第94話 優しい夏

 雷と共に激しい雨。


 夕立が”夏もそろそろ終わりだぞ”と叫んでいるかの様で…

 

 ゲリラ豪雨とまではいかないが、ここ一週間、暑い日が続いていたのでこの雨は有り難い。

 

 今年も猛暑日が数日あり、私の少年時代の夏とは比べ物にならない位暑い日が続いた。

 

 店内では―

 今日は朝から彼女が来ている。


 来週からは新学期だそうで…

 彼女には溜めてしまった宿題があるようで、朝から奥のテーブルを陣取り奮闘中。

 家ではテレビや何やら誘惑が多いが、ここでは、スマホさえ我慢すれば集中して頑張れるとのことで…

 

 しかし、お昼を過ぎると、いささかその集中力も切れたのか、今は奥のテーブルで窓ガラスに打ち付ける雨を眺めている。

 一応持って来た参考書などを開いてはいるが…

 彼女は窓ガラスの雨を眺めている。


 雨がガラス窓に作る不可思議な曲線。

 その意味のない曲線に何か意味を見つけようにしているかの様に、ずっとガラス窓を下ってゆく雨の雫の行方を追いかけている…


 私は個人的には雨の日はブルースなどを掛けて聞きたいのだが…

 今そんなことをしたら、彼女の世界をぶち壊してしまいそうで…


 雨はまだ激しく降り続いている…

 その音が時折お客が出入りするドアを開けるたびに聞こえてくる。

 

 こんな雨の日は、常連客が2・3組いるだけで…


 彼女はまだ、頬杖をついてその雨を眺めている…


 私も今日はブルースを諦めて、店のBGMを小さくして、この夏の終わりの雨音を楽しむことに。


 雨音が心の中までクールダウンしてくれているように…降り続いている。


 やがて、雨音は静かになり…

 夕方には止んだ。

 

 雨が上がり、宿題を終えて? 帰ろうとする彼女。

「どう? 宿題出来た?」

「もう、バッチリ」

 “あんなに長い間、雨眺めてたのに?”と、言いたかったけど…それは止めにした。


 彼女を送るために私も外へ。


 店の扉を開けると、雨で冷やされた街の風がスーッと中へ入って来る。

「ふわぁ~、涼しい~」

 と、彼女。

 雨上がりのアスファルトの独特の匂いがする。

 私が、

「なんだか、昔の夏を思い出すなあ」

 と、言うと、

「昔の夏って優しかったんだねえ」

 と、彼女が冷えた夕風を胸いっぱいに吸い込む。


 優しい夏か―


 昔の夏が優しかったのじぁなくて、今の夏が厳しすぎるのだ。

 

 熱中症に気を付けて、昼間の活動は控えるようになんて…

 今の子供たちは、夏を満喫するのも命がけ。


 大変な時代になったものだ…


 帰ってゆく彼女の背中を見送りながら、つい、そんな事を思ってしまった。


 また明日から、暑い日々がもう暫く続くだろう…

 せめて今日くらいは、優しい夏の風に吹かれていたい…

 

 その優しい風に乗って―

 麦わら帽子を被り、虫取り網を肩にしょって能天気に笑っている私の幻影が、彼女を追いかけるように私の前をス~ッと走り抜けていった…


 もう、あの頃の夏には戻れないんだろうなぁ…

 

 雨上がりの夕景―

 いつの間にか、セミの声もあまり聞こえなくなっていた…

 









 

  























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