第6話 変身ヒーローが異世界でヒモになる①

思いがけない収入に、マリアはしばらく呆然としていた。

そして上の空で換金を終え、自分の講座に振り込まれた金額を見る。

一番最初は顔色が青くなり、口を押えてうずくまった。

胃が落ち着いてから、もう一度金額を確認する。

今度は血の気が引いて真っ白になり、焦点が合わない目で近くの壁を見つめ、なにやらブツブツと呟きながらトリップした。

ようやく再起動を果たし、最後に恐る恐る金額を確認したマリアは、フルフルと震えたかと思うと、気持ち悪い笑顔でニヘラと笑った。


「ケンスケさん!今夜は何を食べたいですか~?

 もう何でもいいですよ!

 レストラン貸切っちゃってもいいくらいです!!

 あ、それいいですね!やっちゃいます!?やっちゃいますか!?

 山のように積み上げられた肉!肉!肉!!

 贅をつくした魚!貝!!海老!!

 そしていつもなら眺めるだけで手が出なかった高級スイーツのかずk・・・」


「師匠直伝!あいあんくろー!」


「頭蓋骨が!頭蓋骨がぁあああああ!」


ミシミシと音を立てる頭蓋骨。

前頭部を鷲掴みにした俺の手に両手をかけ、何とか引きはがそうと無駄な努力を試みている。

ややもして、パッと手を放すと糸が切れた人形のように崩れ落ち、そのままシュウシュウと頭部から5本の煙を上げながらうずくまるマリア。


「落ち着いたかマリア。」


「あ゛い゛・・・お゛か゛け゛さ゛ま゛て゛・・・」


うずくまった体勢の奥から、絞り出すような声が聞こえる。


「オーケーだマリア・アイゼンファウスト。無駄遣いする前に、この金をどう使うかを検討しようじゃないか。」


大金を手にした人間は、得てして浮かれ、騒ぎ、そして一瞬で人生を踏み外す。

質素倹約こそ最上と言うつもりはないが、落ち着いて堅実に使い道を考えることは重要なのだ。

俺の経験上、あぶく銭は身に付かない。であればこそしっかりと用途を検討する必要がある。

浮かれて人生を持ち崩すなど、パーティーを組む仲間としては看過できない。

しかし予想に反して、俺の言葉にマリアがふっと笑うとこう言った。


「いいえ。実は、もう決めてあるんです。」


「ほう?装備の新調でもするのかな?」


たった数秒前まで、浮かれて散財しようとした姿を見てしまったのだから、マリアのその言葉は正直なところ意外だった。

そんなことを考えている俺に、それこそ夕飯のメニューを伝えるように、実にあっけらかんと、しかしとんでもない事をマリアは口にした。


「全部、ケンスケさんにお渡しします。」


一瞬何を言われているのかわからなかった。

ポカンと見返すオレに向かってマリアは続ける。


「命の恩人だからという事ではありません。

 グルドラを倒したのはケンスケさんです。わたしは逃げることすらまともに出来ませんでした。

 だからこの報酬は、本来全てケンスケさんが手にするべきお金なんです。」


そう言ってマリアは笑った。弾ける様な笑顔ではなく、感謝と親愛に満ちた、心の奥から溢れるような静かな笑顔で。


「しかし・・・」


とは言え、はいそうですかと気軽に受け取れる金額ではない。


「ジブさんも言ってたじゃないですか。

 正当な評価に正当な報酬って。」


「いやそうなんだが、しかしな・・・さすがに全額というのはもらい過ぎだろう。」


渋る俺に、マリアが食い下がる。何としても受け取らせる気なのだろう。


「いいえ。これは受け取っていただかないと、わたしの気が済みません!

 お願いします!もらってください!

