第11話 変身ヒーローが異世界でハンターになる④

眼前には盛大に燃え上がる巨木。

近くに大きな水場も無く、さりとて水属性魔術もない。出来るのは殴る事。そんな消火能力の欠片もない俺たちが取った行動は、江戸を守る火消しさん達に倣うものだった。

つまり、火元の周囲にある可燃物を破壊する事による類焼の予防。

これにより、直径500メートルにわたる森林面積と引き換えに、大規模な山火事を未然に防ぐ事が出来たのはむしろ行幸と言える・・・のかもしれない。

いやほんと申し訳ありませんでした。


マリアの魔術イチイの樹は違えず獲物を穿つイヴァルの直撃を受けた木は、樹齢数百年にもなろうかと言う巨木で、

圧縮された魔力が元に戻ろうとして一気に膨れ上がった結果、周囲の魔素や樹の魔力と結びついて発熱・膨張したのだろうとマリアが推測した。

当然、カバルクトスの追跡と討伐、山火事の消火活動を行った俺たちに、依頼を受けていた素材採取をするだけの気力も体力も残っていなかった。とにかくこの事態を、誰かが見つけて下手に調査される前に、俺たちが先に報告するのが最優先で、依頼は後日に延期する事にした。


森林を抜け、街道と接触している所にギルドが管轄する森林監視員の詰所がある。

さも、慌てた体で報告した俺達は詰所に定期的にやって来るギルドの職員に付き添われ、ハンターギルドに戻ってきた。

一歩間違えば大災害になりかねない事件だったため、可及的速やかに且つ、詳細に直接ギルド本部まで報告しなくてはならないとの森林監視員の判断からだ。

当然ながら「オリジナル魔術の実験をしたら森が一区画消し炭になりました。」と馬鹿正直には口が裂けても報告できないので、起きてしまった現象に対して、もっともらしい推論を結び付けて報告する事にした。


要約すると以下の通りだ。

『季節外れの雷が局所的に集中して発生し、周辺で最も高い老木に落雷したようだ。その証拠に落雷があったとみられる老木が裂けている。

そして不幸にも山から吹き降ろす風が起こり、風にあおられて燃え広がってしまっていた様だ。

偶然にも、予期せず遭遇したカバルクトスを討伐した我々が現場付近に居り、落雷と火災の発生を目にした我々が急行することが出来たが、現場に到着した頃には、既に広範囲に類焼しており、不運にも我々は有効な消火手段を持ち合わせてはいなかった。

取り得る最善の手段を検討した結果、周囲の木(可燃物)を切り倒し、更なる類焼を防ぐ他無いという結論に至り、それを実行した。

結果的に500メートル程の森林を無許可に伐採する形となり、その責任は重く受け止めているが、状況を鑑みるに緊急的措置であり、大森林の大火災と、それに伴う生息生物の大暴走の発生を未然に防ぐ事が出来たと確信している。

余談ではあるが、生息域から逸脱したカバルクトスと、本来起こりにくい地形での群雷の発生等、何かの予兆である可能性が考えられる。云々』

と、微妙に事実と虚偽を織り交ぜつつ、事の緊急性のアピールと、咄嗟の判断によって大災害回避できた点を評価して貰え、更に迷信的な不吉の予兆を臭わせる事によって、暗に「事実改変が出来る様な頭は無いですよ」と取ってもらえるよう報告した。


まさか、組織に拉致される前、日々の報告書作成で培われたサラリーマンスキルが役に立つ日が来るとは思ってもいなかった。

書き方のコツを教えてくれた田中先輩ありがとうございます。

手馴れた様子で行われる事実改変に、マリアが胡乱気な目を俺に向けている気がするが、気の所為ということにしておく。


報告書を提出し、森林から同行しているギルド職員を交えた質疑応答が終われば帰れると思っていたが、俺とマリアは待つように言われた。

しばらく待っていると、3階にある別の部屋に通された。

普段ハンターが使用するのは、打合せや待ち合わせに使う部屋がある2階までで、3階に上がるのは初めてのことだ。確か、ギルド職員の執務室や会議室がほとんどだと聞いている。実際、廊下は2階と変わらない造りをしていた。

