四十六


 

 陽都へ

 

 お久しぶり。あれから四年、変わらず元気にしてるかな?

 ん? 私のこと忘れたりしてないよね? 忘れてたとしても『雨とトオキョオと君と』を読んで思い出してくれたよね?

 

 この四年の間にも色々あって、陽都に伝えたいことは山ほどあるんだけど、とりあえず、陽都がトオキョオに帰った後の話をするね。

 

 陽都がトオキョオに帰った後、私と陽都は相原でちょっとした有名人になったの。

 私はカガナミに人質として捕らわれた子供として、陽都はカガナミに連れ攫われた子供として。

 

 私の特別性は今ではもうすっかり影を潜めてしまったけど、陽都は変わらず有名人のまま。

 護所には今でもまだ陽都の人相紙が貼られてるの。未だ見つからないあの夏の被害者として。

 

 誰が筆を執ったのか、その人相紙はびっくりするくらい陽都に似てなくてね。前髪は短いし、目は垂れ気味だし、眉毛は細くてへの字型だし。陽都が見たら、きっと目を丸くして固まってしまうんじゃないかな。

 そして、陽都の人相紙の上には、もっと素晴らしい人相紙が二枚貼られてるの。人相紙といってもこっちは手配紙なんだけどね。

 

 田中と沙織。

 

 田中は目つきの悪い酔ったおじさんっていう、まあ、そこら辺の樽酒場にいそうな感じで、沙織の方は似てないどころかまるで妖怪。付け睫毛がそう見せたのか目が大きく誇張されすぎていて、どこからどう見ても人には見えない。沙織の手配紙を見て小さな子が泣き出したっていう話を何度耳にしたことか。

 当の本人は、その手配紙に今でも怒っていてね、ついこの間も、護所に貼ってあった自分の手配紙を剥がしてきたんだって。こんな酷い手配紙を貼られるくらいなら、自分の印画を代わりに貼ってこようかなんて、あながち冗談とも取れないことを言ってたよ。


 あっ。印画といえば、見てくれたかな? 

 私も陽都もかちこちで表情が消えてちゃってるでしょ? 何度見ても可笑しくて笑っちゃうんだ。

 今の私はね、印画の私よりも髪の毛が伸びて、亜紀さんと同じくらいのところで揺らしてる。整えるのはとても大変だけど、櫛を通す度に大人になれてるような、そんな気がしてる。

 

 陽都はどう? 

 やっぱり今でも前髪は長いままなのかな。背はどのくらい伸びてるのかな。

 そう。陽都は高校生なんだよね? 高校三年生。やっぱり、三年生って言うのはなんか変だけどね。

 陽都は今どんな勉強をして、将来どんな仕事に就くのかな。あっ。能力検査はちゃんと受けてくれた? 

 気になることばかりだよ。

 

 私は今環境設計の仕事をしてる。

 私が担当しているのは神社とか七是さんとか歴史ある建造物の調査。来月から草把隧道の側のあの大きな七是さんの調査を始めるの。ひび割れや傷はどのくらいあるのか、どの程度の修繕が必要なのか、必要ならばどれくらいの期間を要するのか、費用はいくらかかるのか。

 自分でもこういう仕事に就くなんて全然想像もしてなかったんだけど、卒業間近の最後の能力試験で分析がすごく伸びているのがわかって、この仕事に就くことになったんだ。仕事は嫌いではないし自分なりに満足しているから、これからもたぶん、ずっと続けていくんだと思う。


 武清さんは変わらず歴史研究家として衣食住文化の研究に精を出してる。研究塔から外に出ることはほとんどないみたいで、この間帰ってきた時、陽の光が眩しく感じるだなんて吸血鬼のようなことを言ってたよ。

 

 亜紀さんは一年前に店を移って、なんと今は歌観町通りでお店をやってるの。

 驚きでしょ? 売り子を三人も雇っているのにそれでも人手不足なんだって。歌観町一の夢殿になる日もそう遠くない気がするよ。

 陽都に伝えたいことはまだまだたくさんあるけど、でも、それはいつかまた会える時まで取っておくね。そうじゃないと、私の手と紙と墨がもたないから。

 田中の話だと考えている以上に早く相原とトオキョオを行き来できる日が来そうなんだって。その日が待ち遠しくて仕方がないよ。田中と沙織にはもっともっと頑張ってもらわなくちゃね。

 

 そうそう。沙織はどうだった? そんなに変わっていないからすぐに気づけたんじゃないかな。たぶん沙織のことだから、陽都のことをすごく驚かせているんだろうね。

 

 それでは最後に。


 出会ったあの日からずっと陽都のことばかり考えてる。

 たぶん、明日も一年後も、もっと先もそれは変わらないんだと思う。

 だから、私はすごく困ってるんだよ。とても、とても。時々一人で印画を見て涙を零してしまうくらいに。

 

 それじゃ。


 いつか、また――――

 

 

 静流彰心咲

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