なら、あれくらいのスタンピートで生き残るなんて余裕で出来ますから。」


「す、すごいのねぇ・・・」


「そいつぁ、人間なのかよ・・・」


全く心配していないわたしを見て、どうやら本当らしいと察してくれたようだ。

見る目がある人は、話が早くて助かる。


「じゃあ、まあ、何にしろ、今集中すべきは目の前の大厄災だ。

 お互い、つまんねえ事で命は落としたくねえな。マリアの嬢ちゃん。」


「はい!!

 あの二人に笑われないよう!きっちり働いて、しっかり生き残ります!!」


「その意気よぅ。さあて、そろそろ時間みたいねえ。」


そう言って、アデネラさんが顔を向けた先には、生物の大津波があと数分の距離まで迫っていた。



文字通り早鐘が響き渡る。スタンピートの警鐘かと思ったが、到達にはまだ少し距離がある。

訝しんだその時、城壁全体が鳴動し始めた。


「これはぁ・・・城壁全体に大量の魔力が流れているわぁ!」


鳴動はなおも収まらず、むしろ次第に大きくなっていく。

その時、通路がせり上がっていくのを感じた。


「え!?えええっ!?」


「落ち着け、マリアの嬢ちゃん。以前聞いたことがある。ゼードラの城壁には仕掛けがあるってな。

 ダーマッドが言っていた迎撃態勢ってのはこの事だろう。

 滅多にお目にかかれるもんじゃない。よおく見ておくんだな。」


ラルフさんがそう言っている間も、通路というより城壁そのものが組み変わっていく。

わたし達がいる迎撃用の通路はより高い位置へとせり上がり、攻撃がしやすい様に前面にせり出していく。

平らで滑らかだった城壁は、その構成を変え鉤爪や棘、鋲を打ち付けたものへと変化していく。


「凄い・・・!!まるで、城壁が鎧をまとっていくみたい!」


ゼードラの城壁の根元、全体の下部三分の一には丸太がまるまる入る程の、巨大な穴が空いている。

穴と言っても、穴の淵から50センチほどで底に行き当たる。事情を知らない者からすれば、装飾の一部としか見えないだろう。

その無用の長物とでも言える穴が、壁ごとせり出していく。せり出し方は上部よりも下部の方が前に出ているため、穴は斜め上を向く形になっている。

壁の前進が止まると同時に、穴から円錐形の長大な衝角伸び始めた。

それぞれの衝角は10メートルはあり、最下段は正面に向かって伸び、そこから上の段は壁と同じ斜め上に向かって構えられている。


「鎧の次は槍か。防御態勢なんて生易しいもんじゃねえなこりゃ。壁そのものが戦うための要塞だ。」


ラルフさんがニヤリと笑う。

他のハンター達も、これならば守り切れると確信したのだろう。一様に興奮した表情を浮かべている。


巨大な衝角が城壁を覆い尽くした時、続いていた壁の鳴動は収まり、代わりに重厚な鐘の音が鳴り響いた。

防衛体制が整った合図だ。


スタンピートはもう、目の前まで迫っていた。



【side:ダーマッド】

城壁上部に設けられた指揮所から戦況が見て取れる。

猛獣達の波は一度城壁にぶつかると水が流れる様にゼードラの西側全面に広がっていった。

ファンボアやブラヘスが壁を登ろうとあがき、複数のグラファンボアの突撃が城壁を揺るがす。

カバルクトスが衝角をガリガリと削っていき、草食性の四足獣までもが壁に体当たりを繰り返している。その中には森林の中に済む大型の狼、魔狼ワーグも混じっている。

本来は捕食者とその餌食になるもの同士が、一心不乱に城壁を越えようとしている。その鳴き声だけでも、地獄の怨嗟が湧き上がっているようだ。

一頭一頭は脅威足り得ないが、なにしろその物量が圧倒的だ。

鉄壁を誇る城壁と言えども、何もせずにいてはいずれは突破される可能性がある。


「左翼、第1から第5班、右翼、第15から20班は、中央に誘導するように攻撃を開始せよ。」


物資には限りがある、散発的に迎撃していたのでは効果が薄い。備蓄はあるとはいえ、物資は無尽蔵ではない。中央部に集結させた所を火力で圧倒する必要があった。


命令から数秒おいて、両翼の部隊が攻撃を開始した。

投擲される爆弾の導火線が尾を引き、着弾と同時に轟音と閃光があがる。着弾点付近にいた数頭を爆発に巻き込んだようだ。猛獣に埋め尽くされた平原にぽっかりと穴が空いている。

