第7話 変身ヒーローが異世界でヒモになる②
空は遠く澄み渡り、山影から昇る朝日はその色を朱から白へと変え、夜の帳はなりを潜め、光が白々と街並みを照らし始める。
眠りから覚めた人々が、それぞれの一日をスタートするには、まだちょっとだけ早い時間。
空気は引き締まり、まだ冷たく湿気を含んでいる。頬に染み込む冷気は、瞼にしがみつく眠気を綺麗に取り去ってくれた。
窓際でさえずっていた小鳥が、太陽に向かって飛び立つその下で、俺とマリアは静かに対峙して立っている。
俺達が立つこの場所は、歌う白蛇亭の裏口から歩いて数分の所にある、50メートル四方程のちょっとした空き地だ。
草はまばらにしか生えておらず、踏み固められた土が露出しているこの空き地は、空き地の裏手に事務所を構える運送業者が荷置き場として使っているらしい。
もっとも、荷置き場として使われる事は稀で、普段はがらんとしており、子供達の良い遊び場になっている。
現に今も普段の例にもれず、荷物と呼べるような物は置かれていない。せいぜい空き地の角に荷造り用のロープが束になって置かれている程度だ。
当然、こんな早朝に空き地を訪れるような人間はおらず、目が覚めきらない朝の街並みに溶け込むように静まり返っている。
そんな静寂が包む空き地を、張り詰めた空が満たしていた。
10メートルほど距離を取り、緊張した面持ちのマリアがロッドを正面に構えて俺の隙を伺っている。
彼女の闘気とも覇気とも取れる気迫が寝起きの身体に心地いい。
それに対して、俺は全身の力を抜き、マリアの気迫を受け流しながら、ごく自然体で立っている。
対峙する事しばしの時間。
殊更に隙を隠している訳ではないが、なかなか隙が見つけられずに攻めあぐねているのか、マリアの表情に焦りが表れはじめる。
じっとマリアを見据えながら、俺は昨晩の事を思い出していた。
昨夜マリアは、人もまばらになった食堂で俺に戦い方を教えてくれと言った。
パーティーを組む事を承諾した時から、その話は聞いていた。今更という気もしないでもなかったが、彼女なりのけじめだったのだろう。
俺は空になったジョッキを脇にどけて、じっと返答を待つマリアに口を開いた。
「マリア。」
「はい!」
「戦い方を教える。これ自体は全く問題ない。元々そういう話だったしな。」
「はい!」
「とは言えだ。君が俺の戦い方を見たのは半分気を失いながらの一瞬の事で、俺に至ってはマリアが逃げ回っている姿しか見ていない。」
「・・・はい。」
「お互いにどの程度動けるのかが全く分からない状態では、何も教えようがないってのが現状だ。」
「・・・・」
俺が言葉を続ける度にマリアが消沈していく。いや、まだ話の途中だから、そんなに落ち込まないで欲しいんだが・・・。なんか、いじめている様な気分になってくる。
次第に、いたたまれなくなって来た俺は、結論を伝えることにした。
「で、だ。お互いの実力を把握するためにも、まずは一手、御手合せ願いたいんだが、どうだろうか?」
その瞬間、この世の終わりかと言わんばかりな顔をしていたマリアが、天使の降臨でも見たかのように笑顔になった
「はい!!是非!!是非お願いします!!このマリア・アイゼンファウスト、全力で御手合せのお相手を務めさせていただきます!!
いつがいいですか!?今からですか!!食後の運動ですか!?やっちゃいますか!?なんならそのままヤっちゃいますか!?」
それはもう、俺に組み付かんばかりの勢いだった。若干気になる発音もあったが、それよりも気になることがある。
「いや、さすがにこれからは無理だ。
酒も入ったし、なによりマリアの怪我が心配だ。せめて、数日は安静にしていた方がいいんじゃないか?」
「そうですね。
でも、ご心配いただ苦ほどのことはありません!
この程度で参るようなやわな鍛え方はしておりませんから。」
マリアはそう言って右手の袖を捲ると、グッと力こぶを作ってみせた。
「でも、そうですね・・・
おっしゃる通り、今日は大事を取って休むことにします!
一晩眠れば、完全に回復しそうな感じですし!」
「ぇ、マジで?」
ちょっとその回復速度は予想外だった。思いの外医療用ナノマシンとの相性が良いのだろうか?