しかし、俺達が通された部屋は、執務室や会議室とは明らかに趣きが異なっている。

豪奢とまではいかないが、それでもそれなりに高価と分かる家具が置かれ、俺とマリアが腰を下ろしているソファも、飾り気は最低限ではあるが、肌触りのいい布、しっかりと体重を受け止めるクッション、艶が出るまで磨かれたシンプルな肘掛、どれを取っても丁寧な仕事がされている。

床こそ板張りだが、綺麗に磨き上げられ塵一つ落ちていない。管理が行き届いている証拠だ。

恐らく、この世界の一般家庭では目にすることがないレベルの調度品だ。

その証拠に、先程からマリアがガチガチに緊張している。

ゆったりと座れるソファにも、浅く腰掛け背筋を伸ばしたまま微動だにしていない。


「マリア、別に取って食われる訳でもないんだ。もう少し寛いだらどうだ?」


「むむむむ、無理です!!こんな高級家具、なるべく触れないようにするだけで精一杯です!」


むしろケンスケさんはなんでそんなに普通でいられるんですかと、信じられないものを見るような目で俺を見てくる。

そう言われても、こちらの身分を把握した上で通された部屋なのだから、荒らし回るならともかく、当たり前に使う分には緊張する必要も無かろうと思うのだが・・・。

そう伝えると、マリアの目が理解し難いものを見るような目に変化した。解せない。


そんなやり取りをしつつ、俺は出された紅茶を飲みきり、マリアの紅茶は冷め切った――――マリアは一切手をつけていない――――頃、入り口とは別の、部屋の奥にある扉が開いた。

現れたのは、煌めくような見事なブロンドを高く結い上げた、長身の美女だった。

濃紺の事務服をタイトに着こなし、伏し目がちに軽く頭を下げた。


「大変お待たせいたしました。ギルド長がお会いになります。どうぞこちらへお入りください。」


見た目通りの凛とした声で、俺たちを奥の部屋に招き入れる。


奥の部屋は、待合室とは比較にならないほど広い部屋だった。

間取りから考えると、このフロアの中心部分のスペースは、ほとんどこの部屋が占めている。入って右手―――廊下側―――の壁にドアがある事から、直接この部屋に入る事も可能なのだろう。

左手―――中庭側――――の窓は大きく取ってあり、まだ夕方に差し掛かった程度の日差しを充分取り入れられ、室内を明るく照らしている。

対して廊下側の壁には明り取りなどは無く、ドアを除き書棚が所せましと設置され、本だけではなく資料を閉じたファイルなどが整然と並べられている。

そして一番目を引いたのは、入り口から真正面に位置する壁に掲げられたギルドの紋章旗と、それを背にして交差する様に置かれた二振りの剣と、それに手をかけて鎮座する一組の鎧だった。

余分な装飾などは削ぎ落とされ、機能を追求した作りの鎧は実用的であり、修繕跡やうっすらと残る傷から、極限の戦場で実際に使われていた事がうかがえる。

それを纏う者は、相応の実力を持った戦士なのだろう事は想像に難くない。

その鎧の前に飾られているのが、対を成すと思われる二振りの剣だ。一振りは美しく装飾を施された白銀に輝く剣、そしてもう一方は、黒革の鞘に金細工が施された武骨な剣だ。共に刃は見えないが、ギルドの修練場に似た細かな模様が地金に施されている様だ。何かしらの魔術を使用する剣なのかもしれない。

そしてその鎧の前に立ち上がり、にこやかに俺たちを迎えたのは、偉丈夫と呼んで差し支えない、見ただけで頑健と分かる男だった。

恐らく鎧と剣の持ち主なのだろう。シャツにベスト、ゆったりとしたスラックスを履いており、ラフな印象を受けるが、その下には長年の鍛錬と実戦で培われた強靭な筋肉が隠されているのがわかる。


「やあ!よく来てくれた!

