第13話 変身ヒーローが異世界でハンターやる①
アンナエル=マルディールがチームに加入する事になった翌日、例によって実力を見るためのガチ組み手が行われた。
結果は、可もなく不可もなし。前衛職として配置するには若干防御力に心もとなく、そもそもケンスケがいる。さりとてスピードを生かした霍乱と後方支援はマリアがいる。
エルフであるので動植物に造詣が深い事と、元々の職業が
「それにしても・・・」
と歌う白蛇亭の食堂で昼食を囲みながら、黒髪をかき上げてマリアが面白がるような様な顔をする。
健康的に焼けた素肌はきめが細かく、上等の絹地の様に滑らかで、誰もが美少女と認める端正な顔には、体を動かした後に訪れる爽快感が浮かび、気が強そうな切れ長の目は、今は愉快そうに細められている。
マリアが言いたい事は、ケンスケにとっても同様だった。
「あなた、見た目の割になかなかやるわね。
あんなクソ重い斧を、あれだけ振り回すんだもの、大したものだわ。
本当にスカウトなの?」
そう。このチームにおいては可もなく不可もくの評価を受けてしまうが、アンナエルの戦力は一般的なスカウトと比較した場合、破格と言って良い。
そして、アンナエルが振るう武器、様々な部品が折り重なり、いびつな斧のような形をしたそれは、
アンナエルの里では、単に
本来は常人では持ち上げる事すら難しい重量であるそれを、アンナエルは軽々と扱って見せた。
試しに、魔術で肉体を強化したマリアが持ち上げてみたが、元々の重量に加えて発生する遠心力は並大抵ではなく、発生した質量に引っ張られてまともに扱えない程だった。
マリアの好評価もうなずける。
「えへへ・・・。他の武器は重くて扱いにくいんスけど、戦神の神器だけは重く感じないんス。
これも、ご先祖様のご加護ッスかね。」
人懐っこい笑顔を浮かべて、アンナエルが照れたように笑う。
彫刻の様な整った顔立ちに、絹糸を思わせる金色の髪、青く輝く瞳は宝石の様だが、親しみやすい雰囲気であるのは、コロコロと変わる表情と物おじしないその言動に理由があるのかもしれない。
その場にいるだけで空気を明るくさせる、不思議な雰囲気をアンナエルは持っていた。
「組み手の前と後でエルの肉体に変化があるようだな。」
会話には参加せず、じっと中空を見つめていたケンスケが口を開く。
硬い毛質の黒髪を適当に切りそろえ、中の上くらいに部品が整った顔に、やぶにらみの目が乗っている。
厚手の作業ズボンとジャケットは30過ぎの男が着るには野暮ったすぎるが、全体の雰囲気は不思議と似合っていた。
ケンスケは、マリアとアンナエルの組み手、そして、ケンスケとアンナエルの組み手、それぞれを各種センサーを使って分析していた。
「肉体の変化ッスか?」
アンナエルの疑問に、ケンスケが答える。
「エルが戦っている間、魔力の流れや筋肉の状態を診ていたが、明らかに通常よりも肉体が強化されている。
そして、肉体が強化されている間、
「魔力が、循環しているという事ですか?そんな武器・・・」
聞いたことが無いとマリアは言う。
「この形状といい、もしかしてこれは
先日、マリアから借り受けた歴史書に書かれていた言葉だ。その書によれば古代遺物とは、有史以前の神代の時代に作られた、超常のアイテムの総称だ。総じて、人知を超えた能力を有していると言われているが、全く動かない物や使用目的が分からないものが多い上に残存数は少なく、一部の大国が管理している数点のみが確認されている。
「その可能性は高い。今、人類が持つ技術レベルでは、ここまで精密で複雑な武器は製造できないだろう。」
外観をまねる程度なら可能であろうが、内部機構や
「話が逸れたな。
使用者と――この場合はエルだな、と、
しかし、俺はここで一つ疑問に思った。魔力を循環させる理由はなんだ。と。」
「確かに。単に武器として使用するのであれば、稼働に必要な魔力を使用者から受け取るだけで事足りるはずですね。それを、戻す意味とは何でしょう。」
これは俺の推測なんだが、とケンスケがじっとアンナエルを見る。
その目には、言い表せない複雑な感情が漂っていた。
「
「指令ッスか?」
「この指令は前提条件として、指令を受ける側にその指令に従える機能が備わっていなければならない。
つまり、指令を受けて活性化する肉体を持っている必要があるんだ。」
――――つまるところ、マルディール家は、アラハバキを使用するために作られた一族の可能性があるという事だ――――
二人にばれない様に、ギリッと歯噛みする。
たまたまそう言う能力を持っていた一族かもしれないし、一族の能力に合わせてアラハバキが製造された可能性も考えられる。
