第14話 変身ヒーローが異世界でハンターやる②

【翌日 再度:マリア=アイゼンファウスト】


ケンスケとエルを見送り、そっとため息をつく。

置いて行かれたからではない。自分の肩に乗った重責を考えると、気が重くなるのだ。


「それにしても・・・」


ひとりごちて、またため息をつく。先程より大きなため息は、早朝の広場に良く響いた。

マリアは脳裏に、これからの仕事を順に思い描く。

まず最優先させるべきは、チームを登録するための書類をそろえる事。これは別に難しくない。ギルドの窓口まで足を運び、未記入の書類一式をもらって来ればそれで事足りる。チームとは、元々ギルドに登録されているハンターが構成するため、身分証の提示や、個人を証明する書類等は必要ない。

申請時に登録されるハンターが、全員出頭する必要があるだけだ。

そして、その書類の冒頭に記載しなくてはならないのが・・・ここでまたため息が出る。


――――チーム名ねぇ・・・――――


何度考えても悩ましい。

数か月という日々を共に過ごして、ここに至るまで全く考えていなかったのだ。

あの時、パーティを組んでくれとお願いはしたものの、日々を忙しく過ごしている内に、チーム登録の事などすっかり頭から消え失せていたのだ。昨日今日、唐突に言われたところで、アイディアも何もあったものでは無い。

殊更、ケンスケ様が筆頭となるチームの名前なのだ。無様な命名など出来ようはずもない。

あの方に相応しく、唯一無二の最高の名前でなくてはいけないのだ。

何かヒントになるものはないかと、瞼の裏にケンスケを思い浮かべる。

時に優しく、時に厳しく、そして時に何よりも雄々しく猛々しく。


「はあ・・・ケンスケ様・・・・」


思い出しただけで胸が熱くなる。その視線を自分だけが独占出来たら、どんなに幸せな事か。

しかしそれは大それた事だ。ケンスケ様と自分とでは、全くつり合いが取れていない事は、この身に染みてわかっている。

ケンスケ様に指導いただいて、なんとか人並みに戦える程度にはなったと思う。しかし、無色の魔術理論改め白魔術理論は未だ完成には不足だらけで、そこへ至る道は遠く険しい。

本来なら自分などを隣に置いていただけるだけで、望外に勿体ない事なのだ。あの御方の深い慈悲を感じずにはいられない。


「せめて、ケンスケ様を失望させない様にしないと!」


マリアはヨシ!と気合を入れると、ギルドと図書館へ続く道を歩き始めた。




約12時間後

図書館で歴史書や神話関係の書物、偉人の伝記や、果ては体にいい食べ物などの本までかき集め、気になる項目からざっと単語を抜き出すという作業を延々と続けた結果、書類は山とは言えないまでも、広く取られている閲覧台を埋め尽くすほどになっていた。


「有望な単語は集められたわね。ここから有望な物を抜き出してしていきましょう。」


積み上げられたメモの山を満足そうに見上げ、マリアが疲れた顔で笑う。

気が付けば、図書館に居るのは自分だけになっており、入り口の周辺以外の明かりは落とされていた。

その中で、マリアが作業に没頭できたのは、マリアの机にいつの間にかランプが置いてあったからだ。


「誰だろう?司書さんが気を利かせてくれたのかな?」


引っ張り出した本を返却し、ランプを返しに入り口の横に設置してある司書机に向かう。

先程まで調べものをしていた閲覧スペースよりも若干明るいが、それでも司書机に置かれた明かりは、オレンジ色に暗闇を切り取っている。

その切り取られた景色の中心には、下を向いてなにか書き物をしている司書の姿があった。

白い詰襟のシャツに、肩まで伸ばした黒い髪を、無造作に後ろで結っている。伏せた顔立ちはわからないが、時折ランプの明かりを受けた眼鏡がキラキラと光り、知的な印象を放っている。