 呼びつけておいて、待たせてしまって申し訳ない。

 ゼードラのハンターギルド長、ダーマッドだ。さ、さ、かけてくれ。」


男―――ダーマッド―――は人懐っこい笑みを浮かべて、エグゼクティブデスクに向かい合うように置いてある椅子をすすめる。ちらりと俺をみただけで、そそくさと自分の椅子に腰かけた所を見ると、礼儀にうるさい人物では無いのかもしれない。


「さて、二人を呼んだのは他でもない。

 カバルクトス討伐と森林火災の件だ。」


予想していた質問に俺は平静を装うが、マリアが一瞬息を飲むのがわかった。恐らく、このダーマッドギルド長にもそれが分かったのだろう。チラリとマリアに目をやったが、すぐ机の上に広がっている書類に目を落とした。

慌てそうなマリアに落ち着くように目で伝えると、勧められた椅子にゆっくりと腰を下ろした。


「報告書は既に提出してあるとおもいますが・・・?」


「報告書は読ませてもらったよ。

 一ハンターとは思えない、見事な報告書だ。ギルドの公認書式にしたいくらいの出来だったよ。

 以前は事務職か何かをしていたのかな。」


「残念ながら記憶がないもので、なんとも・・・」


ああいいんだ。気にしないでくれと、ダーマッドが手を振る。その表情は、こちらを探るものではなく、単純に世間話の延長で話しただけのようだ。


「そんな事よりも、今回の功績は大きいと私は考えている。

 突発的な獣害の排除並びに大災害を未然に防いでくれたのだからな。

 このところ、大きな竜害も獣害も無かったのでね、どことなくギルドの気が緩んでいた事は否めない。

おかげで、内部の空気も引き締まった様だ。

これで組織管理という物も難しくてね、その手助けをしてくれた二人に、どうしても直接会って礼を言いたかったんだ。」


まあ、組織の事は置いておいて。と言いながらダーマッドが立ち上がる。


「君達のおかげで、国民に被害が出ずに済んだ。ありがとう。」


そう言ってダーマッドは深々と頭を下げた。


「だ、ダーマッド様!!」


扉の横に控えていた先程の女性が、驚愕に声を上げる。

ゼードラハンターギルド長。つまり、この都市のみならず国家防衛の一端を担う組織であるギルドのトップ。その一人が、功績を上げたとはいえ、ただの下位ハンターに頭を下げたのだ。

ただ事でない事は理解できる。

思わず制止しようと腰を浮かせた時に、そのままの姿勢でダーマッドが言葉をつづけた。


「良いんだグラーナ。

 私はこの都市を、国を守る者の一人として彼らに礼を言いたいのだ。

 勇敢にその責務を全うした人物に対して頭を下げることは、決して恥にはならないだろうさ。」


そう言って、ダーマッドは頭を上げようとしない。

後ろの女性―――グラーナは、どうしたものかとオロオロしており、マリアに至っては予想外の事に完全に固まってしまっている。


「ダーマッドギルド長。どうか、顔を上げてください。

 お気持ちは充分頂戴致しました。

 それに、組織の長たる方が、軽々に頭を下げる物ではありません。」


俺がそう言って、ようやくダーマッドは頭を上げた。


「この感謝はギルド長ではなく、ダーマッドという一人の人物から受けたと認識します。

 ですので、そちらの女性もご心配なさらず。他言も致しません。」


そうだなマリアと、念を押すとコクコクと何度もうなずいている。

ダーマッドは気にしていなかったようだが、後ろに控えたグラーナからはピリピリとした雰囲気が伝わってきていた。


「そう睨むなグラーナ。

 この報告書と言動を見るに、彼らはここでの出来事を吹聴するほど愚かではないと思うよ。」


ダーマッドの言葉でやっと納得したのか、小さなため息とともに刺々しい視線が消える。そのままグラーナはギルド長室から出ていき、しばらくすると数枚の書類を以って戻って来た。

ダーマッドに確認を取ると、こちらをどうぞと言って、その書類をこちらに差し出す。


「今回の迅速で賢明な判断と対処に対して、依頼の報酬の他に些少ではあるがギルドからも報奨金を出す事にした。

 どうか受け取って欲しい。」


・・・ですか?」


マリアが疑問を口にする。俺たちは、素材の採集依頼の他には何も依頼を受けていない。その依頼も目下継続中であって、完了した依頼には心当たりがなかった。

ダーマッドは俺たちの疑問に答える事はせず、書類に目を通すように促した。


「ケンスケさん!これ、ガンドルフィーニさんからの指名依頼書ですよ!」


書類を読んでいたマリアが驚く。


「ガンドルフィーニさんの?」


「そうだ。経緯を説明すると、ガンドルフィーニ氏は君達と別れた後、その足でギルドに依頼を出したんだ。それも君達を名指しでな。

 驚いたのはギルドの職員だよ。

 この国でも5本の指に入る豪商が、言い方は悪いが駆け出しの無名ハンターに指名依頼をしたんだ。

しかも内容はカバルクトスの追跡と討伐。通常なら青色等級ブルーが4人がかりで挑む内容だ。とてもじゃないが、赤色等級レッド橙色等級オレンジで処理できるとは思えなかった。」

