最終章 真の救世主

最終章-01

 さらに一年の月日が流れ、優喜たちは二度目の冬を越し、芽吹きの季節を迎えていた。


 城門に奇妙な来訪者が現れた。

 見た目の年は五、六歳ほどか。真紅の衣に、純白の袴。

 背中まである髪を結い上げ、足元は下駄を履いている。

 ゲレムでは、いや、周辺国でも見かけることのない様式の服装をした幼児に、門番も戸惑いを隠せない。


「この国の皇帝に会いに来た。通すが良い。」

 どう見ても高級そうな布をふんだんに使った幼児は、何処かの貴族か王族のようでもある。

 だが、高貴な者ならば、従者の一人も付けていないのが不自然だ。


「どちらのお方か、お名前を伺いましてもよろしいでしょうか。」

「ふむ。私は遥か西方のエスキオル国を司っておったダイマドウだ。そう取り次ぐが良い。」

 ダイマドウ?

 大魔道?

 まさか、この子供は日本からの転生者なのだろうか。

 あまり、そのような存在と接触して欲しくはないのだが。


 二分ほどで皇帝より面会の許可が出て、大魔道は宮殿内へと案内されていく。

 恐らく優喜も『大魔道』という丸っきり日本語の響きが気になったのだろう。


「何の用事ですか?」

「破滅の種とやらに興味がありましてね。貴方のことでしょう?」

「そのような呼ばれ方はされたくないのですがね。」

 優喜は不愉快さを隠そうともしない。


「で、どのような滅びを齎すのですか?」

「私が齎すのは繁栄のつもりなんですけどねえ。」

「つもりと結果が一致するなら、誰も苦労などせんよ。」

「私みたいなことを言わないでください。」

「では、質問を変えましょう。貴方の目的は何ですか? 何故、前皇帝を廃し、自らが皇帝となったのです?」

「色々と深い深い事情があるのですよ。」

「事情など訊いておらぬ。貴方の意図を問うているのだ。」

 この大魔道とやらは、優喜とは違うタイプの詰問者だ。

「守りたい人を守るための道が、他には思いつかなかった。というのが一番ですね。予定外でしたが、私としても都合が良かったですしね。」


「ほう?、貴方の目的とは?」

「その質問に答える前に、私からの質問にも答えていただけますか? ダイマドウさん。」

「何ですか?」

「貴方は何者ですか? 見た目通りの年齢ではなさそうですが。」


 大魔道と優喜は暫しの間、睨み合う。

「大魔道って、あなたは日本人なのですか?」

 優喜が探るように日本語で問い掛けた。

「そういう破滅さんこそ、日本人を、日本語を知っていると。」

「破滅呼ばわりは止めてください。非常に不愉快です。」


 大魔道と優喜は再び睨み合う。


「私は、元日本人です。生まれも育ちも、太陽系第三惑星、地球の日本国です。」

 大魔道が言う。

 やはり、転生者なのか。一体誰が転生などさせたのか。

「ある日、目が覚めたらこの世界にいましてね。」


「……戻る方法はご存知ですか?」

「戻りたいのですか?」

「私たちの、ここでの最終目的は日本に帰ることです。」

「私、たち?」

「クラスメイトたちと一緒にこちらに飛ばされまして。帰る方法をずっと探しているのです。」

「クラスメイト?」

「二年ほど前に稲嶺高校一年五組の四十人」

「稲嶺高校? 札幌の? 進学校の?」

 優喜の言葉を遮って、大魔道が問いを重ねる。


「はい、ご存知なのですか?」

「ふっふふふ……、はははははは!」

 大魔道は突如大声で笑いだした。

「いやいや、すみませんね。まさかこんな所で同郷の者に会おうとは。」


「同郷?」

「私が稲嶺高校を卒業したのは一九九九年ですよ。」

「九十九年? 私が生まれる前じゃないですか!」

「ぐはぁ!」

 何かダメージを受ける大魔道。


「な、何ということでしょう! まさか、二十一世紀生まれですか?」

「ええ、私は二〇〇一年生まれですよ。」

 驚愕する大魔道に、優喜は平然と言う。


「なるほど。まあ、良いでしょう。それで、日本に帰るのが目標、と。」

「ええ、方法は皆目見当がついていませんけれど。」

「まあ、皇帝なんてやっていたら無理でしょうねえ。元の世界に帰る方法なんて、神の力の行使以外に有りはしませんよ。」

「やはり、そうですよね。」

「ということで、私に協力する気はありませんか? あと一歩で神の座に届きそうなんですが。」

「は?」

 優喜としては珍しい反応だ。というか、神の座って、そんなバカな。

 人間が辿り着くことなどあり得ない。

 第一、優喜たちが日本に帰ってしまったら、この小説はどうなると言うのか!


 天罰を下してやらねば!


 そして、ゲレムの宮殿が崩壊した。

 局地的な大地震に竜巻、そして、降り注ぐ雷。


 私じゃないですよ。本当に、今のは私じゃない!