確かに、裂傷はや痣はほとんど治りかけの状態に見える。先程からの動きを見ても、骨のヒビも問題ないレベルになっているのだろう。
調整を受けた改造体と同レベルとまではいかないが、かなり高い回復率の様だ。
「よしわかった。では、明朝の朝食前に一手、御手合せ願おう。
場所は・・・この辺りに開けた公園かなにかあればいいんだが、マリアに心当たりはないか?」
「それでしたら、宿の裏手に空き地があります。私有地ですが、普段は使われていませんし、早朝ならなおの事問題はないかと思います。
「そうか。では明朝、そこで待ち合わせるか。」
「はい!わかりました!!」
その後俺達は、翌日の事を簡単に打ち合わせると、ソフィアさんに挨拶して各々の部屋に戻っていった。
一夜明けて、昨晩のマリアを思い起こすと、かなりウキウキしながら部屋に戻って行ったのだが、それとは裏腹に、今朝空き地に現れたマリアの表情は硬かった。
はたから見ても緊張が伝わってくる。
恐らく、一人で色々と考えてしまったのだろう。俺に太刀打ち出来ずにガッカリされる様な事にはならないだろうか。もし失望されてパーティーを解消されたらどうしよう。
そんな所だろう。
なにしろ手合わせの前から俺の挙動を見逃すまいと、じっと注意を向けて来ている。
そうは言っても、こればかりは俺にはどうしようもない。メンタル面も含めて彼女の実力を判断するしかない。
打ち合わせた手合わせのルールは二つ。
お互いに武器の使用は自由、ただし魔術や特殊能力の使用は禁止。
「
昨日の事を思い起こしている内に、日が先程よりも高くなって来た。
さて、いい加減、マリアが焦れてきている。そろそろイチかバチか仕掛けてくる頃か・・・。
その時、チチュンと先程飛び立った小鳥が屋根に戻って来た。
さえずりに気を取られてふっとそちらに目を向ける。その瞬間
「隙ありぃいっ!!」
これ程わかりやすい誘いもないと思うが、隙を探して焦っていたマリアはほとんど反射的に飛び出した。
彼女が下段から振り上げるロッドの先端が、殺人的な速度で襲い掛かって来る。
ロッドの先端は俺が顔を向けた左上の死角になる位置。つまり右下から後頭部を狙う軌道を正確になぞっている。
初手のカチ上げ。これを大きく避けては隙になってしまう。動きは最小限にして、上体を逸らして躱す。
ヒンッという風切り音とともに、耳元を先端の石突がかすめていく。
マリアは初撃が躱されるのは予想していたのか、全く躊躇せずに見振り上げた勢いをそのままにロッドを風車の様に回転させた。石突と入れ替わりに、今度は俺の左下から打ち上げられるロッドのヘッド。
魔力の伝導率を上げるための装飾が施され、柄の部分よりも重量があるヘッド部分。
遠心力が乗ったこれが直撃すれば、あばら骨の数本は持っていかれるだろう。
その強烈な威力を秘めた一撃が、俺の左脇腹を狙う。
しかし、これも俺には届かない。先程、上体を逸らす事によって移動した重心に逆らわず、ふらりと左の半身を引いて躱す。
「はああっ!!」
これも予想の範囲内だったようで、マリアはそのまま半円を描いてロッドを振り切る。遠心力はそのままに、再びロッドは半回転し、硬い石突が俺の顔面に襲い掛かってきた。
単調な円運動を繰り返すつもりかとも思ったが、顎を狙った突き上げを躱すと、上手くロッドの重心を制御し、それまでの円運動から唐突に直線の突きに変化した。
「
突きは一撃で止まらず、その名の通り五月雨の様な高速の連撃となって襲い掛かって来る。
顎、みぞおち、腹、金的を狙い、フェイントも織り交ぜながら、いずれも正確に正中線を突いている。
「ほう」
予想外の動きに俺は目を見張った。悪くないどころか、良い動きをしている。
マリア本来の戦闘スタイルであれば、これに魔術の
並の男などは、全く太刀打ちでないはずだ。下手をすれば初撃で頭蓋を抉り取られている。それほどまでの威力を予想できた。