真相はわからないが、かつて自身の身を人外へと作り変えられた経験からすると、その可能性は低いという気がしてならなかった。
「特定のDNA情報・・・あー、なんというか・・・マルディール家の血に働きかけているのだろう。
つまり、エルとアラハバキは、お互いがそれぞれを補い合っている関係と言える。」
ケンスケはなんとか作られた一族という、自分が思い至った結論を隠しつつ、言葉を選んでいく。
「確かに、
そこまで説明を聞いたマリアが、何か思い当たった様に顔を上げた。
一瞬、気づかれたかと思い、冷や汗が流れる。
「つまり、エルは、この武器を振える唯一の一族と言えるって言う事ですか!?」
「ほおおおお!本当ッスか!!凄いッス!!めっちゃテンション上がるッス!!」
キラキラと目を輝かせて興奮気味に話すエルに、ケンスケは胸をなでおろす。
しかし、アンナエルがふとピタリと動きをとめた。
じっとケンスケを見つめ、コロコロと変わる表情に疑問を浮かべる。
「ところで、ケンスケさんは、なんでそんな事が分かるッスか?実は伝説の鑑定士とかッスか?」
あー・・・とケンスケとマリアが互いに目くばせする。
本当にアンナエルを仲間にするなら、避けて通れない話がある。
「な、なんスか・・・、ボクなんか悪い事聞いちゃったッスか。」
「いや、そうじゃない。
ところで、アンナエル=マルディール。改めて聞くが、本当に俺たちの仲間になる覚悟は出来ているんだな。」
覚悟という言葉に、アンナエルは一瞬鼻白みそうになる。
「も、もちろんス!マルディール家のエルフに二言は無いッス!!」
「わかった。では、君に話しておかなくてはいけない事がある。」
既に食事を片付けたケンスケが先に席を立った。続いて立ち上がったマリアが、ついてきて、とアンナエルを促す。
向かったのは歌う白蛇亭の裏手、マリアの部屋だ。
普段は雨戸もカーテンも開け放ち、雑然としながらも明るい物置と言った風情のマリアの部屋も、今は雨戸もカーテンもきっちりと閉め切られ、部屋の中は真っ暗に塗り潰されている。明かりと言えば、マリアが手に持つランプくらいだ。
いつもの明るい物置を知る者からすれば、今は得体のしれない闇が蠢く土蔵へと変化してしまっていた。
「怖がることはない。見せたいものがあるだけだ。」
そう言って、アンナエルを椅子に座らせ、ケンスケが部屋の奥に向かって歩き始めた。
ランプはアンナエルの横に立つマリアが持っているので、濃い紺色の服を着たケンスケは、すぐに見えなくなった。
コツコツとなっていた足音が途切れ、部屋の中心辺りで振り返る気配がする。
「エル。よく見ておいてくれ。これが、君と共に戦うものだ。」
その瞬間、部屋の空気が波打った。
アンナエルからはケンスケの体が光り輝いている様に見える。実際、ケンスケの右胸からは眩い薄緑色の光が噴き出しており、ケンスケの前身を駆け巡っている。
「な、なんなんスかこれはっ!!」
アンナエルが驚愕とも戦慄とも取れる声で叫ぶ。しかしその叫びも、ケンスケから立ち上る破壊的な波動に打ち消されてしまう。
アンナエルにわかるのは、目の前に立つ男は圧倒的な破壊の化身であり、決して人の身ではたどり着く事が出来ない所に存在している事。ただ一点のみだった。
ここに居たくない。このままここに居続けたら、自分の命は消し飛んでしまう。そう確信しているのに、目が離せない。見る物全てに絶望を与える力は、同時に星の光の様に美しかった。
光の中にただ立っているだけのケンスケからは、触れただけで消し飛びそうな力の脈動が感じられる。その視線ですら・・・
――――あれ?――――
アンナエルがケンスケの目を見た時、全身を支配していた恐怖が消え失せていくのがわかった。
じっとアンナエルを見つめる目は、深く静かで、哀しみと恐れに満ちていたからだ。
思わず
――――泣いているッスか?――――
そう思ってしまう程に。
荒れ狂う力の中心に立つ男が、今は寒空に震える子犬の様に感じられる。
アンナエルは、過去の自分を思い出していた。
焼け落ちた建物。冬の空は曇り、痛む体から体温を奪っていく。助けを求めて声をあげるが、返ってくるのは寒々しい風の音。父も、母も、姉も、妹も灰になってしまったあの日。
この世に絶望した幼い日がフラッシュバックする。
気が付いた時には、アンナエルはケンスケに抱き着いていた。
「な゛っ!!!」
後ろで固まるマリアを無視して、アンナイルはケンスケの頭を抱え込むように抱きしめた。
抱きしめたのは過去の自分なのか、それとも目の前の男なのか。アンナエルにもわからなかった。
「大丈夫ッス。ケンスケさんをいじめる奴は、ここにはいないッス。もう泣かなくていいッスよ。」
