第84話 雨と紫陽花とクッキーと

 梅雨の日の午後。

 お客が一人も居ない店内。


 クラスを磨きながら外を見る。

 音無く、小さな雨が降っている。


 銀色にキラキラ輝きながら、一瞬、時が止まってしまっているのではないかと思えるほど、静かで細かい雨が降り、ここ数日梅雨らしい天気が続いている。


 こんな日にはブルースなんかを、つい、ロバート・ジョンソンなんかをレコードで掛けてみたくなる。

 この時期ならではの空気間に合っている様な気がする。


 ひとり、カウンターに回って腰掛けて、コーヒーをのみながら、しばしレコードの音に身を任せてみる… 

 

 たっぷりとレコードを堪能した後で、本格的な雨が降ってくる前に老犬と散歩へ。


 老犬が雨降りでも散歩が好きだと知ってしまった私は、ちょっと渋々ではあるが老犬と共に雨の街へ。


 が、しかし、この時期の雨の散歩、思ったより悪くはないことに気付く。


 街角の紫陽花、特に雨に濡れた紫陽花が美しい。


 雨の街、濡れている紫陽花、そして、今まで聞いていたブルースのリズムが頭の中でシンクロして、まるで銀色の雨に輝く別の世界を歩いているような…

 そんな不思議な午後の散歩を味わうことが出来た。


 店に戻ると彼女が扉の前で、私たちの帰りを待っていた。

「入っていれば良かったのに」

 と、言う私に、

「ちょうど、今来たとこ」

 

 しとしとと続く雨…

 下校中の彼女がカウンターで広げたものは、甘く香ばしい香り漂うクッキーであった。

 学校の実習で作ったものらしい。


 私が少し濃い目のブレンドを入れてあげようとしたら、

「エッ?」

 て、顔をされた。

 彼女はホットミルクの方がいいらしい。

 私は苦みのあるコーヒーの味とクッキーの甘みを楽しみたかったのだが…


 クッキーはさほど甘くなく、そして、少し粉っぽさがして、手作り感一杯であった。

 近頃は男子も中学校では家庭科は普通にあるという事を知り驚く私。

 私たちの頃では想像もつかない事である…


 老犬は先程彼女が上げたクッキーはすでに平らげていて、カウンターに残っているクッキーを狙って尻尾を振っている。

 気付いた彼女は自分の分を2・3枚に割って老犬に差し出す。

 老犬はますます上機嫌にシッポを振っている…


 少し外が明るくなってきた…


 雨が上がり、薄日が差している様だ…


 向かいの店に咲いている紫陽花が夕景の光を受けキラキラと輝いていた…



 

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