間断なく浴びせられる連続突き。一歩退いてもいいが、壁際まで詰められてしまうだろう。
ならば突きの直線方向ではなく、垂直方向にずれてしまえばいい。
槍衾の様なマリアの突きを右に躱し、そのまま前方に大きく踏み出して、マリアとの位置を入れ替わるようにすり抜ける。
マリアの背後に回り込んで後ろを振り向居た時、今度はマリアがバットの様にロッドを構えて、俺の顔面に向かって振り抜こうとしているところだった。
「ぬぉわっ!!」
流石に予想外過ぎて声が出てしまう。攻撃自体はすんでのところで、沈み込んで躱しているが、野太い風切り音と共に後ろ髪を何本か引きちぎられた感覚がある。
「たああっ!!」
沈み込んだ俺の顔の位置が、蹴り上げられたマリアの右膝の軌道と重なる。
「おっと!」
沈み込んだ反動を利用して、そのままバク転して距離を取ろうとすると、俺の着地に合わせて、今度はロッドの先端が顔面に向かって襲い掛かって来た。
これには完全に意表を突かれた。
間合いを詰められるような余裕は絶対にないと考えていたからだ。
マリアは、蹴り上げた右膝をそのまま踏み込みへと転換し、フェンシングのように突き出した右手と上半身のバネを極限まで使用して突きを放っている。ご丁寧な事に、肩から手頸の関節を限界まで稼働させて、凶悪なひねりまで加えられている。
反射速度も身体能力もかなり高いレベルだと思っていたが、こんな芸当までしてのけるとは思ってもいなかった。
事実、風を螺旋状に切り裂いて繰り出された突きは、魔術の身体強化なしでも、人間の体など貫通してしまう程の威力に見えた。
彼女の予想通りであれば、その突きは俺の眉間に当たり、致命的なダメージを与えた事だろう。
しかし、威力はある分、その軌道は読みやすく直線的に過ぎた。
遠くを射る弓は、たった1度の角度を誤っただけで、標的に届く事すら出来なくなる。
同様に、マリア渾身の突きも、俺がそっと左の人差し指で軌道を逸らしただけで、その目標を見失ってしまった。
左のこめかみをかすめ、ゴウッという先程とは比べ物にならない風圧が、俺の横を通り過ぎていく。
そして、大きな一撃は、大きな隙を生む。
「正面ががら空きだぞマリア。」
渾身の一撃を易々と躱されたどころか、反撃を許してしまうような、大きな隙を生んでしまった事に驚いたのか、マリアが目を見開く。
あとは、前に出て来るマリアの体勢に合わせ、がら空きになった軌道の内側へと右脚を踏み込んで反撃を始めるだけだ。
さて、今度は俺の番だ。
【side:マリア】
全力で放った突きを、易々と躱されてしまった。
勿論、初めから当たるとは思っていなかった。ただそれでも、かすらせることくらいは出来るのではと、淡い期待を抱いていた。
しかし彼は、ケンスケさんは、大きく飛び退く事も打ち払う事もせずに、一本の、たった一本の人差し指であの突きを逸らしてしまった。
その事実に、圧倒的な実力の隔たりに愕然とする。
でも、ケンスケさんは驚く時間を与えてくれる程甘くはなかった。
突きの勢いを殺せないまま前へと進むわたしに向かって、ケンスケさんの右足が、冗談としか思えない程の威力で踏み込まれる。
地響きと共に、周囲の地面がひび割れ陥没する。
かつて先生が言っていた「地を踏みしめる両の脚は力の根幹だ。大いなる大地からその力を分けてもらうための支柱なのだ。」と。
だとしたら、あれ程の踏み込みから放たれる一撃はどれほどの威力があるだろう。
先生の言葉が真実であると証明するように、ケンスケさんの肉体を力が駆け巡っていくのが分かる。
大地から脚へ、脚から右腕へ力が伝わり、殺人的な威力を内包した肉体が張り詰めていく。
一瞬、世界から音が消えたような気がした。
空気の壁を貫き、腰だめから最短距離でわたしの腹へとケンスケさんの拳が馳しる。
――――ひっ!