ケンスケの相貌が驚きに見開かれる。しばらくどうしていいかわからず、固まっていたが、やがて膝を突きアンナエルの抱擁を受け入れた。
そしてその後ろでは
――――え、ケンスケさん、ショタ!?ショタなの!?ええ!!ボーイズでラブなの!?ふぁああああ!尊い!マヂ尊い!!ウケなの?ケンスケ様ウケなの!?アリかもしんない!いやむしろアリでしかない!!え、わたしどうしよう!記録用の魔術とか使えない・・・じゃあ、もういっそのことわたしと交えて3ピ(自主規制)――――
通常運転のマリアが一人妄想に悶えていた。
それから十数分後。
暗かった部屋の窓は開け放たれ、午後の日差しが差し込んでいる。
ベッドに腰かけるケンスケを囲む形で、マリアとアンナエルが思い思いの家具(椅子ではない)に座っている。
「ケンスケさんは、いったい何者なんスか?」
マリアが淹れたお茶をすすりながら、アンナエルが至極当然な疑問を口にした。
それを聞いたケンスケが、なんと言ったものかと思案する事数秒。
「俺は、この世界の人間じゃない。」
訪れる沈黙。ケンスケの言葉の意味を咀嚼するための時間が過ぎる。
「おとぎ話にある、天界とか魔界の人って事ッスか?」
そういう事でもないんだとケンスケがまた、思案する。
「この世界とは、技術や文化の発展が全く違う、別の世界からやって来たんだ。
そして、恐らくエルの
俺の世界には魔術も竜種も無い代わりに、化学という技術が発展していたとケンスケが言うと、そんな世界想像も出来ないと、アンナエルが驚く。横で聞いているマリアも同様に目を丸くしている。
――――そう言えば、地球の話をするのは初めてだったか――――
それからしばらく、地球の文化や技術の話が続き、新しい言葉が出る度に、アンナエルとマリアが興味津々に質問をするといった流れが繰り返された。
そして、話はケンスケが人外の力を手に入れた経緯に触れていく。
もはや人間の体ではない事、復讐の日々、恋人蜂谷サツキの死、そして、この世界に跳ばされたきっかけ。
いつの間にか、マリアもアンナエルも涙を流していた。
「お、おい。どうした。確かに面白い話じゃなかっただろうが、なにも、泣く事は・・・」
いいえと言って、マリアがケンスケの胸に飛び込んでくる。
「そんなにも、そんなにも、お辛い経験をなさっていただなんて・・・・おいたわしやケンスケ様・・・」
「ケンスケさん、頑張ったッス!すっごい頑張ったッス!!うええええ!」
最後のうえええで号泣して、ケンスケに抱き着いて来た。二人分の体重を受けて、そのままベッドに倒れ込む。
予想外の事態に、ケンスケが目を白黒させていると、マリアがケンスケの右胸に、おずおずと手を置いた。
「ここに、サツキさんが眠っていらっしゃるのですね。この方のおかげで、わたしは命を救われ、こうしてケンスケ様と会う事が出来ました。
新しい生き方を示していただいたのも、ケンスケ様と出会えたからです。」
ありがとうございますと、マリアが目を伏せる。
「二人とも、ありがとう。この世界での俺の成すべきことは未だわからない。
不甲斐ない男だが、どうか、よろしく頼む。」
昼食を取った後だったからか、窓から入る陽気が心地よかったからなのか、それとも、泣いて疲れたからか、またはその全てのせいか、ひどく安心した顔で眠るアンナエルとマリアを囲んで、いつの間にかケンスケも昼下がりのまどろみに誘われていった。
その夜、歌う白蛇亭。
もうすでに夕食の時間は過ぎ、食堂にはケンスケ達しかいない。
女将のソフィアも、明かりだけ消しといておくれね。と言って、宿の奥にある住まいに戻っていった。
ほのかに人の体温が残る食堂に、うっすらと冷えた空気が混ざり始めている。
「理論的におかしいんだ。」
誰もいない食堂に、ケンスケの呟きがよく通った。
ケンスケが見つめるテーブルの上には、
「ケンスケさん、なにがおかしいのでしょう?」
「エルがこいつの機能を使えない事が、理論的におかしいんだ。」
「ど、どういう事ッスか?」
「こいつには鍵がかかっている。
その鍵はマルディール家の血に組み込まれている。その証拠に、本来の機能を使う事は出来ないまでも、肉体的な恩恵をエルは受けている。
理論上、鍵は開いているはずだから、十分な魔力さえ供給してやれば、本来の機能を使えるはずなんだ。」
魔力が供給されている事は既に確認している。
一応、バリアブルアックスの情報を基に、アンナエルに変形機構のイメージを伝え、形状に変化が起きないか試してみたが、うんともすんとも言わなかった。
使用者の意思とは違う何かが必要なようだ。
「なにか、見落としがあると思うんだ。エル、何か心当たりはないか?