 わたしを、恩知らずにさせないでください!!」


そう言って、思いっきり頭を下げるマリア。微動だにしないその姿勢の裏から、揺るがない決意が滲み出ている。

流石にここまでされては、断ることもはばかられた。


「・・・そうか。そこまで言ってもらっては、受け取る他無いな。」


「はい!遠慮なく受け取ってください!」


「あっ、あー・・・いや、しかし・・・ちょっと待ってくれ・・・」


「もう!なんなんですか!

 なんでそんなに煮え切らないんですか!

 男でしょ!ちゃんと二つ付いてるんでしょ!!奥歯にものが挟まったような言い方しないで、はっきり言ってください!!!」


「その・・・口座という物が必要なんじゃないのか?」

 

「・・・え?」


「いや、この世界こっちの事は良く知らないんだが、ジャラジャラとそんな大金を持ち歩くわけにもいかないし、どこかに預ける形を取るもんじゃないのか。マリアも口座もってるんだろ?君と同じように、銀行とかそういう、金を預けられる所で口座を作らないと受け取れないんじゃないかマリア。」


「あ、あああああ!」


顔を真っ赤にして又うずくまるマリア。そりゃそうだろうと思う。

昨今稀に見る「いい顔」で報酬は要らないと言い切ったにもかかわらず、俺に口座がなくて受け取れないという、初歩も初歩の事がすっぽ抜けていたのだ。

穴があったら入りたいに違いない。


「それに、口座を作るにしても、俺には身分を証明するものが何もないんだ。

 もしかしたら、俺は口座つくれないんじゃないか?」


「やめてぇええ!これ以上、何も言わないでぇええええ!!」


うずくまりながら、両手で耳をふさぎ頭をいやいやと振り回し始める。

そこから回復するのに、十数分を要した。


「いや・・・なんか、申し訳ない。」


「いえ、いいんです。わたしが勝手に浮かれただけですから・・・。」


そう言いながらも、あからさまにテンションが落ちている。

俺に出来ることは無いので、というか、俺が何かを言えば言うほど彼女は落ち込むと思うので、建設的な話をすることにした。


この大金の管理をどうするかだ。


結果、俺の身分保障が出来ない当面の間は、マリアが報酬の管理を行う事になった。

マリアが言うにはハンターになりさえすれば、ギルドからの身分保障を受けられるそうなので、そこでやっと俺個人の口座が開設できるようになるからだ。

それまでは、必要分をマリアに申請するお小遣い制を取ることになった。もちろん、日々の生活費や今回立て替えてもらった衣服の代金はそこから差し引いてもらっている。


いよいよもって、本格的なヒモ生活になってきたなあ・・・。

いやまあ、一応俺の金から支払ってるから、まるっきりヒモって事ではないんだが・・・



そして俺は今、マリアが拠点にしている宿屋「歌う白蛇亭」にいる。

ハンターであるマリアは、ギルドが運営する宿舎も利用できるのだが、魔術の研究をしたいマリアにとって共同生活の宿舎は使い勝手が悪いのだそうだ。

それに対して、この歌う白蛇亭は、元ハンター夫婦が経営してるというだけあって、その辺の対応は自由がきいた。

店の裏庭にある酒蔵の二階を貸し出してくれたのだ。ただし、掃除や建物の修理、整備はマリアが行う事になっている。


マリアは自分と一緒の部屋に住めばいいと言っていたが、さすがにそういう訳にもいかず、俺は一番安い部屋を食事込みで二ヶ月借りる事にした。

支払いは勿論、マリアの財布からとなる。


宿代を年若い少女に出してもらうアラサー男へ向けられる眼は、ただひたすら寒々しかった。実際は俺が勝手にそう感じているだけで、宿の対応は普通のものだったが、他人がどう思おうと受け取る本人がそう思ったらそうなのだ。

この時点で、世間一般から受ける評価はヒモであると確定し、俺の異世界におけるヒモライフが確定した。


何やら男として、そして一人前の大人としてどんどん堕落していっている。このままでは良くない。なんというか、人として良くない。

一刻も早く身分保障が欲しくてたまらない。


手に職を!!収入を!!日々の糧を俺の手にくれっ!!


