第31話 2曲目の曲
秋も完全に深まってきて、夜になると途端に寒くなりみんな足早に帰路へと。
こうなると、店の中ものんびりで殆ど開店休業中。
私も自分用のコーヒーを入れ…
“あっ、そう言えば…”
彼女から預かっていたサックスの楽曲集を思い出し、ページをめくる。
”彼女の人生の2曲目の曲”を選んであげなくてはならなかったのだ。
あまり速いテンポの曲は大変そうだし、古い曲は知らないだろうから、“う~ん”こうなると、選曲も難しい。
そこへ、”カラカラン”と変則的な店の扉の鈴の音。
ミス・モーニングである。
「こんばんは。まだ、いいですか?」
と、入って来る。
「もちろんですよ」
「あんまり寒いから、ちょっと、温まりたくて」
“有難いことだ”
と、私はお湯を沸かしだす。
「あら、これ何ですか?」
カウンターにあったサックスの楽曲集を手に取る。
「あ、それね。中学生の女の子に頼まれて、サックスの曲を選んでたんですよ」
「中学生の子に? マスターが?」
興味深々のミス・モーニング。
しかし、私はあまり詳しい説明はしたく無かったので、
「ええ、まあ、ちょっと…頼まれまして…」
と、言葉を濁した。
ミス・モーニングも、何か察したのか、
「へえ~」
と、それ以上は立ち入ろうとはしない。
こういうところが、ミス・モーニングなのだ。
「その子、上手なんですか?」
と、ページをめくりながら聞く。
「いえ、まだ始めて半年位かな? 次の曲がまだ2曲目になるんで…」
「2曲目…そうなの…あっ、この曲、私好き」
「どれですか?」
ミス・モーニングが開いたページは、松田聖子の“スイートメモリーズ”であった。
私の脳裏に浮かんだのは、何故かペンギンのキャラクター。
この曲は、私が小学生の頃、よくテレビのCMで流されていた。
当時は松田聖子の曲よりも、ペンギンの絵のイメージが私には強く残っている。
まあ、古い曲である。
「彼女、知ってるかな?」
「そうねえ、中学生じゃねえ…私にも、生まれる前の曲だもんね」
「でも、よく知ってましたね」
「母親がね、聖子ちゃんの大ファンだったから、結構知ってますよ。“赤いスイートピー”とか、“夏の扉”とか」
「あ、そう」
私も”スイートメモリーズ”の楽譜を覗きながら、
「ふ~ん、これなら曲のテンポも速くないし…いいかもなあ…」
「アッ、でも…」
と、ミス・モーニング。
「私が選んだらなんて、言わない方がいいわよ」
「エッ? どうしてですか?」
「だって、マスターに頼んだんでしょう?」
「エエ…まあ…」
「フフフ…女の子はねえ…」
「????」
私はなんだかピンと来ないので、
「そんなの気にする子じゃないですよ」
と、言ってみた。
「それならいいけど…」
ミス・モーニングの、この含みのある返事が少し気にはなったが…
その他に数曲挙げて、あとは、彼女自身に選んでもらうことにした。
ミス・モーニングは、ちょっと甘めのロイヤルミルクティーを飲み終わると、
「あ~、温まった」
と、カウンターから降りながら、
「それでは、ほっこり温まったので帰ります」
と、元気に帰っていった。
ミス・モーニングが帰ると、冷たい風がスーッと入って来た。
閉店間近、もう誰も居ない店の中…
頭の中でスイートメモリーズが流れてきて…
あのペンギンのキャラクターが私に歌いかけて来ているようで…
今思えば、彼女の両親と過ごしたあの頃も…私にとっては、スイートメモリーズなのかもしれない。
店の外の夜空には、満天の星が輝いていた。
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