例えば、神器を継承する時に、特別な儀式があるとか。」
「心当たりは・・・ないんスよねえ・・・」
むむっとアンナエルが腕を組んで考え込んでしまう。
「戦神の神器は、マルディール家を継ぐエルフが代々継承してきたッス。次期頭首にはふさわしい肉体と精神が求められるッスが、特にこれといった儀式も無いんスよ。
なんていうか、戦神の神器を先代から受け取ってハイ終わりって感じッス。」
むぅと、今度はケンスケが考え込んでしまう。
「ヒントがあるとすれば、ふさわしい肉体と精神って所か・・・。」
ふむ、と唸ったケンスケがしばらく黙考し、何か思いついた様に顔を上げた。
「エル、君達エルフの成人とされる年齢はいくつだ?」
「えっと、15歳で成人の扱いになるッスが、人間族と違って身体の成長は60歳くらいまで続くッス。」
「なるほど。精神年齢と肉体年齢が、イコールではないという事だな。
では、もう一つ聞きたい。
先代の頭首が急逝するといったイレギュラーな場合を除いて、頭首の交代は概ね何歳の時に行われる?」
「えーとッスね・・・確か父上は、お爺様から70歳くらいの時に戦神の神器を受け継いだって言ってたッス。お爺様はどうかわからないッスけど、多分、父上と同じくらいの歳に継承してると思うッス。」
「成人から約10年後か・・・」
「どうしたんスか?なにか分かったッスか?」
「あくまでも、俺の推測だが。
エル、君はこれを扱うための肉体的な強度が足りないんだ。」
「強度、ッスか?」
「うん。鍵はそろっていて、魔力もある。であれば、残る問題はアラハバキ自身が、自分を持つには能力が足りないと判断していると、俺は考えた。
現に、君の父親も祖父も、すくなくとも肉体的な成長が完了してから、アラハバキを継承している。
特別な儀式を必要としないのであれば、稼働条件として考えられるものは、使用者の肉体がある一定の成長を遂げる事くらいだ。」
「つまり、僕が戦神の神器を扱えるようになるには、あと35年かかるって事ッスか・・・」
「・・・俺の推測が正しければな。」
「それでは遅すぎるッス!!!」
ダンッ!!とエルがテーブルに拳を振り降ろす。置かれたマグカップが3つガシャと振えた。
急なアンナエルの変化に、ケンスケとマリアが顔色を変える。
「ボクは、今すぐにでも皆の仇を取らなくてはならないッス!!悠長に構えてなんていられないッス!!!」
「仇だと?どういう事だ?」
アンナエルは、一瞬しまったという顔をしたが、吐いた言葉は元には戻らない。ぽつりぽつりと語り始めた。
「ボクの、ボクの故郷はもうこの世には無いッス。マルディール家の最後の一人がボクなんス。」
「最後の一人?」
「今から8年前、マルディールの家が収めていた村が、襲撃されたッス。」
思いがけない話に、ケンスケとマリアが息をのむ。
「見た事もない竜種だったッス。父上は戦神の神器を振って最期まで戦ったッスけど・・・息を引き取る寸前に、ボクに神器を託したッス。」
アンナエルが静かに
「
ボクはこの戦神の神器で、あの竜を殺さなくてはならないッス。みんなの仇を取るために。恨みを晴らすために。」
アンナエルの彫刻の様な顔に暗い炎が宿る。普段は明るく、コロコロと笑うアンナエルが、まるで別人の様に見える。
――――は――――
気が付けば、ケンスケは笑っていた。いつもの笑みではなく、かつて家族を、恋人を失った時の笑み。復讐に燃える、悪鬼の笑みが浮かび上がる。
「ケンスケさん?笑っておられるのですか?」
うすら寒い感覚に襲われたマリアが、ケンスケを見る。その目に浮かぶのは、不安と恐れ。
普段は隠されている、ケンスケの本性が顔を見せている事に、マリアは本能的な怯えを感じた。
「君の言う通りだ。アンナエル=マルディール。
それが理不尽に奪われ、怒りと怨嗟と悲しみに溢れたものであるならば、尚更だ。」
まとった陰惨な空気を揺らすようにケンスケが立ち上がる。
「いいだろうアンナエル=マルディール。かつてこの手で復讐を成した俺が力を貸そう。
その肩に背負った怨念を晴らすがいい。」