来週のハンターギルドの加入試験が待ち遠しく感じる。

こんなにも試験という物を求める事など、未だかつてなかった。

このやる方のない焦燥感。一日千秋とはよく言ったものだ。


とは言え出費を我慢しようにも、腹は減るもので、俺は宿の一階にある食堂へとやってきている。


明るい魔道ランプに照らされ、木材のカーブを活かした内装の食堂は、いかにも冒険者達が酒を飲みに来そうな雰囲気で、実際大勢のハンター達がにぎやかにテーブルを囲んでいる。

しかし、切り盛りする女将の人柄なのか、にぎやかではあるが粗野や粗暴といった雰囲気ではない。

むしろ町場の食堂と言った、気安い心地よさがある。

マリアが、自分で拠点を構える程になったハンターでもここに通う者がいると言っていたが、それも納得できる話だ。

そして、あしげく通うハンター達のお目当ては、この騒がしくもどこか懐かしく、心に夢を抱いていた頃を思い出させるような雰囲気と、更にもう一つある。


ここの料理だ。


今、俺の目の前には、極太の腸詰と豆をビールで煮込んだ料理が乗った皿が湯気を立て、色とりどりに賑わう季節の野菜のサラダがみずみずしい光沢を放ち、近海で採れた魚のシチューが濃厚な旨味を予想させる豊かな香りを漂わせている。

他の客のテーブルも同様に、遠目にもわかるほど美味そうな料理が所せましと並んでいる。

特に魚介のシチューは絶品で、日本の寄席鍋に近い味付けだ。

それを焼きたてのパンと共にがつがつと口に押し込んでいるのが、俺と向かい合う形で座っているマリアだ。

ファンボア討伐に出発した昨日から、携帯食しか口にしていないと言っていたので、この食欲もうなずける。

「ケンスケさんは食べないんですか?」と言いたげにちらっとこちらに目を向けるが、俺は手元の木製のジョッキを掲げて見せる。「俺はコレでいい」の意味だ。

それを見て、また食べ始めるマリア。

彼女は元々快活な印象で、黙っていれば掛け値なしの美少女なので、美味しそうに食べる様子は、それだけで酒の肴になり得る程に見ていて気持ちがいい。


俺が飲んでいるジョッキには、香りが強いエールビールの様な酒が注いであり、濃い泡と琥珀色の液体は、その見た目と裏腹に飲み口は軽い。

食事ではなく酒の肴として料理を堪能しているが、ビールのさっぱりとしながらも甘味がある後味に、ここの料理は格別に合う。

つまみに舌鼓を打ちながら、しばらく杯を重ねていると、厨房がひと段落したのか女将さんが話しかけてきた。


「どうだいうちの料理は?

 見た所、この辺の出身じゃ無い様だけど、満足できたかい?」


歌う白蛇亭の女将さんはとにかく目を引く女性だった。赤い髪を短く刈り込み、俺とほぼ変わらない身長は男勝りな印象を受けるが、均整の取れたプロポーションと左目の泣き黒子から成熟した女性の色気があふれ出している。


「女将さん、酒も料理も最高に美味しいです。堪能させてもらってます。」


「よしとくれよ女将さんなんて!