 

功績なんぞ立てずとも、会ってみたくなるさ。とダーマッドが笑う。

あの人がそんな大人物だったとは・・・人は見かけによらないもんだ・・・。

なあ?とマリアに話しかけると、真っ青になってガタガタと震えている。


「ど、どうしたマリア!?」


「・・・した・・・・ぁ・・・し・・・・」


「え?」


「あたし、やっちゃった・・・すんごい偉い人の前で泣くわ喚くわ・・・・とんでもない醜態を・・・え、詰んだ?あたしのハンター人生詰んじゃった?貧困のド底辺に落ち込んだあたしは、これから一生、薄汚い妓楼の性奴隷として一生を過ごすしかないの?そんな事なら初めてはケンスケさんにもらって欲しかった・・・・ん?あれ?なんなら今からでも間に合う?いやむしろこれを口実にしt・・・」


「せいやっ!」


「眉間が割れるっ!!!」


ゴギンと鈍い音を立てて、後方に向かって直角に曲がった頚部と、人体をあり得ない角度に曲げる程の威力のデコピン。そしてそれを真正面から受け止めた額を抑えて痛みに耐えるマリア。

ダーマッドと後ろの女性が人外を見る目になる。

何するんですかと、マリアが涙目で俺を睨む。


「落ち着けマリア。ガンドルフィーニさんが失望してたら指名依頼なんか出す訳がないだろ。」


受け取った書類には依頼内容の他に報酬額も記載されていた。その額、大金貨6枚。

下位ハンターが受注できる依頼の報酬の平均が、中銅貨10枚(約5000円程度)である事から、その額の異常性がわかる。

これは、純粋な依頼報酬と言うより、コネクション作りのための先行投資と受け取った方が正しいだろう。


「お墨付きをもらった訳ですね。」


「まあ、そう言う事だな。物品に限らず人物の目利きにも定評があるガンドルフィーニ氏のお墨付きだ。もし真に有望な人物であるなら、ギルドも是非良好な関係を築きたいという事だ。」


そして君達は、疑問の余地が無い実績を上げた。そこまで言ってダーマッドは一度言葉を切り、にやりと笑ってそれに・・と続けた


「予想よりも、大物な様なのでね。」


人懐っこい顔の裏から向けられる視線が、鋭さを増した気がした。ギルド長の名は伊達ではないのだろう。誠実さと打算が同居する食えない男というのが、ケンスケが受けたダーマッドと言う男の印象だった。