一瞬訪れる沈黙。マリアがケンスケに、不安そうな目を向ける。ケンスケはその視線と、アンナエルの必死な目を受けて、再び口を開いた。
「アラハバキを使う方法は、ある。」
「本当ッスか!!」
「要は、肉体的な成長、この場合は強度と言い換えても良い。それが足りないから、君はアラハバキから正式な主人と認められないという事だ。
であれば、選択肢は2つだ。アラハバキが求める肉体年齢になるまで待つか、無理矢理肉体的な強度を手に入れるか、だ。」
「ど、どういう事ッスか?」
「いやなに、30年分の成長を埋めてしまえばいい。方法は任せてもらおう。
ただし、命を落とす可能性がある上に、そもそもが推測に基づいた話だ。死ぬ思いをしたからと言って、必ずアラハバキを扱えるようになる保証はない。」
それでもやるか?というケンスケの問いに、アンナエルは考えるまでもないとかぶりを振った。
「是非もないッス。故郷を出てから今まで、ボクには光明すら見えなかったッス。
でも、今ボクの目の前には、可能性が現れたッス。これに手を伸ばさないわけにはいかないッス!」
「君の意思を尊重しよう。アンナエル=マルディール。」
マリアの目の前で、二人はがっちりと硬い握手を交わした。
その手を握りしめたまま、伏せたアンナエルの両目からボロボロと涙が流れる。
「あ、ありがとうございますッス!!ありがとうございますッス!!」
復讐を誓い、かつての故郷に別れを告げたはいいものの、成果も上げられず、それどころか、形見の神器すら満足に扱えない。
自らの無力とのしかかる使命に耐える日々は、出口が見えない暗闇を歩くようなものだった。日に日に心がすり減っていき、いつか自身の手で迎えることになるだろう終わりが見え始めていた。
そこに差し出された救いの手は、何よりも力強かったのだ。
「と、いう事でなマリア。俺とエルは明日の朝一番で森林に籠る。」
「「え!?」」
突然の言葉にマリアと、感動の真っただ中だったアンナエルの声が重なる。
「なに、心配するな。3日後に一度戻って来る。マリア、それまでチーム登録の手続きの準備を整えておいてくれ。戻ってきたらその足で登録手続きを済ませてしまおう。この前も言ったが、チームの名前は君に任せる。
そして、その後はマリアも参加するといい。この前の森林火災の件を考えると、新しい魔術の制御に難がある。もう一度鍛え直した方が良いと思うのでな。」
「「ええ!?」」
再び、マリアとアンナエルの声が重なる。が、その驚きはそれぞれ違うものだ。
――――あの森林火災って、もしやマリ姉が原因だったッスか!?――――
――――チーム登録の手続きに必要な書類をまとめて、同時に長期間のキャンプの準備、あああ、そもそもチームの名前はわたしが決めるんだった!!何も考え付かないわ!!何か資料を・・・図書館なら何かあるかしら?時間が、とにかく時間がないわ!!――――
「アンナエル、今日はもう遅い、今日は泊まっていくといい。部屋は、俺と相部屋でいいか?少々手狭だが、この時間からソフィアさんに用意してもらうのも気が引ける。」
「いえ。ケンスケさん。エルはわたしの部屋に泊まってもらいましょう。奥に使っていない部屋があるので、そこに予備のマットを運び込みます。」
「そうか?マリアがそう言うのなら、そうしてもらえるか。」
「かしこまりました。
エルもそれでいいわね?」
「ありがとうッス。お言葉に甘えて、一晩ご厄介になるッス。」
「ご厄介だなんて、同じチームなんですもの。気にする事ないわ。」
「そうだな。いっそのこと、こっちに宿を移してはどうだエル?」
「その方がいいかもしれないッスね。荷物と言っても、着の身着のままッスから、このままこっちに泊まる事にするっす。」
「そうだな。後日、改めてソフィアさんに話を通しておこう。」
「ありがとうッス。これから、よろしくお願いするッス。」
アンナエルがペコリと頭を下げる。実年齢は、ケンスケとマリアの間位なのだが、見た目が10代前半なので、どうしても年下のような感覚になってしまう。素直な仕草に、ケンスケもマリアも、顔がほころんでしまう。
「ところで、さっき言ってた、新しい魔術ってなんなんスか?