「あの・・・」


驚かさない様に、マリアが控えめに声をかける。

作業に没頭していた司書が声に反応して、顔を上げた。


「あ、調べもの、終わりましたか?」


――――あ、男の人なんだ――――


線が細いため、一見女性にも見えたが、声も顔立ちも男性のものだった。


「はい。だいぶ長居してしまって、すみません。」


「かなり、集中されていましたね。僕がランプを置いても、全く気が付いてくれませんでしたから。」


司書が図書館の退館記録表をマリアに手渡しながらおどけて笑う。知的な反面冷たい印象を持っていたが、穏やかな笑顔は愛嬌があるものだった。


「え!?あ!すみません!お礼もしていなくて!」


「いえいえ、図書館はそう言う事に使っていただくための場所ですから、気にされる必要はありません。」


マリアの署名がされた退館記録表を確認すると、司書は机から立ち上がり、お帰りはこちらからどうぞ、と正面のエントランスの方に歩き出した。

流石にこの時間ではエントランスの大扉は閉まっているが、その横に設けてある職員用のドアを開けてくれた。


「入館は夕方で終了するので、それ以降に退館される方はこちらを使っていただいているんです。」


ありがとうございましたと、マリアが扉をくぐる。


「もうだいぶ暗いので、帰り道はお気をつけて。」


マリアは司書に一礼すると、図書館を後にした。



図書館に通い始めて2日目。

マリアはあっさりと行き詰っていた。


「どれもこれも、悪くないんだけど、なんかこう・・・違うのよね。」


ひとりごちるマリアが向かう机には、びっしりと単語が書きこまれた何枚もの紙が広げられ、その悉くに赤い線が引かれている。

腕を組み、右手のペンの尻でこめかみを押して、じっと紙の上に目線を乗せている。

紙の上に並んだ単語は、それぞれが勇者を湛える言葉であったり、祝福する言葉であったりするのだが、言ってしまえば飾りが過ぎる言葉ばかりで、どれもこれも相応しくない様に思える。


「ん!お昼にしましょう!!

 こういう時は、気分を変えるに限るわ!」


マリアはしばらく悩んだ後、思い切って思考をストップさせた。慌ただしくガサガサと紙の束をまとめ始める。


ゼードラの図書館にはカフェスペースが設けてある。

最上階の店舗を経営しているのは、ゼードラでも老舗のカフェである「フロリアーノ」であり、港に拠点を構える本店と比べても、全く遜色が無いメニューを図書館を訪れる人々に提供している。

わざわざ港まで行かずとも老舗の味が味わえると評判で、昼時には図書館の利用者でなくともランチを食べにやって来る程だ。

マリアがやって来た時間も、昼食を食べる人々でにぎわっていた。見渡せば、ちらほらと図書館職員らしき人達の姿もあり、席はほとんど埋まっているようだ。


「あちゃー・・・ちょっと出遅れたかしら。」


空いた席は無いかと、店内を歩き回る。


「アイゼンファウストさん。こっち、空いていますよ。」


突然、マリアを呼ぶ声がした。

知り合いなど居ないと思っていたマリアが、驚いて振り向くが見知った顔は見つけられない。声のした方をキョロキョロと見渡し声の主を探す。


「こっちですよ。こっち。」


テラスの方で、手招きする人物がいた。

見覚えがある気がするが、誰だったかが思い出せない。記憶を探りながら手招きの主に歩み寄る。近づくと肩にかかったストールの柄が目に入った。図書館の司書である事を示す刺繍だ。


