第4話 菜の花

 店の窓から春の優しい陽が差し込み、店の中はポカポカしている。

 昨日までは、まだ冷たい風が吹き、春とはいえ、少し肌寒がったのだが。

 午後2時を回った頃、勢いよくドアが開くと女の子が一人、キラキラな笑顔で入ってきた。そして、その後ろを、いつも自分のお気に入りの単行本を片手にやってくる女性が入って来た。

 しかし、今日はその手に単行本は無い。

 二人は窓際のテーブル席へ。

 女の子は物珍しそうに店の中を見渡している。

 私がお冷を持って行くと、テーブルの上に二つのビニール袋があり、その中にはつくしと菜の花がいっぱい。

「つくし取りですか? 」

 と、尋ねてみると、

「ええ・・・」

 女性は少し、疲れた様子であったが、女性が女の子を見つめる様子を見ていると、きっと楽しかったんだろうなと思った。

 それは、満足げな女の子のキラキラ笑顔を見ればわかる。

「まだ、いっぱいあったよね! ね! 明日も行こうよ!」

 と、女の子は身を乗り出してご提案。

 女性は嬉しそうに、でも、ちょっぴり困ったような顔をして、

「そうね、でも、まずは今日取ってきたのをちゃんと食べてあげないとね。それに、他の人の分も残しておいてあげないとね」

 女の子は、

「そうね」

 と、つまらなそうに同意をするが、すぐに窓から見える通りをニコニコしながら眺めていた。

 女性は、そんな女の子を、包み込むような笑顔で眺めていた。

 この女性は、週に何回か、店の空いている今時分にお気に入りの本と一緒にやって来る。

 そして、しばしの時間、午後のひと時を私のコーヒーと共に過ごしてくれるのである。

 初来店のこの元気な女の子は、女性の孫にあたる。

 女性の娘夫婦が近くに住んでいて、今日はポカポカ陽気の春休み。

 お孫ちゃんと河原の土手のつくしを取りに行っていたそうだ。

 ご注文のチョコパフェとコーヒーを持って行くと女の子は私に、

「あのね、チョウチョもいたんだよ」

「そう」

「いっぱいいたんだよ」

「そう、凄いね」

 子供が苦手な私、そう答えるのが精一杯だった。

「うん。すごいよ」

 女の子の心は今も、河原の黄色と緑の菜の花と青い空の下にあるようだ。


 レジで女性にお釣りを渡す私に、女の子が、

「ハイ」

 と、キラキラした笑顔で、一輪の菜の花を私に差し出した。

「ありがとう」

 と、受け取る私に、大満足げに、そして、少し照れたようにドアを押し開けながら、片手で、

「バイバイ」

 と、手を振りながら外へ。

 女性も軽く会釈してその後を続いた。

 もう、春の陽は西へと傾いていた。

 

 私は、グラスに水を注ぎ、菜の花を挿してカウンターに置いた。

 菜の花一輪。

 キラキラの小さな春がやってきた。

 女の子の笑顔と共にやってきた。




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