第27話 グッドモーニング・クッキー

 翌日の朝からひとつの異変が起こった。

 老犬が私を起こしにくるようになった。

 ベッドで寝ている私を前足でゆすり、ひと鳴きすると、一階の店へ下りて行く。

 店の扉が”カランコロン”と鳴る。

 私は、昨夜、戸締まりを忘れたのかと、慌てて一階に降りると、老犬が扉を足で押していた。

 “何? 朝から?”

 老犬は、クンクン言いながら、前足で扉を押し開けようとしている。

 それは、散歩の催促。

 「冗談でしょう」

 と、思わず呟く。

 

 朝の散歩は初めてである。

 私は渋々リードをつけてやり、表へ。


 昨日のような天気だったら、私は断固拒否していたと思うが、今朝は打って変わって素晴らしい天気。

 少しひんやりとしているが、陽射しがキラキラと輝いていた。

 

 昨日の雨が朝日に照らされて、近所の庭先の蜘蛛の巣までがキラキラと輝いていた。

 どこからか、キンモクセイの香りが秋の始まりを教えてくれているようだった。


 私はまだ、完全に目が醒めていなかったので、散歩のルートは老犬に任せていた。

 老犬が引っ張るままに身を任せて。

 すると、前方から昨日のあの女性が歩いて来た。

「アラッ!」

 と、私達に気づくと、こちらの方へ。

 老犬も、グイグイと私を引っ張って女性の方へ。

 その女性は、犬好きなのか、怖がりもせずに老犬の頭を撫でながら、

「お散歩ですか?」

「エッ? まあ…」

 と、私は答えるしかなかった。


 “あ~、もっとキチンとした服装で来れば良かった。”


 なので、

「アッ、そうだ。クッキー、ご馳走さまでした。美味しかったです」

 と、言うのがやっとであった。

「あッ、気に入って頂きました? それじゃまた、持って行きますね」

 と、老犬をひと撫ですると、足早に駅の方へ。

 老犬がク~ンと鳴くと、その女性は振り返り、手を振りながら、老犬に、

「行ってきます」

 と、答えてくれて、またすぐ駅の方へ。


 それから、この散歩が老犬と私の日課となってしまった。

 と言っても、老犬が朝起こしに来るのはまちまちなので、日課と言える程のものではないが、ともかく、老犬の気まぐれに付き合わされる羽目になった。

 

 しかし、そのおかげで、あの女性と散歩の途中でちょくちょく会うようになり、女性も、夜、時より店に寄ってくれるようになっていた。

 時々は、例のクッキーを持って。

 そんな日は、老犬は、すごく機嫌がいい。

 そして、必ず次の日は老犬と朝の散歩へ…


“そうだ。クッキーだ”

 私は気付いた。

 老犬が、散歩を催促するのは決まって、あの女性がクッキーを差し入れてくれた次の日の朝なのである。


 何と言うことだ。


 朝の散歩は単に老犬が、クッキーのお礼をあの女性に言うためのもの…いや、これも違う。


 本当は、『おねだり』と言うか『催促』だ!。


 だから、いつもあの女性の背中を見送りながら、ク~ンと鳴いていたのだ!。


 “呆れた奴だ!!”


 そして、私はすっかりあの女性から”健康志向の強い早起き大好きマスター”という風に思われてしまっているのである。


 その夜、またまた現れたあの女性に、私がその話をすると、女性は静かに笑っていた…


 老犬のおかげで、私もすっかり朝起きに慣れてしまい、老犬が起こしに来ない日も目が覚めてしまうようになっていた。


 なので、ある日の夜、あの女性が店に寄ってくれた時、私はついに、

「明日から、モーニングを始めますよ」

 と、宣言してしまった。

「本当ですか? 良かった。あの時のコーヒー、本当に美味しかったですよ」

 と、それは素直に喜んでくれた。


 あくる朝は快晴だった。

 ”カラカラン”。

「おはようございます!」

 と、あの女性が扉を開けて入って来た。


 あの女性の笑顔と共に、この店のモーニング・サービスは始まった。

 ミス・モーニングの笑顔と共に。


 それは、秋の風が爽やかに吹く晴れた朝の事だった。







 





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