効果があると見るや、撃ち出される爆弾の数が増した。文字通り雨あられと降り注ぎ、爆音と閃光が戦場を埋め尽くしていく。

その合間を様々な魔術が駆け抜け、爆弾とは別の炎が上がり、紫電が走り、真空が爆炎ごと獣の群れを切り刻んで行く。

撃ち漏らした獲物を弓矢が捉え、無秩序に広がっていた生物氾濫スタンピートは、徐々に一か所に向かって集結させられていった。


「そろそろ、頃合いか。

 全軍、攻撃を開始せよ。逃げるものは撃たなくてよい。向かって来るもののみ迎え撃て。」


指令が飛んだ数瞬後、指令所から見える景色が一変した。立て続けに起こる轟音と何重にも重なる閃光に視界が埋め尽くされたのだ。

獣たちによる振動ではなく、爆撃による衝撃で城壁が震えている。


「これは・・・想像以上に強力だな。」


ダーマッドが戦慄する。爆弾そのものの威力は承知していたが、集中運用した際の威力がこれほどまでとは予想がつかなかった。

これまでの戦闘において、これだけの火力を発揮するには、王都の魔術師団一個大隊を動員する必要があった。

それが、爆弾を一般兵に持たせるだけで可能となるのだ。


「都市防衛の、いや、闘いの根本が変わるな。」


その後しばらくして攻撃中止の指令が発せられたとき、眼前に動く物はいなかった。


「圧倒的だったな。この結果を見てしまえば、あれほど深刻になる事もなかったと思える。」


「それは致し方ありませんわ。爆弾の本格運用は今回が初めてでしたので。」


「そうだな。しかし、兵器一つでここまで変わるものか・・・。

 ハンターの時代も長くないのかもしれん。」


「ダーマッド様・・・。」


「いや、なんでもない。それより、事後処理が残っている。我々はむしろこれからが忙しく」


なる。とダーマッドが言いかけた時、夕闇を切り裂いた一条の閃光が、ゼードラの城壁を焼いた。


「な、何事だ!!」


指令所を震わせる衝撃は一瞬だったが、生物氾濫スタンピートの比ではなかった。

寒気にも似た予感が体を襲う。予感に突き動かされるまま、乱暴に扉を開け外に飛び出した。

目の前の光景に愕然とした。

あれほどの生物氾濫スタンピートを防ぎ切り、その堅牢ぶりを証明した城壁が、一部とはいえ完全に


「なっ!?なんだ、これは・・・」


誰もわかるはずがない。戦場の全てを把握していたはずの自分が分からないのだ。この場にいる誰一人として、答えを持つ者など居ようはずがなかった。

誰もが驚愕と恐怖に呆然としている中、答えは突然、地平の彼方よりもたらされた。


甲高く焦げた空気を切り裂く咆哮。何百という金切り声が折り重なった様な鳴き声は、呆気に取られていた全ての人間の意識を、強引に引き付けた。


人々が目を向ける先には、夕闇が迫り空と大地の境目が曖昧になった所で、巨大な影が天を仰いで吼えていた。

その口と思しき部分は、未だに燻る炎が鈍く尾を引いている。

それを見た誰もが、瞬間的に理解した。先程の衝撃と城壁を溶かす程の一撃を放ったのはアレだと。


「あれは・・・あれは、なんだ・・・」


ひとしきり吼えた影は再び首を下ろしたため、背後の黒々とした山の影に紛れてしまっているが、山間から見え隠れする巨体は、ゆっくりと肩をゆする様に動いている。

歩いているのだ。それもこのゼードラを目指して着実に歩を進めている。

その時、脳裏で閃くものがあった。

予兆も何もなかった原因不明のの生物氾濫スタンピート。それを追うようにして現れた巨大生物。


生物氾濫スタンピートの原因はあいつか・・・」


ギリッと歯噛みした時、その影の中に赤く光る点が二つ現れた。位置としては揺れる尾の先端付近だ。光る点は規則正しく二つずつ数を増している。

その数が八個になったときある事に気づき戦慄した。

あの点は、あの影の主が光っているのだと。そして、尾の先端から発光し頭部へ向かって増えていると。

先程の衝撃を思い出し、溶け落ちた城壁を振り返った。


「ブレスだ・・・」


「ダーマッド様?」


次の瞬間、ダーマッドはあらん限りの声で叫んだ。


「総員退避!!!今すぐ西に面している城壁から離れろ!!!」


命令を言い切るかどうかというタイミングで、再び城壁に衝撃が走った。

眼前の地平から真っ直ぐに夕闇を貫く光の帯。

灼熱を束ねたそれは、再び城壁を焼くかに思えた。

しかし


「・・・?」


光の帯は確かに城壁の一部を溶かしている様だが、予想よりも損傷がはるかに少ない気がする。

ブレスが当たっている場所は凄まじい高温になっているはずだが、むしろその周囲の壁の方が赤熱化している。

当然その余波はこちらにも吹き付けているが、耐えられない程ではない。汗が噴き出るそばから乾いてしまう程の熱波に晒されながら、そのブレスの先端を凝視する。

ブレスが千切れバチバチと飛び交う火花の中に、全く異質な青い輝きが見えた。


「!!」


城壁ごと、後ろのハンター達を守る様に掲げられた光の盾がそこにあった。


「あれは!」


その光の盾の後ろには、一人の少女が必死の形相で歯をくいしばっている。

生命の一切を焼き溶かす様な熱量を受け止め、暴風の様な熱風が吹き荒れる中、更に輝きを増した光の盾が大きく展開され、彼女の詠唱が高らかに響いた。



美しき大海が如き大盾オハン!!!













 


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