【side:ダーマッド&グラーナ(ギルド長室)】

一仕事終えたとでも言うように、ダーマッドがエグゼクティブデスクに腰かけている。


「よろしかったのですか?功績を上げたとはいえ、下位ハンターにあのような・・・」


「ん?ああ。君はあの二人の、目を見なかったのかな。

駆け出しの下位ハンターと言えども、あんな目をした人間を粗雑な扱いは出来ないよ。」


「目・・・ですか?」


「まず、マリア=アイゼンファウスト。以前、ロビーで見たことがあったが、その時は疲れた子犬の様な印象だった。

しかし、今日の彼女はどうだ。まるで強壮な軍用犬だ。自信と火のついた瞳を持っていた。

恐らく、あの男――――ケンスケ=キザキの影響なのだろうな。師事しているという話しは聞かないが、どうなのだろうね。全くの無関係という事は無いと思うが・・・。」


そこまで言って、にこやかに笑っていた笑顔が消える。まるで強大なモンスターを見たとでも言う様な顔でダーマッドは続ける。


「彼は・・・こんな所で熊退治なんかをしている様な男じゃない。

暗く深くそして絶望を知っている目をしていた。そして同時に、自分の強さに絶対の自信・・・いや確信だな。

自分は誰よりも強いという事実を当たり前に受け入れている目だ。

とてもじゃないが、まともに生きて来た人間がしていい目ではないよ。

彼は恐ろしく強い。藍色等級インディゴのハンターでもある私よりも。

服の埃を払う様な気軽さで、私の命を摘み取れるだろう。」


「そんな・・・あの男が紫色等級バイオレットハンターに匹敵するとおっしゃるのですか・・・」


まあ、私の勘だがね。とダーマッドが肩をすくめる。


「正直、彼の関心を引いていると言うだけで、剣先を向けられているような気持だったよ。彼の目から逃げたいあまり、つい、自分だけ先に腰かけてしまった。

 彼らに会う前は、殺気でもぶつけて実力を見てみようとも考えていたが、やらなくてよかったよ。」


チラリと窓の外に目をやると中庭が目に入った。

中庭と言っても、庭園などではなく訓練にも使用できるように、装飾や置物は省かれている。

当然、訓練で魔術を使用したりする場合があるので、中庭に面している壁はそれなりの強度を有している。

ハンマーの直撃にすら耐えうるはずの強化壁面を突き破って、男が一人吹き飛んできた。

そしてそのまま、土煙を上げつつ中庭を中ほどまで跳ね跳んで、ゴロゴロと転がったあたりでようやく停止した。

ボロ雑巾の様になってピクリとも動かないが、確か青色等級ブルーハンターだったはずだ。


「グラーナ。あそこの彼が、僕らの末路だったかもしれないね。」


皮肉気につぶやくと、執務椅子に腰をかけて窓の外を眺めはじめた。

意図的に転がり出て来た男から視線をはずしている所をみると、厄介事を思考から追い出そうとしているらしい。


「お飲み物でもお持ちしましょうか?」


「ああ。頼む。なにか・・・心が落ち着く物を頼む。」


「でしたら、先日、南方の良い茶葉が手に入りましたので、そちらをお持ちしましょうか?」


「いいね。砂糖を少し多めに頼めるかな?」


「かしこまりましした。」


そう言って、グラーナが退室していった。


「さて、君は英雄になるのか・・・それとも梟雄になるのか・・・・。出来れば、味方になってもらいたいな。」


誰に向けたでもないつぶやきは、再び上がったどよめきにかき消されていった。




【ハンターギルド受付】

ギルドの受付窓口は、入り口から見て左右に1か所ずつある。

俺達が一階のフロアに戻ると、時間も時間という事もあり、依頼が貼り出される掲示板と受付の周辺はがらんとしていた。

その代わり、一方の窓口はハンター達でごった返していた。

良く見れば、泥や血で汚れているハンターが目立つ。依頼が完了したハンター達が、報告や成果物の査定を申し込んでいるようだ。


ケンスケとマリアが二階から続く階段を降りて来る。

喧噪の主達は気づきもしないが、窓口から離れて、窓際にたむろしていた一つのグループが粘っこい視線を向けている。

より正確に言うなら、そのグループの1人だけがマリアとその前を歩くケンスケを凝視している。

厚手のシャツに金属を打ち込んだ革鎧を着こみ、腰の左右に片手剣とロングソードを下げている。いずれも使い込まれており、それなりの実力者である事がわかる。

砂色に近いブロンドを後ろに束ね、中性的な顔立ちはエルフの血でも入っているのだろうかと言う程整っているが、マリアとケンスケをねめつける目は陰湿に歪んでいる。

同じグループのメンバーの女性―――むしろ彼以外のメンバーは女性しかいない―――から話しかけられているが、適当な相槌を打ちながら視線は二人を捉えたままだ。


彼の目の前をケンスケが通り過ぎ、マリアが何事か話しながら横切ったときに、手に持った木製のジョッキをテーブルに叩きつけ、さも今気付いたとでも言うように、わざとらしく声を上げる。


「おやおやおやぁ?マリア=アイゼンファウストじゃあないですか。

 一匹狼を気取っていると思ったんですが、パーティを組んだとは驚きです。」


声をかけられて、マリアとケンスケが振り返る。

当然だが、ケンスケは彼に面識がない。マリアに知り合いかと尋ねたが、マリアの返事は予想外の物だった。


「・・・・・だれ?」


その言葉を聞いた男の顔が、一瞬ぽかんと弛緩し、徐々に怒りに塗りつぶされていった。


「ジェイド=メーサだ!!以前、君をうちのチームに誘っただろうが!