悲鳴は声にはならなかった。悲鳴を上げられるほどの時間を与えられなかったからだ。
わたしの目には、確かにえぐれて、ぽっかりと消失した自分の腹が見えた。
でも実際には、ケンスケさんの拳がわたしの体に触れることはなかった。
目の前の拳が持つ威力を理解し、その帰結として現れる自身の破壊を確信した結果の幻像だ。
ハッと我に返ると、あと数ミリと言う所で止められた拳があった。
その瞬間、ぴたりと止まった拳を追う様に、わたしの体を強烈な拳風が吹き抜けていく。
わたしは、グルドラと対峙した時、死を覚悟した。でも、今わたしは、あの時以上の死の確信を、人間であるケンスケさんから感じ取ってしまった。
その事に自分が一番驚いた。
この人はいったい何者なのだろう。この人は、本当にわたしと同じ人間なのだろうか。
さっき、わたしがどんな攻撃を放っても、閉じているのかと思う程に目を細めながら、絶対にわたしの動きを見逃さなかったこの人の瞳がわたしは怖い。針のような隙間から覗くその視線に、底知れない恐怖を感じてしまった。
その事すら、この人にはばれている気がする。
じっとりと、全身から脂汗が噴き出すのがわかる。服がまとわりついて気持ち悪い。
べたつく汗が不快でしかない。手で拭いたいけど、きっと今動けば、この人に何もかも見透かされて、わたしは殺されてしまう。そんな気がして、微動だに出来ない。
激しく動いたせいなのか、それともこの恐怖のせいなのか、荒くなった呼吸の音も、脈打つ心臓の鼓動すらこの人は視ているのではないだろうか。
圧倒的な力を持つ絶対者。
わたしは何という人に、何というモノに声をかけてしまったのだろう。
その時、ふっと頭に温もりを感じた。
先程まで感じていた背筋を伝う恐怖など嘘だと思えてしまう、温かく柔らかい手の感触に、わたしはハッと我に返った。
顔を上げるとそこには、わたしを助けてくれた時に見せてくれたのと同じ、優しい笑顔があった。
その瞬間、不思議な事にわたしを支配していた恐怖は霧散する。
「良い動きだった。飯にしようか。」
そう言って、ケンスケさんは何事もなかったかのように歌う白蛇亭へと歩いて行く。
「・・・あ!ちょっと!待ってくださいよ!!
地面!この凹んだ地面どうする気ですか!!
ちょっと!ケンスケさん!!」
置いて行かれそうになって、わたしは慌てて後を追った。
あの恐怖は何だったのだろう。絶対的な殺戮者を前にした様な、魂が震える程の恐怖は。
いつか、わたしがケンスケさんの隣に立てる様になったら、その理由を聞いてみよう。きっとその時は、口にする勇気を持てるはずだから。
【side:鬼崎ケンスケ(白蛇亭食堂)】
ハンター御用達である白蛇亭の朝食は、やはりボリュームがあった。
厚切りのバタートースト、ふわふわのスクランブルエッグ、ジューシーなハムにローストしたソーセージ。
たっぷりのサラダは自家製のドレッシングで和えてあり、野菜がたっぷり入ったスープも付いている。
ボリュームだけではなく、しっかりとバランスを考えた献立だった。
朝の軽い運動もあって、すっかり腹が減っていた俺とマリアは、このボリュームをあっという間に平らげてしまった。今は、まったりと食後のコーヒーを飲んでいる。
甘く香る漆黒の液体は、南方の丘陵地の豆なんだそうだ。
港もあるゼードラでは、こういった遠方からの物資も珍しくない。
深煎りの豆は苦味も強いが、後味はさっぱりしていてボリュームがある食事の後にはうってつけだった。
食堂の中には、少し高くなってきた太陽の日差しが、窓から柔らかく差し込んでいる。
こんなにも気持ちがいい朝は、ここ数年で初めての事だ。
悪の組織との戦いも終結し、何かに思い煩う事が無い時間が訪れるとは、昨日までの俺には想像もできなかった。
「いい朝だな。」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
「良い朝ですけど、盛大にへこむ朝ですよぅ・・・。
敵わないとは思っていましたけど、一撃すら当てられないなんて・・・」
「そう悲観したもんじゃないぞマリア。君の体の使い方は基本に忠実で、速さも威力も申し分ない。むしろ、非常に高いレベルだと俺は思う。
ちびちびとカフェオレを飲んでいたマリアが「そうですかぁ?」と言いたげな目を向けて来る。
どうも自分の能力を俺と比較してしまっているようだ。そりゃ比べる相手が悪いぞマリア。
俺とガチンコでやり合える相手は、そもそも人間じゃないからな。
「武玄流だったか?それを魔術の特性に合わせて鍛錬してきたわけだろ?