「あー!昨日の、司書さん?」


「覚えていていただけましたか。」


司書は立ち上がると対面にある椅子を引いて、マリアに座る様に促した。

ありがとうございますと言って、マリアが腰かける。すると、そのタイミングを見計らった様に、ウェイターがメニューを以ってやって来た。


「いらっしゃいませ。お食事になさいますか?」


「あ、はい。今日のおすすめは何ですか?」


「本日は、ファンボアの厚切りハムステーキとサラダを盛り合わせたパンケーキのワンプレートランチをおすすめしております。」


「では、それをお願いします。」


「かしこまりました。ランチデザートにロンモール牛のミルクとクック鳥の卵を使ったプディングをご用意しておりますが、ご一緒にお飲み物はいかがですか?」


「では、煎麦茶をホットで。」


「ありがとうございます。少々おまちください。」


注文を取り終わると、ボーイが足早に下がっていく。しっかりと教育されたきびきびとした動きに好感が持てる。おそらく、料理の味もそれに相応しいものだろう。

期待に、思わずマリアの頬が緩む。


「楽しそうですね。」


「え、あ!笑ってましたか、わたし。」


「ええ。こちらが微笑ましくなるほどに。」


「や、やだ。まるで食いしん坊みたいですね。」


司書はそんな事はありませんと薄くほほ笑んで、自分のカップに口をつけた。


「ところで、なんでわたしの名前をご存知なんですか?名乗った覚えはないんですが。」


「退館記録ですよ。昨日、書いていただきましたよね。」


あ、とマリアが納得する。


「連日、図書館で難しい顔をされていますが、何か調べものですか?」


「ええ。そんな様な物です。」


「よろしければ、何を調べていらっしゃるのか教えていただけませんか。

 これでも司書の端くれですから、ここの書籍のほとんどには目を通しています。

 何か、お手伝いできることがあるかもしれませんよ。」


マリアが数瞬の間逡巡する。別に隠す様な事でもないが、身内の話と言えば身内の話だ。意気揚々と話す内容でもない。とは言え、行き詰っているのも事実だ。


「実は、わたしが所属しているハンターチームの名前を考えているんです。」


「ハンター、チームですか・・・」


司書は意外そうに目を見張った。


「意外でしたか?」


「あ、いえ!なんというか、いや、そう。正直に申し上げると少々意外でした。

 てっきり、学生さんだとばかり思っていたので。」


読まれている本も歴史や神書ばかりでしたからと、司書が苦笑いする。

思い返してみれば、昨日のマリアの服装は普段着であった。そして今も、白のブラウスにこげ茶のベスト、濃緑のスカートと、どこかの学院生か研究者に見えなくもない。


「それで、ネーミングに使えそうな資料を探して図書館に来ていたんですが、どれもピンと来なくて・・・。」


明日には登録手続きに行かなくてはいけないんですがと、マリアがため息をつく。


「もし、ご迷惑でなければ、貴女のチームのイメージを聞かせていただけませんか?

 それに合わせた本をご紹介できると思いますよ。」


「ほ、本当ですか!?」


司書の申し出は、溺れた所に差し伸べられた救いの手のようにマリアには思えた。


「でも、なんで、そんなに親切にしていただけるんですか?」


「それが司書の務めであるというのが半分。」


「半分?」


「気づいておられないようですが、貴女はとても魅力的です。男としては、何を置いてもお手伝いしたくなってしまうのです。これがもう半分の理由です。」


「へぁあ!?」


想いもよらない言葉に、マリアが驚きの奇声をあげる。

マリア自身は全く自覚していないが、本来、マリア・アイゼンファウストという少女は掛け値なしの美少女である。ハンターと言う職業柄、年相応に着飾る事とは縁がなく、日々の糧を得るために依頼をこなし、怪我が絶えない上に、ケンスケと出会う前は精神状態も健全とは言えず、それが顔に出ていたため、持っているポテンシャルを発揮できていなかったに過ぎない。

しかし今は、ケンスケと出会い、白魔術の研究に道筋を見出し、ここ数ヶ月はむしろ心身ともに充実した毎日を過ごしている。今日の様に身なりを整えさえすれば、美形で名高いエルフ族にすら引けを取らない程の美少女として通用するのだ。


その証拠に、料理を運んできたウェイターが、こっそりとカップの下に紙きれを挟んで行った。

開いてみれば、名前と連絡先が書いてある。

それを見てウェイターに目を向けると、仕事をしていながらウィンクを返して来た。「ね?」と司書が笑いかける。


『お気持ちはうれしいですが、わたしには、全てを捧げると心に誓った方がいらっしゃるので。』


マリアが、そう口に出そうとした時、突如として警告の鐘の音が町中に響き渡る。

カンカンカンと掻き鳴らされる鐘は、刻限を告げる鐘の音とは明らかに違う。


「これはっ、緊急召集警報!!」


目の前で湯気を立てる料理に、一瞬名残惜しそうな目を向け、席を立つ。


「アイゼンファウストさん!!!どちらに行かれるんです!!」


「ハンターへの召集がかかりました!!義務を果たしに行ってきます!!