 覚えてないのか!」


喚く男―――ジェイドをじっと見つめながら、マリアがうーん?あー・・・んー?めーささん?そんな人いたかな・・・?と唸っている。

記憶を探っている様だが、どうにも該当する記憶が無い様だ。その様子を見てジェイドの顔が、さらに怒りに歪む


「このっ!力づくで思い出させて・・・っ」


ジェイドが一歩踏み出し、俺がマリアの前に出ようとしたとき、ジェイドの後ろから声がかかった。


「ジェイドさまぁ~。なぁにこの?」


妙に甘ったるい声で他のメンバーが集まって来る。

それぞれの装備から推測するに、僧侶、魔術師、野伏りの様だ。

恐らく、僧侶からのバックアップを受けつつジェイドが前衛となり、魔術師からの支援攻撃、野伏せりが後衛の警護を行うという構成なのだろう。隙が無いバランスが取れた構成と言える。

チームワークも――――


「ほら~。ジェイド様ぁ。そんなに怖い顔しないで~ぇ。美しい顔が台無しよ~。」


「そうですよ。あんな小娘より、わたし達とお喋りしてください。」


「見た所、まだ子供じゃないですか。ジェイド様が関わる程の事じゃないと考えます。」


順に、魔術師、僧侶、野伏せりのセリフだ。怒りに震えていたジェイドの顔が、みるみる傲慢さと自信を湛えたものになっていく。ある意味、非常にチームワークが取れている。


「そうだ・・・ですね。貴女たちの言う通りです。

 青色等級ブルーのハンターであるボクともあろう者が、子供相手に大人げなかった。

 強化アイテム程度の魔術しか使えないポンコツ魔術師を憐れんでパーティに誘ったんですが、他人の慈悲を理解できない程、頭もポンコツだっただけですから。

 そこの冴えない彼は、おおかた泣きつかれた挙句、お情けでパーティを組んであげてるのでしょう。

 それとも、子供に欲情する特殊な趣味をお持ちなんですかね?」


下種な笑顔に顔をゆがめて、具合はどうでした?と笑うジェイド。

ハッハッハと笑おうとして、二回目の「ハ」を言いきらない内に、もじゅんっ!!という不可解な音を口から吐き出し、カウンターの脇を豪速ですり抜け奥の壁に激突し、寸毫の間も置かずそのまま壁をぶち破り、建物の裏手にある中庭に吹き飛んで行った。


後ろに残ったのは、地面を転がった跡と、大穴が開いた壁、そして壁を補強していただろう鉄骨が、ジェイドが吹き飛んでいった方向に捻じ曲がり、その元凶たる位置には、マリアとケンスケが立っている。