下地は自分で思っているより出来上がっていると思うぞ。」
とは言え、問題点が無い訳じゃない。
ただ・・・と言葉を続ける
「ただ火力に欠けるな。」
「火力・・・ですか?」
そうこの点がマリアの問題点と言えた。
総じてマリアの一撃は軽い。
いや、人間や小型の獣種や竜種を相手にするには十分であると思う。
ただし魔術で底上げをするとしても、これからハンターとしての高みを目指すなら、大型の竜種という避けては通れない相手には、どうやっても通用しない。
手数は圧倒的に多いが、地力の威力と、勝負を決めるための一撃の威力が軽すぎるのだ。
武器が悪いとか、戦い方が悪いとかいう話しではない。
今は魔術行使に向くロッドを使っているが、仮にこれを槍に持ち替えようが剣に持ち替えようが、標的に多少切り込みやすくなるだけだ。
魔術行使に適した武器ではない点を考慮すると、トータルではマイナスになる可能性すらある。
これではグルドラレベルの竜種には歯が立たないどころか、せいぜい中型の竜種や大牙猪の討伐が限界だと予想できる。
マリアが努力していないわけではない。なんとか手数でカバーしようと工夫しているのが見て取れる。
しかし、手数があろうとも豆鉄砲では意味がない。着実にダメージを蓄積させる手段には事欠き、更に、決定的な「勝利」をもぎ取るための、瞬間的に対象を圧倒する火力が絶望的に不足していると俺は判断した。
さてどうしたものかと、先程から思案しているのだが、俺が提示できる解決策は一つしかなかった。
「ところでマリア。今から君の部屋に行きたいんだが、いいだろうか?」
「ふぇ!?
い、いいいい、今からですか!?
わたしの部屋に!?」
マリアがあからさまに取り乱す。やはり女性の部屋にいきなりお邪魔するのは失礼だったろうか。
顔を真っ赤にしてうろたえている。
「これは・・・まさか・・・まだ午前中なのに大胆な・・・・それとも異世界はそういう文化なのかしら・・・いやでもケンスケさんが望むなら・・・・ああああ!でも汗かいちゃった!お風呂入ってない・・・・でもでも、マリア、俺はそれでも構わない・・・なんてケンスケさんがおっしゃるなら・・・・」
ちょっとよく聞き取れないが、やはり迷惑だったのだろうか。いやいやをするように頭をふりながらブツブツ何かつぶやいている。時折、チラチラとこちらを見る目が怖い。
「いやすまない。
やはり同じパーティとは言え、女性の部屋に押し掛けるというのは失礼だったようだ。
どこか違うとk「いえ!!ぜひ!わたしの部屋でヤりましょう!!多少うるさくしても大丈夫ですし!
多少どころか激しい運動をしていただいても!むしろしてください!」
「お、おお。そ、そうか?」
こうしてマリアの部屋に行くことが決定した。
【白蛇亭:倉庫兼マリアの部屋】
マリアが住居として使用している裏の倉庫は、レンガ造りで内部は板張りになっている。
保管用の設備だけあって、通気性と保温性を考慮した二重構造になっており、特にマリアの部屋がある二階は、倉庫と言う割には窓が多く、明るくカラッとした空気で、外観から受ける印象に反して居住性は高い。
ただしその内部が、得体のしれない薬品棚や山積みの本、何かの標本とその周囲に散乱するメモ類、その他何かの研究室なのではないかと言う調度品の数々に埋め尽くされていなければだ。
なんとかベッド周辺に居住スペースが確保してあり、ギリギリ居住空間という面目は保っているが、部屋と言うより魔術工房と言った様相を呈している。
食堂を出てからというもの、自室に近づくにつれマリアの顔は赤くなっていき、ぎくしゃくとした動きになっていった。
今は緊張気味にベッドの端に腰をかけ、さっきの手合わせの影響なのか、俺の一挙手一投足を真剣な目で追っている。
そんなに警戒しなくても、いきなり殴りかかったりしないんだが。
「さ、さあ!ケンスケさん!
いかようにもなさってください!
マリアは覚悟完了しています!!」
意気込みは充分なようだ。やはり、自分が成長する機会を前にして期待に胸を膨らませているのだろう。鼻息まで荒くなっている。
「わかった。
そうだな・・・縄かロープはあるか?」
「な、縄っ!?
いきなりそんな特殊な事を!?」
「?
