第7話 五月晴れの空

 

 私は時々、老犬との散歩がてら、店の近くの河原でサックスの練習をするようになった。

 部屋で吹いてもいいのだが、何かと近所迷惑になるかと思い、それに、青い空の下で楽器を奏でるのは心地良いものである。

 良い音が出ればの話だが…


 私が彼女と出会ったのは、そんなある日のこと。

 河原で決して上手いとは言えないサックスを奏でていた時であった。


 滅多に吠えることのない私の老犬が、土手に向かってひと声吠えたからである。

 その老犬の鳴き声は、今まで会えなかった友達に久しぶりに出会えたかのような、決して敵意のある吠え方では無かったのである。

 ふと、振り返り、土手の方を見た。

 そこには、まだ、あどけなさの残る、黒く長い髪を肩の下まで伸ばし、少し日焼けした少女(小学生? 中学生?)が、老犬に話しかけられて”困った”というような顔をして、こちらを見ていた。

 彼女は私に気づくと、ひとつ会釈をして、歩いて行ってしまった。

 “常連さんの娘さんかな?”

 

 その時は、その程度で、さほど気に留めなかったけれども、春の陽の中で私に向けた彼女の笑顔、少し照れくさそうな笑顔が、妙に私の心に残った。

 私は、何かを期待してサックスを吹いてみたが、サックスの音色はさほど変わらなかった。


 老犬は親しげにシッポを振り、彼女を見送っていた。


 見上げれば、五月晴れの青い空。

 ひと筋のひこうき雲がスーッと流れた。 

 


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