ジェイドを良く見れば、胴体を覆う鎧にマリアの足型とケンスケの拳の痕がくっきりと刻み込まれていた。


「ひとつ、言っておくことがある。」


その場にいた誰もが息をのむ中、ケンスケの押し殺した声が、不気味に響き渡る。


「俺達を格下のハンターだと舐めるのは勝手だ。

 実際、俺は赤色等級レッドパートナーは橙色等級オレンジだ。

 だが、だからと言って俺の仲間を侮辱した者には、それ相応の報いがあると知れ。」


わかったなとケンスケが、ジェイドのチームメイト達を睨む。

その瞬間、その場で命を刈り取られる様な殺気がケンスケを中心に吹き荒れる。

その場にいた誰もが戦慄し、まるで一瞬にして石像へと変化したように硬直してしまった。


「か・・・かひ・・・」


直接殺気を向けられていない周囲の人間ですらそうなのだ、真正面から殺気を向けられた三人は息をする事すらままならない。

懸命に喉を喘がせるが、引き攣った喉は一向に空気を飲み込まない。いっそその場に崩れ落ちてしまいたいが、ガクガクと笑う膝は、期待に反してそれ以上の挙動を許さない。

直面した命の危機に対して、体が不用意に動く事を拒絶しているかのようだ。

磔けにされた死刑囚さながら、三人はその場に立ち尽くし苦悶のままジワリジワリと恐怖に心を削られていく他ない。

三人の誰もが思った。このまま意識を手放してしまいたいと。恐怖に慄きながら悶死するよりも、せめて眠る様に逝きたいと。


「ケンスケさん、もうそのくらいで」


動けるものは誰もいないはずの空間で、ケンスケの腕をそっと掴む者がいた。

怒りに滾っていたケンスケが、ハッと傍らを振り返る。

マリアが居た。


「警告はもう十分でしょう。」


冷や水を浴びせられた気分でケンスケは、今の状況を理解した。

その瞬間、まるで何もなかった様に霧散する殺気。

一気に解放された人々がその場に崩れ落ちる。ジェイドのチームメイト達は、緊張との反動で三人とも気を失っていた。


「その・・・マリア、すまない。

 自分へ向けられた悪意なら気にも留めないんだが、自分の大事な人達を侮辱する言動に我慢ならなかった。」


ケンスケがどうにも仕様が無い顔でマリアに謝る。その一瞬だけマリアがピクリと動きを止めた。

誰にも気づかれない一拍の間を置いて、マリアがケンスケの謝罪に応える。


「いいえ。あたしも、ケンスケさんに向けられた言葉は我慢できませんでした。

 それに、直接わたし達を侮辱した本人以外、被害はありませんし。

 何も問題ありません。」


そうですよね?とにこやかにマリアが周囲に問いかける。


これが酒場やカフェであれば、誰もが見惚れてしまう様な笑顔なのだが、マリアから目を向けられた先では、次々と歴戦のハンター達が壊れた様に何度も頷いている。

ハンターの世界は、良くも悪くも実力主義だ。たった今、その実力をまざまざと見せつけられたのだ。殺気だけで人を殺せるような相手に、逆らうような愚か者はこの場には存在しない。

それらの反応を確かめて、マリアが「ね?」とケンスケに笑いかける。


「そうか。それなら良かった。

 皆さん、お騒がせしてしまって申し訳ない。どうか、気を悪くしないでほしい。」


明らかに、武力を背景とした強要なのだが、意気消沈しきってマリアに慰められているケンスケは気づかない。


「こういう時は、パーッと美味しいものでも食べるに限ります!

 明日も依頼をこなさなくてはいけませんし、宿に帰ってご飯にしましょう!」


ケンスケには、落ち込んでいる自分を励ますために、マリアが努めて明るく振る舞っている様に見えた。

年下の女の子に気を使わせてしまっているなと、自分を叱咤し、気持ちを切り替える。


「そうだな!たまにはパーッとやるか!」


そう言って、未だ事のなり行きを見守っているギャラリーに向き直る


「皆に迷惑をかけたお詫びに、今日の晩飯は俺のおごりだ!!

 歌う白蛇亭に来てくれ!女将のソフィアさんには話を通しておく!!」


腫物を触る様に見守っていたギャラリーに火が灯る。

とかくハンターは金がかかる。中堅以上ともなればそれなりに安定した収入を得ることが出来るが、だとしてもハンターであれば常に食事を切り詰め、装備や長期の依頼に備えている。装備の良し悪しが、そのまま命に直結するからだ。

食事にスープをつけるかどうか、常に頭を悩ませるハンター達にとって、ケンスケの言葉は天啓にも等しかった。


「おごりだと!?酒は出るのか!?」


ギャラリーのどこかで誰かが叫ぶ。


「もちろんだ!好きなだけ飲み食いしてくれ!!」


うおおおおお!とハンター達が喝采を上げる。

そして、我先にと入り口に殺到していく。


「ちょ、ちょっとケンスケさん。ちょっと気前が良すぎるんじゃ・・・」


「なーに。グルドラ討伐の資金はたっぷりある。それに、恐ろしくて強い奴より、気前がよくて恐ろしく強い奴の方が、評判がいいだろ?」


ケンスケはそう言うと、正面の扉に向かって歩き出す。

マリアも慌ててついていくが、その後ろをぞろぞろと腹を空かせたハンター達が、群れとなって続いていった。


そして、その夜。

歌う白蛇亭の食糧庫と酒蔵をほぼ空にするまで続いた大宴会が終わり、ソフィアさんに説教され、疲労困憊でようやく部屋に戻ったマリアは、ベッドでケンスケの言葉を思い出していた。


――――げへへへ・・・大事な人・・・大事な人・・・わたしはケンスケさんの大事な人・・・げへへこれはもう告白通り越して求愛よね・・・結婚しゅる・・ケンスケさんと結婚しゅる・・・子作り・・・子作りしゅる・・げへ、げへげへげへ――――


彼女の夜は長い。

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