5-27 冬は本当にやる事が無い
二月も半ばを過ぎ。
工場では既に材料が尽き、生産できる者はもはや無い。
鉄材が数キロほど残っているが、それだけでは釘やネジを作るくらいしかできない。
木材も全部使い果たし紙となっているし、インクも尽きたため印刷もできない。
ということで、彼らのやることはただ一つ。
即ち、除雪だ。
家の前から工場まで、そして、東門から中央広場まで綺麗に除雪していく。
ゲレムには元々除雪する文化がない。
雪が積もったら、道路の雪は踏み固めていくのが通常で、道路脇に高く雪を積み上げる工場チームの除雪作業は、ゲレミクの市民には馴染みのないものだった。
そもそも、街の外を除雪する者はいないわけで、雪が積もったら馬車は走らない、と言うのが常識なのだ。町の中でも、誰も無理して除雪しようとはしない。
だが、そんな事は構わずに、皇帝自慢の投雪車も時折出動し、森までの道の雪を一掃していく。
市民としては、別に除雪されていなくても構わないのだが、それでも除雪されていると森への行き来が楽になるのは確かだ。
そして、子供たちは高く積み上げられた雪に大喜びである。
特に、門の前の広場には除雪した雪が集められ、防壁を超える程の高さにまでなっている。
その斜面を滑りったり転がったりして遊んでいる。
特に、ジャンプ台は大人気だ。
雪山から勢いよく滑り降りて、加速のついた子供たちが空中へと飛び出していく。
ここで遊んでいるのは五歳くらいから十歳くらいの子供たちだ。彼らの中では空中でポーズをキメるのが流行っている。
宙がえりをしたり、後ろ向きに飛んだりと、危険とか全然考えずに楽しんでいるようだ。
何十年かしたら、これが冬のスポーツ競技になったりするのだろうか……
尚、作ったのは、韮澤駿だ。
「雪山と言えば、ジャンプ台だろ?」
まあ、北海道民的には常識なのだろう。当たり前のような顔をして言う。
「お子様だねえ。」
女子陣はそう言って笑うが、駿は気にもしない。
「ガキどもが大喜びじゃねえか。何か文句あるかよ?」
そう言われては返す言葉など無いのだった。
宮殿警護の兵は、夏でも冬でもやることに大きな差はない。
新入りの兵の仕事は、訓練と見張り、見回り、そして、掃除だ。ベテランと一緒に行動し、城壁内の地理や出会う可能性のある有力者について教わり、仕事を覚えていく。
冬の間は、夏には見かけない地方貴族がやってきている。
下っ端兵士だと上位貴族との接触の機会は基本的にはないが、中級貴族だと兵士たちの行動圏と一部重なる部分がある。
そのため、挨拶や礼の仕方、言葉を掛けられた時の対応方法はきちんと身に付けなければならない。
宮殿に勤める者としての礼儀を叩き込まれる。
「礼儀、礼儀ってウザくね?」
榎原敬は元々、堅苦しいのは苦手としている。礼儀作法の覚えも悪い。
「貴族相手なんだから、仕方ないだろう。真面目にやらんとクビが飛ぶぞ? 下手したら物理的にな。」
嘆息しつつ、中邑一之進が諌める。
だが、この国の死罪は基本的に絞首刑なので、首が物理的に飛ぶ心配はしなくて良いだろう。
そういう問題ではないが。
「確かに堅苦しくて面倒だけどさ、そういうのって日本で就職してもそういうモンだろ? 程度の違いはあるだろうけどさ。」
「俺らもサラリーマンってことなんだよ。」
「そうそう。偉い人たちにはペコペコしなきゃならんのよ。」
「はぁ、嫌だねえ。でもオマンマ食ってくためには仕方ないのよ。」
何か会話がオッさん臭い。こいつらは高校一年生だから、年齢は十五、六のはずだ。
それが何故、場末の居酒屋のオッさんのような会話になるのか。
冬の間は、中級や下級のハンターには本当にやることがない。