 本のお話は、またの機会に!!」


早口にそれだけ言うと、後ろを見ることなくマリアは駆けだした。



ギルドの集会ホールに通されたマリアは、既に装備を整えていた。

プライベートな外出とは言え、装備はマジックポーチに常備してある。更衣室などの人目を遮れる場所さえあれば、馴染んだ装備へ着替えるのに手間などかからない。


周囲を見渡すまでもなく、集会ホールには装備を整えたハンター達が集まっている。

ほとんどが下級ハンターだが、緑色等級グリーン青色等級ブルーの中堅ハンターも数組混じっている。

皆一様に何が起こったか知らない様子で、口々に憶測を話し合っている。


コツ・・・と壇上で足音が鳴った。


ざわついていたホールが静まり、全ての視線が壇上の人物に注がれる。

コツ、コツ、と重いブーツの音だけが響き、それは、視線の先の人物が壇の中央に到達するまで続いた。


壇上の人物、ダーマッドギルド長が固唾を飲むハンター達に向かって口を開く。


「皆、急な召集にも拘らず、よく集まってくれた。

 事は急を要する、今こそ、ハンターとしての義務の履行を求めたい。」


先日のにこやかな面持ちとはまるで違い、戦場に臨む戦士のそれだ。

その身には、先日執務室を訪ねた際に飾られていた真紅の鎧をまとい、二振りの剣を腰にさしている。

ダーマッドと言う人間の本質はにこやかな執務室の人ではなく、本来はこちらなのだと思える程に、漂う苛烈な空気は彼に似合っていた。

ダーマッドは一拍言葉を切ると、決して大きくはないがハッキリとホールの誰にも聞こえる様に、この事態を決定づける一言を放つ。


生物氾濫スタンピートが発生した。我々はその責務に置いて、ゼードラを守り抜かねばならない。」


ざわりとホールが揺れる。

生物氾濫スタンピート

文字通り、このゼードラを取り巻く自然に住まう生物が、津波の様に押し寄せる自然災害。

暴走した生物達は、その進路を邪魔する物を悉く蹂躙し続ける。


「詳細は彼女から説明がある。」


ダーマッドの言葉と共に、先日の女性が進み出た。

ダーマッドの秘書をしているグラーナ女史だ。ダーマッドと違って、先日の事務服を着ているが、その表情は同じように硬く切迫したものだ。

彼女が背後に垂れ下がっている紐を引くと、ゼードラ周辺の地図が壇上の背面に降りて来た。


「先程、西の森林中層に設置してある複数の物見台から緊急の連絡が入りました。」


彼女がどこからか長い棒を取り出し、地図上の赤い印を指していく。あれが物見台の位置なのだろう。


「報告では小型の肉食獣・竜種を先頭に、カバルクトスやグラファンボア等の中型獣種が複数確認されており、氾濫の中核を構成しているものと思われます。」


会場がどよめく。小型肉食竜程度であれば、下位ハンターであっても対応は可能だろう。しかし、中堅のハンターがチームを組んで対応する中型獣種が複数体いるとなると、戦力的にかなり厳しいと言わざるを得ない。特に下位ハンター達に走った動揺は、大きなものだった。

