5-26 冬将軍討伐

 二月も半ともなれば、雪は高く積もり、二メートルほどにもなっている。

 そう、冬将軍の到来する季節だ。

 冬将軍とは比喩的なものではなく、冬の魔力を貪り食った巨大な魔物の名称だ。


 ヴィネシオ卿より無線通信で冬将軍出現の報せが入り、騎士団、魔導士団総勢二百九十四人が討伐に向かう。

 スズルコだけでは足りず、他に二ヶ所ある牧場からもヴェイツが集められ、総力を持って魔物を叩く。


 現地の領主も、当然、軍を出す。皇帝軍と合わせて三百九十二人の大規模討伐だ。

 そして、今回の討伐には優喜も参加する。

 騎士団長は大反対していたが、優喜としては冬の魔物は一度は見ておきたいらしい。


 皇帝軍はヴェイツを駆り、国内最北領のヴィネシオへと向かう。

 馬の数倍の移動能力を誇るヴェイツでも、六百キロの距離は流石に一日では無理である。そのため、途中の町で宿泊していくのだが、二百九十四人全員が一つの町に行くと、相当な負担を強いることになってしまう。

 それを避けるために隊を七つに分けて、それぞれ別ルートでの行軍していく。

 途中、二泊してヴィネシオの領都ヴィネシスに着いたのは日が沈みかける午後五時頃だった。

 流石に領主邸に入りきらないので、領主軍と共に領主邸の庭に作られたキャンプでの宿泊だ。


 一晩ゆっくりと休養を取り、ヴェイツたちの体力を回復を図る。

 そして、朝、日が出てから出発だ。


 猛吹雪の中、冬将軍がいるという山に向かう。


 それは、あまりに巨大だ。

 体高約三十メートル、体長約八十メートル。そこらのロボット兵器よりデカい。

 巨大な甲羅から三つの首と十四本の脚を持っている、亀的な魔物だ。


 そして、冬将軍の周辺には、百近い数のの吹雪騎士。


 討伐隊は約二キロ程度のところまで来ているのだが、魔物を視認することはできていない。

 優喜は濃い吹雪に隠されているその向こうを見通しているかのように、迷わずに自信を持って白い闇の中をヴェイツを進めていく。

「陛下! 本当にこちらで大丈夫なので?」

「正面にデカいのがいるじゃないですか。見えないんですか?」

 普通、見えないと思う。

 そういえば優喜は、闇の中でも見えるとか言っていたな。どんなチート能力だよ。


「徒歩で一時間掛からない程度の距離ですね。まだ、魔法は届かないので、もう少し近寄りますよ。」

 不安そうな騎士団長たちをよそに、優喜は平然と進んでいく。


「おや、向こうから一匹やってきましたね。」

 優喜は吹雪騎士が接近しているのを完璧に知覚している。

 魔導杖を構えるとレベル四の火魔法陣を書く。

 そして詠唱が終わると、一条の炎が吹雪を貫き、吹雪騎士の頭部を貫く。


 倒れ伏す吹雪騎士。

 一撃で仕留めるとか、優喜には本当に敵の姿が見えているらしい。

「まず、一匹。」

「な? 仕留めた、のですか?」

「アレが死んだふりをしているのでなければ、そうですね。」

 驚く魔導士団長。何事もなかったように言う優喜。

 そして、倒れた吹雪騎士に近付き、炎の魔法を放って焼き払う。


「敵の集団はもうちょっと先です。そろそろ魔導士団の共同魔法の準備を始めましょうか。」

 優喜の指示で魔導士たちがレベル十の風魔法の準備に入る。

 冬将軍は山の斜面に陣取り動く様子は見せていない。優喜の指示で、討伐隊はそこに向けて歩を進めていく

 。


「敵陣まで、徒歩で三分半程度です。」

 約一キロ程のところで、的確に距離を告げる優喜。

 魔導士たちは魔法陣を書き、詠唱を開始する。

 そこから進むスピードは一気に遅くなる。

 詠唱が完了する前に近づきすぎると、敵の攻撃の的になってしまう。