特殊かもしれんが、一番わかりやすいと思うぞ?」
「そ、そうなんですか?
恥ずかしながら経験が無いので、ご指導ご鞭撻の程をっ!!
出来れば優しくお願いします!」
そう言って、ベッド横の物入れから麻縄を取り出した。
元々は倉庫の荷造りに使っていた縄らしく、かなり丈夫ではあるがしなやかに鞣されている。
俺はそれを受け取ってバラリと解き、その端を50センチ程ぶらんと垂らした。
「もちろん、出来る限り優しくするさ。
多少危険を伴うからな。細心の注意を払うつもりだ。
俺に全てを任せてくれ。」
「は、はい・・・その・・・よろしくお願いします・・・」
流石に今からやる事は、冗談半分では出来ない。しっかり集中する必要がある。
俺の気迫に圧されてか、マリアも落ち着かなさげにしている。
「さあマリア。目を逸らさずに、しっかりと見てくれ。」
そう言って、垂らした縄をマリアに向けて高く掲げる。
縄を左手に。そして、空いた右手は人差し指を一本立て、床と水平に腕を伸ばした。
「縄じゃない。右手の先端だ。」
「え?」
俺は一瞬で意識を切り替え星光炉に火を入れた
静かに星光炉が動き出す。
今からやる事はグルドラの首を落とした時と同じだ。だが今はあれほどの威力は必要としない。
ほんのわずかの力でいい。右手の人差し指の先に少しだけだ。
そう。目の前に垂らした縄を切断できる分だけでいい。
一呼吸の間も置かず、パシンという小さな破裂音と共に、人差し指の先にカッターの刃程の光の刃が生まれた。
それを見たマリアの目の色が変わった。
「凄い・・・こんな力、今まで見た事ない・・・とてつもなく破壊的なのに、整然と制御されている・・・」
「・・・この力の流れが見えるのかマリア?」
体外に放出されるまで、炉から生み出されるエネルギーは、外部に漏れるどころか感知すら難しいはずだった。
「見えるというか、力の波みたいなものを感じるんです。
それが乱れ飛ぶ感じではなくて、一定のリズムで脈動していて、完全に制御されているのが分かります。
ケンスケさんの力は、魔力とは似て非なるものの様ですが、似ている分だけ流れを読むことは出来るみたいです。」
なるほど。
そもそも、星光炉も月光炉もその製造にはオカルト的要素もふんだんに使われたと聞いている。
使用している俺にとっても得体のしれないエネルギーだが、魔力に近い性質を持つのかもしれない。
「それでは本題に移ろう。マリア、俺の指先をよく見ていてくれ。」
そして俺はマリアに見えるように、ゆっくりと右手を縄に近づけていく。
光の刃に触れた縄はチリチリと切れていき、やがてぷつりと切断された。
それと同時に、光の刃も霧散する。
ふぅ・・・と、マリアも俺もどちらからともなく息を吐いた。
「これが、俺が提案できる解決策のヒントだ。」
「エンチャントではなく・・・魔力そのものの武器化・・・ですか。」
「俺はこの世界の魔術に関しては全くわからない。
マリアから話を聞いた限りでは、これくらいしか解決策が思いつかなかった。」
火属性や雷属性などと違い、無色の魔力はの属性そのものが攻撃性を持たない。
また、強化・増幅という魔力の性質も、水属性や風属性の様に現象を利用して破壊力を生み出すことは難しい。
かといって土属性の様に物理的な永続性と汎用性があるわけでもない。
俺は無色の魔力は、純粋なエネルギーと考えられるのではないかと仮説を立てた。
であれば、魔力というエネルギーそのものを圧縮して、弾丸や工業用ウォーターカッターの様に、運動エネルギーを破壊力に転化するしかないというのが俺の案だ。
「・・・どうだろうか?」
「出来るかどうかはわかりません。
でも、挑戦してみる価値はあると思います。
なにより、ケンスケさんの提案を排除するなんて選択肢が、わたしにはありません!」
やらせてください!と、マリアは火が着いた目で俺を見る。
やらせるも何も、選ぶのは彼女だ。
「一緒に頑張ろう。マリア。」
俺が右手を差し出すと、マリアは少し照れたようにはにかんだが、すぐに力強く握り返してくれた。
強く結ばれた二人の腕から、零れ出るように星光炉の残滓が、一粒きらりと輝いて溶けて行った。
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