マリ姉の魔術ッス?」
「そう言えば、エルには言ってなかったな。
マリアは、魔力属性が無色でな、それを無色の魔術として独自の理論を作り上げたんだ。」
「えええええ!?そんな事が出来るんスか!?
マリ姉、めっちゃ凄い人じゃないッスか!!」
「そうだぞ。前例がない所から、独学で独自の魔術理論をくみ上げて、実戦に耐える魔術を編み出したんだ。
マリアはめっちゃ凄い人なんだ。」
「もう!ケンスケさん、やめてください。
独力では行き詰っていましたし、何より、ケンスケさんからの指導があったからこそ、今の理論まで持ってくることが出来ました。それに、まだまだ威力や制御に難があります。」
がむしゃらにもがいていただけですから、と照れくさそうにマリアが笑う。
それを見て、ケンスケがエルに目で語り掛ける。
―――な?凄いだろ?――――
―――めっちゃ凄いッス――――
「ちなみに、マリ姉のその、新しい魔術に名前は無いんスか?
無色の魔術なんて、長くて言い難いッス。」
「名前・・・・そう言えば、無色の魔術としか呼んでなかったよな?」
「そう、ですね、名前まで気が回りませんでした。」
「かぁーーー!駄目ッスねーー!!
そう言うのは、バシッとカッコイイ名前を付けておくもんスよ!!
よーし!ここはボクが、名前を付けてあげるッス!」
「え!いいわよ別に!まだ、完成してないし!」
マリアが抗議の声を上げるが、アンナエルは、はいはいとばかりに手を振り、無色・・・純真?純粋?・・・無垢ッスかねえ?と色々と名前を考え始めた。
「ちょっと!聞いてるの!?」
「決めたッス!!
無色の魔力、すなわち、無垢なる魔力ッス!!無垢から連想する色と言えば!」
「白かな?」
「ケンスケさん!正解ッス!
そこでボクは”白魔術”という名前を提案するッス!!」
ビシッと音が鳴りそうに突きつけられた右手の人差し指はマリアを指さし、これで決定だろうと言わんばかりの盛大などや顔でエルが決めポーズを取る。
「ほう。白魔術か。」
地球で白魔術と言えば、回復系や聖属性の清いイメージがある魔術全般を表すが、この世界に白魔術や黒魔術といった区分は存在しない。魔術とは魔力が引き起こす現象であって、そこに聖邪の区別は無いのだ。
しかし、白魔術という言葉が持つ清廉なイメージは、マリアが纏う白銀の輝きに相応しいように思えた。
「白魔術理論体系・・・悪くない。いや、良いんじゃないかマリア?」
「そ、そうですね。思っていたよりもまともで、ちょっと驚きました。
語感も良いですし、これからはそう呼ぶことにしましょうか。」
「やったッス!採用ッス!!」
良い贈り物をもらってしまいました、とマリアが笑う。
和やかな雰囲気がその場に満ち、明日から始まるそれぞれの今後に思いを馳せる時間が過ぎてゆく。
ランプに照らされたアラハバキが、鈍く輝いたかと思うと、ガチンと何かが組み合わされる音がしたが、笑い声に満ちたその場では誰の耳にも届かなかった。
―――chord name:Black ogre ―――
―――destruction target discovery―――
―――scheduled program start―――
―――sealed function open―――
―――blade form : unlock―――
―――impact form : unlock―――
―――shield form : unlock―――
―――ax form : Active―――
―――Tri Engine : standby state―――
―――system all green―――
―――awaiting orders―――
―――awaiting orders―――
―――awaiting orders―――
―――awaiting orders.....
―――awaiting or.....
―――awaiting .....
―――awaiti.....
―――a......
―.....
.......
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