 三百メートル程度の距離で、魔導士たちの魔法が放たれた。


 半径六百メートル程の風が、ぴたりと止まる。

 先程までの地吹雪は止み、天から静かに降る雪だけとなる。

 視界は良好とは言えないが、敵の姿が討伐隊の前に晒された。


 そして、優喜がレベル十一の詠唱を終え、巨大な火炎砲をぶっ放す。

 それは宇宙戦艦の主砲が如きファイヤービームだ。

 敵を薙ぎ払い、奥の雪山に突き刺さって水蒸気爆発を起こす。


「全員、突撃!」

 叫ぶ優喜の両腕はズタボロになっている。

 魔石十四個の魔力を一気に放出する負荷に、肉体が耐えられていないのだ。

 自分の百倍近い魔力を扱えるはずが無いのだ。それで魔法が正常に発動する方が驚きである。


 両腕から血を垂れ流しながら、優喜はレベル三の治療魔法を詠唱する。

 血は止まり筋肉や皮膚が再生していくが、レベル三では一度では完治には至らない。


 そして、騎士たちは優喜の魔法に呆けている。

「何をしているのですか。せっかく私が敵に大打撃を与えたのですから、体勢を立て直される前に攻撃しちゃってください。」

 優喜の言葉で我に返った騎士団長が号令をかけ、三百九十二騎が一斉に走り出す。


 もうもうと立ち込める湯気に、再び視界が奪われている。

 そこに、討伐隊が一気に飛び込んでいき、敵との距離を詰めていく。


 十数秒も走れば、湯気の向こうに敵の状況が見えてくる。

 百近くいた吹雪騎士は半数以上が倒れ、立っているのは三十もいない。

 魔物たちの足元の雪は吹き飛ばされ、地面が露出し、そこに何十もの吹雪騎士が転がっている。

 冬将軍はといえば、頭二つと半身を焼かれ、苦しそうに呻き声を発している。


 魔導杖を掲げた魔導士団長のレベル八の火炎弾が魔物に降り注ぐ。さらに魔導士達の火炎弾が次々と撃ち込まれていく。

 そして、魔法攻撃に魔物たちが慌てふためいているところに、騎士団が切り込んでいく。

 騎士たちを乗せたヴェイゾは幾つもの班に分かれ、戦場を縦横無尽に駆け抜ける。


 魔法と槍の波状攻撃で、吹雪騎士が次々と雪原に沈み、残るはボス格四体と冬将軍のみとなる。


「気を引き締めろ! ここからが本番だ!」

 騎士団長が声を張り上げ、冬将軍が炎に飲み込まれる。

 優喜のレベル九の火魔法だ。

 まだ治りきっていないその腕で、魔石一個を消費しての魔法行使である。


 優喜はやることがメチャクチャというかデタラメだ。

 自重なしとか言う次元ではない。見境なしと言うのも生温い程の、死に物狂いの全力攻撃だ。


 想定外の優喜の攻撃だが、騎士や魔導士たちは二度も呆けるような真似はしない。

 浮き足立つ魔物に突撃していく。

 討伐隊の基本戦術は、数で押す作戦だ。

 とにかく魔法と槍の波状攻撃を繰り返し、確実に一体ずつ仕留めていく。


 騎士達が吹雪騎士に向いている間に、冬将軍は、雪深い場所へと逃れようとする。

 が、そんなことは優喜が許さない。無詠唱で放ったレベル三の落とし穴で魔物の動きを封じる。

 地面が露出していれば、得意の土属性の魔法が枷無く使うことができる。先ほどからの高火力攻撃で、周囲の雪は融け、吹き飛ばされている。


 さらに優喜は冬将軍に攻撃を畳み掛けていく。

 土の槍で足を、首を貫かれ、絶叫を上げる魔物の前に、優喜は光の盾を積み上げる。

 ヴェイゾから降りて、光の盾の階段を上る優喜の手には緑星鋼の槍がある。


 優喜が刃を数度振るい、冬将軍が力なく崩れ落ちていった。

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