採集の仕事は無くなってしまうし、魔物の討伐も数が極端に減る。
魔獣も魔虫も殆どが雪の下の巣穴に篭っているし、込もらない魔獣だと中級以下では荷が重すぎるのだ。
ゲレムでは冬の方が魔力が満ちる傾向が強く、冬の魔物の方が大きくて強い。
そして、例外なく魔法を使う。
とてもではないが、下級のハンターでは勝ち目がないし、中級でもリスクが高すぎる。
五級の『烈風』は中級ではあるが、単独パーティで魔物討伐の依頼を受ける考えはない。
彼らは、過去に何度か上級の荷物持ちとして討伐に参加していたことがあり、魔物の強さは知っている。
四級以上のチームが仲間を集めているのならともかく、自分たちが中心となって討伐チームを作るつもりは全く無いようだ。
ほぼ毎日、仕事の確認に組合へと出向くが、基本的には家に篭ってトレーニングして日々をおくる。
ただし、食糧事情はあまり良くないので、程々に、腕が鈍ってしまわない程度であるのだが。
司も最近は黙っている。
冬篭りが始まった頃は「食事が少ない。倉庫に食べ物はいっぱいあるんだから、もっと出せばいいじゃないか。」とか言ってぶん殴られたりしていたのだが。
どうにも彼は目の前のことしか見えない癖は治っていない。
他のクラスメイトたちは、優喜やめぐみ程ではないにせよ、多少は先のことまで考えるようになってきているのだが。
貴族院のメンバーは、吹雪騎士や冬将軍の素材を得て、その調査研究を進めている。
ゲレムでは、錬金術はあまり流行っていないようで、冬の魔物に限らず、魔物の素材はほとんど回収されていない。
錬金術師組合で辛うじて傷薬や魔紋書が販売されているが、高度な魔法薬や魔法道具は全くと言って良いほど作られていない。
そのため、吹雪騎士や冬将軍の角がどのような物に使えるのかも分かっていない状態なのだ。
細かく切り刻み、諸々の計測をする。
魔力を通した時の増幅率に収束率。抵抗、容量、そしてインダクタンス。
電気回路かよというツッコミは正しい。
これらは、物理学の基本的な概念を魔力回路に適用して考えた優喜理論だ。
さらに、他の薬剤との相性などを確認していく。
すり鉢でゴリゴリ潰した上に石臼で粉末にして、色々な試薬と合わせて反応を見る。
特に、酸やアルカリとの反応は重要だ。当たり前の話だが、化学変化が起きれば物質の持っている性質は変わってしまう。
さらに熱してみたり、水に溶いてみたり、思いつく限りの物理化学的特性を計り、その結果は統一の様式でファイルしておく。
色々調べてみた結果、吹雪騎士の角は、性質としては魔龍の角の劣化版だ。
魔力の増幅作用はあるが、収束や蓄積能力は皆無。
酸にもアルカリにも反応しづらく、水にも殆ど解けない。
そして、貴族院チームの課題は魔力不足だ。
色々実験をしたり、魔法薬を作るにも魔力が必要で、さらに今後はより高い魔力を要する実験をしていく予定になっている。
優喜に言えば、魔導士団が充填した魔石を融通してもらえはするのだが、そうあまり他人の魔力にばかり頼ってもいられない。
ということで、彼らに魔力トレーニングを欠かさず続けている。
暖房は火魔法を使うのはもちろん、寝る前には魔力が尽きるまで花火を打ち上げる。
花火の魔法は、無駄に複雑度が高くレベル五だ。
本当に、単に綺麗な打ち上げ花火としての魔法なので、レベル五にしては威力はかなり低い。攻撃に使っても、レベル三程度の威力しか無いだろう。
晴れた日も、雪の日でも、毎日のように何発も打ち上げられる花火は、貴族院の名物となりつつある。
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