青ざめる者はまだいい方で、中にはへたり込む者や泣き出す者もいる。


「それで、スタンピートはいつゼードラを襲うんだ。」


そんな下位ハンター達を鬱陶しそうに一瞥した男が、一際大きな声を上げた。装備を見るに、青色等級ブルーのハンターだろう。

ダーマッドに目配せしている。わざと大声にした節もあるようだ。陰惨になりはじめた雰囲気を取り払いたかったのかもしれない。


「連絡を受けたタイミングから、先頭部との接触まで半日程の余裕があると考えられます。」


悲嘆半分、ため息半分といったどよめきが再び会場に広がる。災害の規模に対して、あまりにも時間が足りない。そえれは、この場にいる全員の共通認識だ。


「まさか、時間が無いとは言え、無策で俺達を放り出すつもりじゃないだろう。

 作戦はあるのか。」


「もちろん作戦は考えてある。」


今度はダーマッドが口を開いた。


「猛獣の群れに生身で相対するつもりなどない。スタンピートの件は執政官に連絡済みだ。

 執政官により本件は大規模獣害として承認され、これにより城壁は迎撃態勢を取る。

 我々は城壁内部の通路に陣取り、狭間(※城壁に設けられた狙撃用の窓)から、目標に対して攻撃を行い、これを撃滅もしくは撤退させる。」


「魔術師や弓使いはそれでいいだろうが、前衛職はどうする?さすがに、城壁の上からでは剣は届かんぞ。」


「心配にはおよばない。これを用意してある。」


ダーマッドが取り出したのは、バスケットボール程の陶器の壺だった。


「東国で開発された兵器で爆弾と呼ばれている。中には、炎焦石と魔石の粉末を詰めてあり、突端の布に火を着ければ10秒後に爆発する。取り扱いには注意しろよ。

 遠距離攻撃の手段を持たない者は、これを城壁の上から投擲してもらう。」


下位ハンター達に、安堵の色が浮かぶ。直接対峙するわけではなく、城壁からの駆除作業となれば、危険は激減する。


しかしマリアは、言い知れぬ不安をぬぐいきれないでいた。

それがケンスケ不在であるが故が、何かの虫の知らせであるのかはわからなかった。



【side:西の森林中層 物見台】

マリア達が召集されたちょうどその頃。

望遠鏡をのぞいていた彼は、緊張しながらも、安堵のため息をついた。

視線の先では、森林の木々の間から立ち上る土煙が、ゼードラへ向かって移動している。

緊急事態ではあるが、スタンピートの波はうまく物見台を外れてくれたようだ。石造りの物見台とは言え、中型以上の獣・竜種の襲撃に耐えられるほど強固な造りではない。ため息をついたところで、誰も咎められないだろう。

緊急連絡用の伝書鳩は飛ばしてある。この後、自分たちに出来る事はゼードラで上手く処理してくれる事を祈るだけだ。

望遠鏡を再び森林の奥に向けたとき、彼は驚愕のあまり喉から引き攣るような音が漏れた。

レンズの先には、何者かによってなぎ倒されて行く森林の巨木が映っていた。更には、巨木が姿を消す度に濛々と土煙が上がり、その周囲を飛行型の小型竜種が遠巻きに旋回している。


――――――な、なんだあれは!―――――


その時、土煙の中から灰色の塊が勢いよく持ち上げられた。同時に爆ぜるように木々が打ち上げられる。

巨岩にも見えるその灰色の塊には、目があり、塊を二つに割くように亀裂が入っている。

それは、巨大な岩ではなく、濃灰色の外殻に覆われた巨大な首だった。

巨大な首が天を仰ぎ、喉が震える。

鳴いた。と分かったその瞬間、音波ではなく空気そのものを震わせる振動が、彼と彼が立つ物見台全体を襲った。

目に見えない衝撃を受けて床に倒れると、建物がビリビリと震え、梁や柱がミシミシときしむ感触が伝わってくる。

地響きや木々の倒れる音が届かない距離にいてもなお、その咆哮のみで周囲に圧力を与える生物。それが、次第に近づいてくる。

ガチガチと歯の根が合わない。何度も立ち上がろうとするが、上手く足に力が入らない。右手は何かにすがるように望遠鏡をつかんで離さないが、こんなものが何になるというのか。

倒れた体勢では、物見台の柵の向こうは見ることが出来ない。青い空が石作りの枠に切り取られて見えるだけだ。

しかし地響きは次第に大きくなり、巨大すぎる地響きは、発生源がどれほど近づいたのかすらわからない。

気が付けば、彼は宙に舞っていた。

ガラガラと崩れ落ちる物見台と、そんなもの気にもかけずに進む巨体。地面に叩きつけられ意識を手放す直前、彼は金切り声にも似た咆哮を聞いた。


灰岩殻地竜グリロティアード・・・中深層の大型竜種がなぜ・・・」


その巨体が目指す先には、ゼードラへ続く街道が走っていた。







 












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