第85話 雨の一日

 今日は朝から雨である。

 

 現金な話ではあるが、私の最近の楽しみは雨の日の散歩である。


 しとしと降る雨の中、傘をさしてある角を曲がる。

 すると、とある家の庭先に咲く紫陽花の花。

 これが美しい。

 

 全てがくすんで見えるこの季節に、雨に打たれてなお一層鮮やかな色を放っている紫陽花の花は、梅雨空の私の心を少し晴れやかに、ときめかせてくれる。


 老犬も連日の散歩にご機嫌の様子である。


 店に帰り久々に紅茶を入れてみる。

ランチ前の店内では、一人、二人の常連さんがそれぞれの雨の日の朝を楽しんでいる。


 店の中に入ってくる時の挨拶は決まって、“よく降るねえ”である。

 静かな六月の雨、窓の外、音も無く幾筋もの雨が…


 午後から店はそれなりに忙しさを取り戻す。


 夕方―

 店の窓の向こう―

 近くの小学校からの帰りか、ランドセルに黄色いカバーを付けたちびっ子たちの集団が、カラフルな傘をさして賑やかに通り過ぎて行く。

 雨はいつの間にか霧雨に変わっていた…


 小さな体に対して差している傘はやたら大きくて…

 その大きくてカラフルな傘たちが、さっき見た紫陽花の花の様にキラキラと細かな雨粒をはじきながら歩いている…

 幻想的な霧雨の中を…

 あたかも紫陽花の精霊の様に…

 降り続く雨を楽しむかのように…

 キラキラとはしゃぎながら…


 私は、そんな子供たちの様子を目で追いながら店の中から空を見上げる。

 

 どんよりとした雨雲が今はこの世界を覆っている…

 

 もうしばらくこの季節は続きそうである…






 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る