第6話 春の雨の朝

 本当にこれがあの薄桃色の花を咲かせていた木なのかと思うくらい、青々とした葉に覆われた桜の木、春の風がその葉を優しく揺らしている。

 そして、今日は雨。

 春の日の朝の雨は、なんだか私の心をざわざわさせる。


 土曜日の朝。

 こういう日はお客の入りも少ない。

 傘を差し、急ぎ足で駅へと向かう人の流れを見ながら、自分用に入れたコーヒーを飲む。

 そして、大きく息をつくと、少しだけ心のざわざわ感が収まったような気がする。


 夕方になり、雨もようやく上がったので、老犬の散歩がてら駅の方へ向かう。

 いつもの散歩道が、工事中だったこともあり、気分転換にはちょうど良かったような気がする。

 駅は小さく、古い。

 平成というより昭和の香りのするような小さな駅。

 しかし、快速電車で40分くらいで、この地方では割と大きな街に行けるので、小さな駅ではあるが、電車の本数も多く、人の乗り降りも多い。

 私が駅の近くに来た時、ちょうど電車が着き数人の乗客が改札から出てくる。

 平日ではないので、人もまばらである。

 その中に、今後の私の生活に大きく関わって来る一人の少女がいた事を私は知らず、別に誰を迎えに来た訳でもないので、駅前の小さなロータリーの花壇のところでUターンして、店へと戻る。

 老犬はもう少し駅の方へ行きたがっていたが…


 店に戻ると常連さんたちが、数名、もう席に座っている。

 一応、”準備中”の札を下げて出るのだが、鍵を掛けないで出かける時もある。

 そんな時は、常連さんたちが先に入って店番をしてくれている。

 こういう長閑さが、まだこの街にはある。

 すぐに、カウンターに入り、常連さんたちのお好みのコーヒーを作り始める。

 

 西の空の雲の切れ間から、今日初めて太陽が顔を覗かせる。

 空はもう茜色。

 太陽は、なんだか慌ただしい客のように、ちょっと挨拶がてら顔を出して、サッサと西の山の向こうへと帰っていった。

 西の空の雲が、茜の色にキラキラ輝いていた。

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