 現地神の許可なく勝手に神罰を下したりしたら、私の首の方が飛ぶ。


「何が、起きたんですか……」

 土魔法で瓦礫を退かし、優喜が這い出てきた。芳香も、息子の慶哉を抱えて出てくる。

 大魔道はといえば、周囲の瓦礫を天空に巻き上げながら浮かび上がってきた。さすがに大魔道を自称するだけのことはあるようだ。


「ふぬおおおおお!」

「ふんがああああ!」

 そう時を置かずに、女子とは思えないような叫び声を上げて、理恵と赤ん坊を抱いた茜も瓦礫を吹き飛ばして這い上がってくる。


 この状況下でも、彼女らは無傷だ。

 従者や護衛の近衛兵たちは大なり小なりの傷を負っているが、直属の者たちは生命に別状はなさそうだ。

 問題は、直属ではない者たちだ。


 宮殿は要所に魔力強化を施してはいるのだが、それを上回る負荷が掛かれば崩壊してしまう。

 宮省や中央省の官吏や役人たちは、無事とは言えない状況だ。


「何があったの?」

「ヨルエの攻撃です。ブッ殺して来ますので、ご協力いただけますか?」

 大魔道が端的に説明する。

「ヨルエ? 邪心のヨルエですか? で、ブッ殺す協力? 神の座に就く協力と何か関係があるのですか?」

 優喜は話の流れに付いていけていない。


「説明の途中でしたね。悠長なことを言っている暇がないので、簡単に言うと、ヨルエを殺せば私は神になれます。今ので、奴のいる場所が分かりましたので、これから攻め込みます。一緒に来てください。」

「分かりました。私一人で良いのですか?」

「そちらの方々も来ていただけるとありがたいですね。魔法はそれなりに使えるようですし。」


「ということだそうです。芳香、茜、理恵。一緒に来てください。」

「ちょっと待って! 葵はどうするの? 慶ちゃんだっているのに……」

 茜は抱いた赤ん坊の心配をする。

「その赤ん坊なら、一緒に連れて行った方が良いでしょう。離れるということは、人質に取られやすくなるということですよ。」

 大魔道はサラッと言う。

「他のみんなは?」

「瓦礫に埋もれているなら、今はそのままの方が良いですね。倒すべき相手は神です。奴なら、民衆を操るということも予想されます。しかし、瓦礫の下にいれば、民衆の攻撃は届かないでしょう。」


「私たちは何をすれば良いの?」

 警戒心丸出しで芳香が訊く。

「露払いを。ヨルエそのものには、貴方たちの力は届かないでしょうから。」

「分かりました。では、早く行きましょう。さっさと片を付けて、救出を急がなければなりません。」


「先にみんなを助けた方が」

「敵を倒す方が先です。また何時攻撃してくるか分からないのですよ?」

「防ぐ手段が無い以上、速攻で叩くべきです。」

 言いかけた理恵の言葉を大魔道が遮り、優喜がさらに付け加える。



 大魔道が手を天にかざすと、空間に直径三メートルほどの穴が開いた。

「このゲートの向こうです。行きますよ。」

 大魔道がゲートを潜り、優喜がその後に続く。

 さらに芳香も迷わずに入っていく。

 茜と理恵は不安そうに顔を見合わせるが、意を決したように頷いて、揃ってゲートに飛び込んだ。


 ゲートの先は人の踏み込むことのない、一段階上位の概念の棲む世界だ。

「魔力で肉体を覆うようにしてください。」

 そんなことを言われずとも、全員が無意識のうちに魔力を広げて身を守っている。

「って、何ですかその物騒なモノは!」

 大魔道は芳香の方を見て、驚愕の表情で叫ぶ。


 全員が芳香の方を振り向くと、腰に差した剣の周囲の空間が歪んでいる。

「ええええ?」

 芳香が慌てて剣を抜くと、刀身が無かった。

 刀身があるはずの場所は空間が捻れているのみだ。


「そんな物を一体何処で手に入れたのですか! それはヒトが持つ物ではありません!」

「え? 緑星鋼の剣なんだけど……」

「緑星鋼ですって? それこそ神話の武器じゃないですか!」

「え? 私が作ったんですが……」

 優喜が間の抜けた表情で言う。

「は? 作った? どうやってですか? あれは金属ではないどころか、物質ですらありません。人間には加工などできないはずですよ。」

「自分の血で魔法陣書いたら効きましたよ。って、何か来ましたよ。」

 言いながら優喜は魔法陣を描くが、魔法が発動しない。


「魔法が使えない?」

 戸惑いながら別の魔法陣を書いていく優喜。

「魔法陣は無駄です。魔力で直接発動させてください。」

「直接?」

「魔法陣なんて、初心者でも定型的な効果を得られるようにしたものです。魔法に必要なのは発動過程のイメージです。結果のイメージは全く必要ありません。」

「ちょっと待ってください。そんなの初めて聞きましたよ。」

 会話をしながらも、大魔道は魔法を放ち、迫ってくる異形の龍を屠っていく。


「良いですか? 魔法とは、魔力で異界へ接続してエネルギーを取り込むことで効果を発揮するんです。それをイメージできさえすれば、魔法陣など無くても自由に使えます。」

「エナジーチャネル、オープン! 荷電粒子、加速開始。圧力上昇…… メガビーム、発射!」

 茜がワケの分からないことを叫び、本当にビーム砲が発射された。

「うおおお? できたよ?」

 本人が驚いてどうする。


 芳香は魔法を諦めて、剣を振るう。さすがに子供を抱えたままというわけにはいかず、慶哉は優喜が抱いている。

 優喜は魔法を試しつつも、取り敢えず魔術で応戦している。

 そして、理恵もビーム砲の発射に成功した。

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