 しばらく泊まってくんだろ?気軽にソフィアって呼んどくれな。」


あっはっはと笑い、バシバシと俺の背中をたたくソフィアさん。

こういうさばけた人柄も人気の秘密なのだろう。


「ソフィアさんの料理はゼードラでも評判なんですよ。

 ここから巣立っていった有名ハンターも、未だにこの味を求めてお忍びでやってくるんです。」


「そりゃそうだろう。こんなにいい雰囲気で、最高の料理が食えるんだ。そうそう忘れられるもんじゃない。」


「やだよこの子達は。そんなに褒めたって、何も出やしないよ。」


そう言いながらも、まんざらでもない顔で笑っている。


「うちの宿六もあたしも、元々ハンターでね。

 一番苦労したのが、食い物だったのさ。

 だから、引退したあたしら夫婦は食堂を始めたんだよ。駆け出しの連中に美味いもんを腹いっぱい食べさせてやりたくてねぇ。

 そんで、宿が無いって泣きついてきた連中を泊めてるうちに、いつの間にか食堂が宿屋になってたのさ。」


食堂内を見回すソフィアさん。その目は店を見ているのか、それとも客達をみているのか、とても暖かい眼差しになっている。

いつの間にか先程までの喧噪もひと段落して、いくつかのグループがゆったりと酒を飲んでいる。


「そんな連中も、いつの間にかここを巣立って自分の道を歩いてる。

 不思議なもんだねぇ。」


そう言って、感慨深げに笑うと「まあ、あんたらもゆっくりしていきな」と言って厨房に戻っていった。

 

「・・・いい人だな。ソフィアさんは。」


「はい。とてもいい人です。旦那さんも、寡黙な方ですけどとても優しい方なんですよ。」


俺は、元の世界で世話になった人達を思い出していた。

組織から脱走した俺をかくまってくれたおやっさん・・・。別れも言えずに、こっちの世界に来てしまったけど、どうしているだろうか。

妹のヒトミもそうだ。おやっさんが面倒を見てくれるだろうし、そもそも俺よりしっかりしている。ろくに兄らしい事もしてやれなかったが、幸せになってくれるといいが・・・

俺に戦い方を教えてくれた師匠は・・・・心配しなくても元気だな。間違いない。女の子にセクハラしながら今も酒を飲んでいるだろう。

あまりにも予想出来る光景を想像して、軽くため息をつく。


「どうかしたんですか?」


「いや、元の世界あっちで世話になった人たちを思い出していた。

 さんざん世話になっておいて、挨拶もなしにこの世界こっちに来てしまったからな・・・」


「・・・帰りたいと、お考えですか?」


「・・・どうなんだろうな。

 あっちでは、俺の役目は終わったと思ってる。

 心残りは・・・・まあ、無い事も無いが、若干一名を残して俺よりしっかりした人ばかりだ。

 心配はしていないよ。」


「そうですか・・・」


少し安心しましたと、マリアが笑う。


「安心?」


「いつか、恩返しも出来ないままに、元居た場所にお帰りになるのではないかと、不安に思っていましたから・・・」


「・・・」


「いなくならない・・・とは、おっしゃっていただけないのですね。」


俺は手元のジョッキを一口飲むと、一瞬言うべきかどうか迷って、結局口を開く事にした。


「たまたま起きた事が、また起きないとは言い切れない。

 だが俺は何かしらの理由があって、この土地に来たんだと思う。」


「理由、ですか?」


「そう。人間は誰しも、何か役目があって生きている。・・・と俺は思っている。

 俺がこの地に呼ばれたという事は、俺はここで果たすべき役目があるはずなんだ。

 それを果たすまで、俺はどこにも行かないさ。約束する。」


半分は酒の勢いだった。ただ、もう半分は本音でもある。漠然とだが、俺は理由があって跳ばされたんだという確信があった。俺でなければ成し得ない、なにかの理由が・・・



夕食を取り、さてそろそろ、部屋に戻って寝ようかという時間にさしかかる。

食堂に残っているのは、俺たちだけだった。


「あの・・・」


デザートのプリンを片付けると、マリアが真剣な表情で話しかけてきた。


「ん?なんだ?」


「明日からの予定って何かありますか?」


「んー・・・特に何もないな。この町を散策してみようと思っていたぐらいだ。

 どうかしたか?」


マリアは意を決したように、一度深呼吸して口を開いた。


「改めてお願いします。わたしに戦い方を教えてもらえませんか?」


ランプの光に深さを増した菫色の瞳が、期待と決意に輝いていた。














 



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